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いしも様①


 幽霊、妖怪、怪異。

 真夏の心霊番組なんかでよく聞くような、現代科学では解明できない未知の存在。


 ある時は夜の冷たい海底、生暖かい風にさざめく(やなぎ)の下、黴臭(かびくさ)納戸(なんど)の奥——彼らは暗闇に巣喰い、じっとこちらの様子を(うかが)っている。


 多くの人類は彼らの存在すら知覚することなく生きているが、(まれ)に彼らを認識する人々がいる。


 彼らの声を「聴く」人、姿を「見る」人、自らの口を使って「話せる」人。


 私は大多数の人間と同じく、彼らを認知したことのない平凡な大学生だった。


 あの出来事までは。


 今の私は人々が行き交う街の片隅で神経を()()ますと、感じてしまう。


 光の降り注ぐ公園で()け回る子供を見つめる、彼らの視線を。


 じめじめした生垣(いけがき)の側に佇む彼らの(ささや)きを。


 これは、私が体験した怪奇の記録である。





「あっつい……先生まだ着かないんですか?」


 前を歩く教授の背に(うら)みがましく声をかけた。


 背負ったリュックと背中の間にもわもわと熱気と湿気(しっけ)が溜まり、汗が()き出る。


 頭上で燦々(さんさん)と輝く太陽にじりじりと肌を焼かれ、突き抜けるような入道雲が立ちはだかる青空が憎い。


 この間新調したばかりのオシャレスニーカーは、踏み出すたび舞い上がる砂塵(さじん)にまみれ見る影もない。


 この道はアスファルト舗装されていないのだ。


「もうすぐ、あと15分くらいかなあ」


 こちらを振り返った先生はブランド物のハンカチで優雅に額の汗を(ぬぐ)った。その顔はにこやかで疲労を感じさせない。


「それさっきも言ってましたよ!一体いつになったら宿なんすか!」


 私の後ろを歩いていた男子が不満を爆発させる。


 大学二年の夏。


 ゼミのフィールドワークとやらで、私たちはとんでもない田舎道を歩かされていた。


「まあまあ、本当にもう少しだから。ほら諸君、都会では見られない日本の原風景(げんふうけい)ですよ、せっかくだから目に焼き付けて」


 私たちの所属する大学は東京都23区内に建っていて、ゴミゴミした都会のど真ん中にある。


 だから目の前に広がる緑の山々と田畑、道端に大輪の花を咲かせる向日葵(ひまわり)の花、割れんばかりの蝉時雨(せみしぐれ)は珍しいし美しいと思う。

 近くを流れる川のせせらぎも(きよ)らかで、ずっと聴いていたいくらい。


 でもさすがに気温32度で一時間もその中を大荷物を持って歩けば嫌にもなるものだ。


 東京より涼しいと言ったって夏休み初日の七月下旬、暑いものは暑い。


 最初は物珍しさにはしゃいでいた女子たちも今はほとんど無言。スマホで景色を撮るのをやめちゃったし。


 先生——うちの大学で民俗学(みんぞくがく)郷土史(きょうどし)を研究している智森(ともり)教授は、水を得た魚のように足取りも軽やかだ。

 もうすぐ還暦(かんれき)だというのに、現役大学生の私たちより体力があるみたい。


 結局、民家もまばらな日本の原風景を一時間半たっぷり堪能(たんのう)して、私たちはようやく宿に辿り着いた。


「さて、今回の『日本に残る村の歴史調査フィールドワーク』だけどね」


 意外と綺麗だった民宿の部屋に荷物を置き、一息ついた私たちは先生と向きあった。


 民宿が用意してくれた大広間に、総勢七人のゼミ生が教授を囲むように座る。


 宿は各部屋クーラーが効いているので、外歩きで火照(ほて)った体が急速に冷えていき心地良い。


 時刻は昼過ぎ。

 ふと窓の外へ目をやると、木々が斜面に鬱蒼(うっそう)と生い(しげ)る景色。陽射しが(まぶ)しい分、影は一層色濃(いろこ)く見えた。


 どうやらこの宿は山のすぐ(ふもと)に建っているらしい。


「僕のゼミでは例年、二年生のフィールドワーク合宿をこの村で開いているんです。ここは比較的都心からアクセスもいい上に、山間(やまあい)で昔から独自の文化を発展させてきた興味深い土地でね。君たちがここで調べたことをまとめて提出したレポートを採点し、社会学の特別単位として認めよう」


