10.帰り道
買い物を終えた俺は藤白を待つでもなくそのまま家に向かって歩き始めた。
クラスの奴が見たら姫様の荷物を持って差し上げろよとか言うかもしれないけど、それで家まで付いて来られたら藤白の方が嫌だろう。
それにお米とか特別重いものも買ってる訳じゃないしな。
踏み込み過ぎない距離感。これが人付き合いの極意っていうものだ。
そんな訳で一人歩く俺の視線の先には、横断歩道の所で時々見かける人が立っていた。
年の頃は30過ぎの女性。それはともかく右手には白い杖。
信号機は絶賛青なのに歩き出そうとしないその人は恐らく全盲なのだと思う。
(気配察知スキルも空間把握スキルもないのに凄いよな)
あそこの信号は前の信号とのタイミングが悪くて車道側の信号が青から赤に変わるタイミングであまり車が走らない。
その為、いまいち車の走行音を聞いていてもどこで信号が変わったのかが分かりにくい。
周りの奴らが気を利かせて一声掛けるだけで解決するんだけど。
ああ、もう。
どうやら全盲のあの人よりも周りを見てない奴しかいないらしい。
「はい、ストップ」
俺は赤信号になったタイミングで前に出ようとしてしまったその人の肩に手をそっと置きながら声を掛けた。
その人は一瞬ビクッとしたものの、俺の声を聞いてほっと息をはいた。
「あー、もしかして赤信号でしたか?」
「まあね」
「そうでしたか。いつもありがとうございます」
「今回も偶然通りかかっただけだから気にしないでください。
でもいつも居る訳じゃないので気を付けてくださいね」
「はい」
そう。こうして声を掛けるのも今回が初めてじゃなくて、もう何度もしている。
どうやら学校の終わる時間と彼女が何かの用事(仕事?)を終えて移動する時間が近いようなんだ。
で、この交差点で見かけると大抵信号を渡れなくて困っているから声を掛けることになる。
「青になりましたよ」
「ありがとうございます」
「はい。では」
そう言ってすぐに彼女の元を離れるのもいつもの事だ。
彼女だって藤白と一緒で見ず知らずの男に家の住所を知られたくは無いだろうし、幸い横断歩道以外は目が見えてなくても問題なく歩けるようなので無理に構う必要はない。
だから、向こうもお礼を言って終わりだ。
「あ、あの……」
「ん?どうしました?」
「あ、いえ。なんでも」
珍しく声を掛けられたと思ったら、ひらひらと杖を持っていない方の手を振って何でもないアピールをされた。
なんだったんだろう。
よく分からないけど変に問い詰める必要も無い、か。
振り返った視線の先で藤白と目が合った気がするけど、そっちも気にしなくて良いだろう。
(そうねぇ。あなたの鈍感さは何人の女性を泣かせてきたのかしらね)
いやいや。
これでもし自分に気があるのかも~なんて変な勘違いをする方が怖いだろう。
むしろ俺は思い込みで動くことも多いからな。
それでただの誤解で悲しませたらマズいだろ。
帰宅した俺は買って来たものを冷蔵庫に仕舞い……入りきらん。
はぁ。冷蔵庫ももう一回り大きいのが欲しいなと思う今日この頃。
仕方ないので夕飯の分の食材は使う分を先に切り分けてしまおう。
浅漬けにする分も漬けてしまえば体積は減るし。
そうして、無事に完成した料理を見てはいつものため息。
「だからこれは絶対一人分じゃないって」
焼肉だけでも十分な量(玉ねぎ多すぎ)なうえに千切りキャベツの山。
そこでふとベランダに向かって近所のマンションに目を向けた。
もしかしたら藤白もこの近くに住んでいるんだろうか。
「藤白がご近所さんならお裾分けに行けるんだが。
焼肉とカレーのトレードとかありだよなぁ」
ふっと鼻孔をくすぐるカレーの匂い。ってんな訳ないか。
部屋に戻った俺は気合を入れてひとりフードファイルに挑むのだった。
ここまでがいわゆる導入部分になります。
この先もこんな感じでゆるく話を進めて行く予定です。
お気づきの方もいらっしゃると思いますが、恋愛部門に投稿してるけど、恋愛に至るまでは結構掛かります。
街角でぶつかって一目惚れ、なんてことは無いのです。
次回からは藤白視点に移りつつ、時間軸も入学式時点に戻ります。




