131.神に抗う力
そこからシーン代わって親友のマキューシオに相談を持ち掛けたりする場面などが入った後、遂にロミオとジュリエットと言えばこれという、あのシーンになりました。
満月が輝く美しい夜。
ジュリエットは部屋のベランダへと出てそこからこっそりと庭へ来ていたロミオへと語り掛けます。
「ああ、ロミオ。あなたはどうしてロミオなの?」
あれ、そういえばこのセリフが余りにも有名過ぎて、ここから続く言葉が全然思い出せません。
どうなるんでしたっけ。
まあ観ていれば分かりますよね。
そしてロミオは囁くようにジュリエットに答えました。
「ジュリエット。君はいつまでそこで嘆いているつもりだい。
泣いているだけでは世界は変わらない。そんなこともうとっくに分かっているんじゃないか?」
「何よ偉そうに。それはあなただって同じでしょう。あの時は助けてくれなかったというのに。
自由奔放に振る舞っていても結局は親の言いなり。
きっといつかは親の決めた婚約者と一緒になって私の事なんて忘れてしまうんだわ」
そう指摘されたロミオは顔を伏せ、何かを考えているようだったが、徐に顔を上げた。
その目には確かに何かを決めた力強さがありました。
「……そうだな。このまま何もしなければそうなるだろう。
だが僕は君を諦める気はない。だから僕はやるぞ」
「やるって何を?私の為に家を捨ててくださるというの?」
「いいや違う。それは逃げだ。
今回君の事を言い訳に逃げだしたら、またいつか別の理由で逃げ出す未来が待っているだろう。
それは僕たちを必ず不幸にしてしまう。
だから僕は戦う事にしたよ。
まずはそう。早々に家督を継いで親父殿にはどこかに楽隠居してもらおうか。
そうすれば家同士のしがらみなんてどうでも良くなる。
なにせ当主が過去の禍根を捨てると宣言してるんだから、誰にも邪魔なんてさせない」
「出来るの?そんなこと」
「出来るかどうかじゃない。やるんだ。そうだろう?」
そう告げるロミオに対して、ジュリエットは頷き、しかし同時に首を横に振りました。
「そうね。あなたは凄いわロミオ。
でも私は女ですもの。無理じゃないかしら」
「それを決めたのは誰だい?神様か。いやそうじゃないだろう。
恋する力は時として世界をも変える力があるんだ。
それを頭の固い大人たちに証明しようじゃないか!」
「ああ、そうね。ロミオ!
私達のこの恋は、たとえ神であっても止めることは出来ないわ」
舞台の上では地上とバルコニーという距離が無ければお互いに熱い抱擁のひとつもしそうな情感たっぷりの演技に観客席も息を飲みました。
でも誰よりも激しく反応した人がひとり。
(……!)
(え、一会くん?)
(あ、いや)
まるで電流が走ったかのように突然立ち上がった一会くんは、はっとしたように座り直しました。
彼がここまで取り乱すのを初めて見た気がします。
確かに迫真の演技ではありましたが、いったい何が彼をそこまで掻きたてたのでしょうか。
(大丈夫ですか、一会くん)
(うん、大丈夫。ちょっと驚いただけだから)
軽く目を閉じて心を落ち着けるさまは決して何でもなくはないのですが、今ここで問いかける訳にもいかないですね。
演劇はいよいよ佳境に差し掛かり、舞台の左半分ではロミオが、右半分ではジュリエットがそれぞれの親と対決しています。
当然子供の意見が簡単に通る訳もなく、怒った父親が拳を振り上げて殴りかかりました。
「ふっ!」
「えいっ」
そして決まるカウンターパンチ。
と言ってもジュリエットの方は可愛い猫パンチなのでそれで殴られても痛くはないでしょう。
でも劇という事で吹き飛んでいきました。
これで障害は無くなったということで舞台中央に駆け寄って抱きしめ合うふたり。
最後にナレーションが入ると共に舞台の幕は下りて行きました。
(最後は拳で解決なんですね)
(父親死んだな)
(いいのかなこれで)
(元々はふたりが死んで終わる悲劇ですから、こうして生きていただけでもハッピーエンドと呼べるんじゃないですか?)
色々気になるエンディングではありましたが、拍手の大きさからして観客の受けはまずまず良かったようです。
隣で一緒になって拍手している一会くんは、もういつも通りの一会くんですね。
さっきのあれは何だったんでしょうか。