 私は(あご)を引き、こっそり周りのゼミ生を見回す。


 私たちの大学では二年生後期から文系学部のゼミ制度が始まる。


 二年進級時からゼミ選び、ゼミ生選考を行い、多くのゼミの本格活動開始は二年後期からだ。


 しかしこの智森ゼミは先生の意向(いこう)により、ゼミ生選考が終わってすぐに、このフィールドワーク合宿をもって活動を開始する。


 だから私たちはほぼ初顔合わせ。元々知り合いだった子も数人いるようだけれど、全員が少し緊張した面持(おもも)ちでいる。


 早朝に都内で集合した時から道中それなりに会話を交わしたものの、慣れない早起きと長距離移動で気が張っていて、完全に打ち解けられてはいない。


 大学卒業までゼミ活動を共にしていく仲間だ。


 ゼミが同じってことは当然学科まで一緒だし、大学生の単位取得は情報戦といっても過言ではない。

 友達の多さがより良い大学生活を作るのだ。仲良くならなければ。


 このフィールドワーク、智森先生がくれるっていう社会学の特別単位より、ゼミ同期と仲を深めることが優先。


 先生には悪いけど、私は説明そっちのけで気の合いそうな子を物色(ぶっしょく)していた。


 そうこうしているうちに二、三人ずつグループ分けがされ、グループごとに村の史跡を見て回ることになる。


「おー俺らは三人かあ、よろしくな!」


 民宿の外へ出て、靴を()きながら各班ごとに挨拶を交わす。


 私は男子二人と同じ三人組のグループに振り分けられた。できれば目をつけていた女子と一緒になりたかったけど、そう上手くもいかない。


 まずは班の男の子たちと仲良くなろう。


「二人ともよろしくね、えーっと」


辰也(タツヤ)安倍(あべ)辰也っていうんだ。たっちゃんとかタツヤとか呼ばれてる」


 早速自己紹介してくれた男子は、さっき炎天下で先生に文句を垂れていた子だ。

 体育会系なのか体格も良く、日焼けた肌から笑うたび白い歯が(こぼ)れる。


「タツヤくんね。私は鹿角寿桃(ろっかくすもも)っていいます、苗字でも下の名前でも好きな方で呼んで」


 言って、内心胸を撫で下ろす。


 タツヤくんは気さくでかなり話しやすいタイプだ。グループワークもやりやすそう。


「それでそっちは?」


 タツヤくんが水を向けたのはもう一人の男子学生。


 こちらはタツヤくんと対照的に色白で線の細い美青年といった出立ちで、私よりは大きいけれど背も少し低めだ。


 清涼感のある目元に薄く引き()まった唇は絵画から抜け出てきたように端正(たんせい)だ。


 そういえば今日、私は彼が(しゃべ)っているところを一度も見ていない。


「……火時丸(かじまる)


