いふ
今より198年前。人類は地球に住めなくなり、宇宙へと逃げ第2の住み処とした。その頃『動物愛護法』に疑問を持つ声があがり始めた。その声は次第に広がり法の改定に至った。
【人も動物も同じ1つの命である。であるがゆえに、すべての命が愛護の対象である】
原文はもっとややこしく書いてあるがために覚えたくても覚えられない。ざっくりとはこんな感じだが全くもってよくわからない。今の私には理解できないみたいだ。
私は読む気もしない教科書をパタンと閉じた。
目の前の机の上には問題集と筆記用具が転がっている。左右からはカリカリとノートを引っ掻く小さな音がリズムよく流れている。もう本当にやる気がでない。
白を基調に統一された空間をぼんやりと眺める。両手に納まった教科書が意味もなくぺらぺらとしゃべる。
「なー、ひまなの?」
前髪を短めにパッツリ切られたおでこと、ぱちりと丸い目が机の端にひょこっと飛び出した。
「ん?あーごめん。今めっちゃ忙しー」
教科書を開き目を落とす。
「うそだ!ぜってーいまあそんでた!なーなーいっしょにあそんでくれよ!」
でこっ子は机に顔を乗りだし抗議した。ふと部屋の隅から視線を感じそちらを見やる。おもちゃの広げられたスペースで遊んでいる子供たちがこぼれんばかりのキラキラの目で私を見つめる。これ以上見ては駄目だと教科書に目を落とした。
「なー!なー!」
でこっ子が注意を引こうと声を大にする。
駄目だ。目を合わせたら・・・
「なー!ほん!さかさま!」
はっとして教科書の文字に焦点を合わせる。
読めない。
指摘された通り逆さだったようだ。まさかこんなケアレスミスをしてしまうとは・・・
「なー!あそぼ!」
でこっ子が勝ち誇った顔で再度誘う。
仕方ない、これは遊ぶしかないようだ。
教科書を閉じ問題集の上に乗せ、筆記用具もまとめてその上に乗せてから椅子をおし、重い腰を上げた。
でこっ子が『やったー』と喜んで飛び跳ねるの見つつ、私はのっそり足を前に出す。
遊んでもらえるとわかった子供たちがニコニコと喜びをあらわに私に駆け寄り手を引く。あれしよう、これしようと一斉に話しかけるので『わかったわかった』と足がもつれそうになりながらいなす。
その時、手を引く1人の子のチョーカーが青く光った。
「Jp1910901e、Jp1910901e。こちらへ」
突然響き渡る大人の声に驚き、動きは止まり、反射的にそちらを見やる。ドアの所でエプロン姿の女性が笑顔を貼り付けこちらを見ていた。先程の子が『はい!』と良い返事をし駆けていく。
つかの間の静寂。
1人が『おめでとう』と声をかけた。
そこからまた1人、また1人と口々に『おめでとう』『よかったね』『がんばってね』と声をかけていく。
その子は少し照れくさそうに目を伏せながら『ありがとう』と言い大人と共にドアの奥へと消えていった。ドアの閉まる音が妙に響いた。
「なあ!なにしてあそぶ?」
初めに遊びに誘ったでこっ子が私の左手の指先をぎゅっと握り、ほかの子供たちに聞いた。また私の回りは賑やかな声が飛び交いだした。なんともなしに目の前の壁に目線を移す。
子供たちの背丈より少し高い場所、透明なガラスに切り替わった所から両手をつきこちらを見つめる少女の姿があった。こちらを指差しニコニコと何かをしゃべり初め、後ろに立つ男女を仰いだ。きっと少女の両親だろう。少し困った顔をしていた、気がした。私なんかが気にしてもしょうがないと目をそらす。
私は・・・この部屋にいる私たちはいつも見られている。首につけられたチョーカーで健康を監視され、発言するワードを制限され、自らを他者を傷つけぬよう行動まで管理されている。
『人と動物は同じだ』と、犬や猫の隣で『人』を売るようになったこの世界。
売られる側、カウ側、双方に課せられる条件、契約はかなり増え厳しくすることでまとまった社会。
どうして私はこちらにいるのだろう。
あのガラスの向こうの【人】と同じはずなのに。
寧ろ、血の混じったあの人達より【純血統】の私の方がより【人】なのではないのか?
どうして私は売られる側で生まれてしまったのだろうか。
どうして私は・・・
「どうかしたの?」
薄茶色の大きな瞳が心配そうに覗きこんでいた。
「う、ううん。なんでもないよ。何で遊ぶか決まった?」
安心させようと口角を上げて、なるべく明るく声をかける。
先程の心配そうな目は喜びで細められ、口元に笑みをたたえながら『えーっとねー』と声を弾ませた。
もう一度壁を見る。
もう先程の少女も大人もいない。
なんとも言えない感情が胸をわしづかみ、喉をせりあがり、溢れそうになるのを押し込んだ。
『こんな世界間違ってる』
読んでくださりありがとうございました。