106.いつものお昼です
時間もない事だし周囲の視線を無視してお弁当を広げた。
姫乃のお弁当はオーソドックスな卵焼きが黄色く輝いてるのを見た俺は、テーブルの端にある調味料セットから醤油の瓶を取って姫乃に渡す。
「姫乃、はいお醤油」
「ありがとうございます」
姫乃はそれを受け取って卵焼きにちょっとかける。
なんでも普通に食べても美味しいのだけど、こうすることで味変を起こすのだとか。
一人暮らしの自炊で毎日お弁当まで作ってたらぬかなか毎日違う味にするのも難しいからな。
飽きが来ない工夫っていうのは大事だ。
「一会くん、お水要りますか?」
「ああ、助かる」
今度はお返しにと俺のコップに水を継ぎ足してくれた。
お礼を言いつつ、ふと姫乃の弁当箱を見れば茄子の味噌炒めが美味しそうだ。
「味見しますか?」
「お、是非。うんうん、美味いな。もしかしてこれ味噌も拘ってるのか?」
「分かりますか!?これ昔ながらの樽仕込みの味噌なんですよ」
「やっぱりか。良い味噌は炒めると風味が増すよな!」
「そうなんですよ。この味を知ったらもう市販の安い味噌じゃ満足出来なくて」
「……」
俺達がいつも通り昼飯を食べていたら何故か正面でジト目を向けてくる人がいる。
何かあっただろうか。
「……えっと、いつもこうなのかしら」
「うむ。我が裏庭で昼食を共にする時はだいたいこうだな」
「付き合ってる訳じゃないのよね?」
「本人達はそう言っているな」
「一会は元々人見知りせずに相手の懐に入ってくが、女子であそこまで気安いのは藤白さんくらいだな。
一学期はまだ距離があった気がするから、どうやら夏休み中に何かあったんだと思う」
伊那美先輩の疑問に黒部先輩と庸一が答える。
って、そんなに変わっただろうか。
「姫乃さんは自由奔放な村基さんに感化されてしまったんですよね」
「そうかな?私からしたら、こっちが素だと思うんだけど。
ほら、薔薇は薔薇でも野バラっていう感じ?」
「あ、それはわかります!」
今度は青葉さんと魚沼さんが姫乃についてコメントしてる。
確かに姫乃はしっかり管理された庭園で咲いてるよりも雑草の中に力強く咲いてる方が似合うと思う。
そんなみんなの話を聞いて伊那美先輩もようやく納得したようだった。
「なるほどねぇ。
実は最近、姫様ファンクラブの他に姫様見守り隊っていうのも結成されたらしいのよ。
彼らの目的がいまいち分からなかったんだけど、これは見守るしか無さそうねぇ。
じゃあ私は戻るわ。
所信表明の内容は考えておいてね。
みんな楽しみにしてるから」
マイペースに席を立って去っていく伊那美先輩は、結局俺達の何処に納得していったのか良く分からなかったな。
それに見守り隊?
特にそれらしい視線はなかったような、いやいつもの嫉妬やら何やらの視線に紛れて分からないだけか。
少なくとも名前からして害のあるものでも無さそうだし気にしなくても良いだろう。
そして来週になり、昼休みに順番に放送をして行く事になった。
結局新たな立候補者が出ることはなく、ついでに俺に対して「村人Aが生徒会長候補とは何事だ!」と詰め寄ってくる奴も居なかった。
てっきり自主的に辞退しろって言われる事も覚悟してたんだけど拍子抜けだ。
ま、平和なのは良いことか。
放送の順番はまずは副会長の織田先輩。
続いて黒部先輩で最後に俺だ。
1日1人が話すので二人の話を聞いた生徒達の反応を確認した後で話せる俺はちょっと有利と言えるかもしれない。
まあ、もしかしたら俺が話すまでもなく大勢が決まってるって可能性もあるけど。
あ、それと副会長候補は特に何もしないらしい。
というのも、会長が決まった後で、その会長と意見のぶつけ合いが出来る候補者に絞られる事になるからだ。
何でも仲が良すぎると会長の専制になる恐れがあるから決められた制度だそうだ。
だから仮に俺が会長になったら自動的に副会長は聖になる。
他の二人の場合は……誰でも良い気がするけど、聖がなると3代続いて似たタイプになるな。まあ良いんだけど。
でも姫乃は生徒会に入るつもりは無さそうだし、光も昨日聞いてみたら大して興味は無いようだった。
「推薦して頂けたのは光栄だけど、それよりやっぱり翼と一緒に居る時間を増やしたいから」
翼っていうのは光の彼女だ。
同じクラスで本名は天音 翼。ついでにあだ名は『天使』だ。
伊那美先輩がおっとりお色気キャラだとしたら彼女は清純華憐な淑女キャラだな。
姫乃とは違って目立つタイプじゃないし早い段階で光と付き合うことになったので周囲から絡まれることもほとんど無かったらしい。
光は彼女を物凄く大事にしてる。
そう考えていくと結局副会長は聖で決定か。