 初めて耳にする、感情の乗らない平坦(へいたん)な声。


「カジマル!? 変わった名前だね、漢字はなんて書くの?」


 思わず身を乗り出して聞くと、静かに後ずさりされる。


 初対面の相手に私も失礼だったかもしれないけど、さすがにそこまで分かりやすく嫌がらないでも……。


 気落ちして肩をすくめると、カジマルくんは目を()らしながら、


「火の鳥の火に時間の時、それに円形の丸で火時丸」


 ぼそぼそ教えてくれた。


「そっか、初めて聞いた名前だよ。珍しいね」


 話を広げることもできず、微妙な雰囲気に包まれる私たち。


「よしゃ! 俺たちもどこ行くか決めよーぜ!」


 重苦しい空気を打ち壊したのはタツヤくんの大声。


「先生が言ってたみたいに、やっぱその辺の人に聞き込みがいーと思うんだよな」


「ああ、それ以外の選択肢も思いつかない」


 冷静に火時丸くんが答え、グループの空気は持ち直した。


 それからはタツヤくん先導のもと、私たちは周辺で何か民俗学的に興味を()かれる話がないか、民家や畑を訪ねてまわる。


 大荷物もなく、好きなタイミングで休めるので来た時より幾分(いくぶん)か楽だ。


 夏風に揺れる若緑の稲穂(いなほ)(なが)める余裕も出てくる。


 村の人たちも突然訪問してきた私たちを(こころよ)く応対してくれ、気がつけば手帳には多くの走り書き。


 二時間も経つ頃、私たちはそれなりに盛り上がって畦道(あぜみち)を歩いていた。

 主に話していたのはタツヤくんと私だけれど。


「レポートのテーマとして無難(ぶなん)なのは秋にやる収穫祭(しゅうかくさい)かな。日本ではお米関連の祭事はあるけど、この村のは欧米の感謝祭の感覚に近いし、いいネタになりそう」


「そうだなー、でも収穫祭はこの村のメインイベントっぽいし他の班も取り上げそうな内容だよな。テーマ被るのってなんかダサくね?」


 収穫祭以外で他に村の人から聞けたのは特産品のことや正月に村で作る豆餅(まめもち)なんかで、レポート一本仕上げるには物足りない内容だ。


 大抵のグループが収穫祭を選んで深掘りする構成を取るだろう。


「なんか他にコンテンツ力あるイベントとかねーかなあ」


 タツヤくんが(おど)けた様子で両手を上げてみせた時、後ろを歩いていた火時丸くんが足を止めた。


「どうしたの?」


「いやなんでもない。行こう」


 すぐに再び歩みを進める火時丸くんに、不思議そうに辺りを見回していたタツヤくんは顔を輝かせる。


「あっ、あそこ人いるぜ! せっかくだし話聞こう、おーーい」


 目ざとく村人を見つけた体育会系男子は声を張り上げた。


 私たちのいる田んぼの向こう、山沿いの木陰(こかげ)で休憩していたらしいおじいさんはその声に手を振って応えてくれる。


 三人で駆け寄って行くと、おじいさんは私たちの見た目から「智森ゼミの学生さんか」とすぐ事情を察して(うなず)いた。


 おじいさんはここら一帯の田畑を所有していて、今日は田んぼの草刈り作業をしていたのだという。

 さっきまで近所の人も手伝ってくれていたけど、日が傾いて来たので解散したそうだ。


「智森教授が著書にこの村のことを書いてくれてねえ、観光客も結構増えたんだよ」


 目を細めて語るおじいさん。

 村の歓迎ムードは智森先生の功績が大きいらしい。


「それで俺たち収穫祭以外でこの村の面白い催事(さいじ)とか習慣を探してるんすけど、何かありませんか?」


「ふーむ、面白い催事や習慣ってもねえ」


 気の良さそうなおじいさんは一生懸命考えてくれて、数分後やっと手を叩いた。


「ああ、村の子供たちはいしも様に会っちゃいけねえってのがあるなあ。もし会っちまったら一晩水に浸からなきゃいけねえんだと」


「いしも……様?」


 ざわざわと木々が(さわ)ぐ。


 時刻はまだ十五時だ。日が傾いたとはいえ空も明るくまだまだ暑いのに、なぜか身震いする。


「いしも様はちょうどこの山にあんだよ。どれ案内してやっか。兄ちゃんたちは大人だから会いに行っても大丈夫だ」


 さっさと立ち上がり山へ入って行くおじいさん。慌てて後を追う私たち。


「…………」


 視界の隅で、それまで感情の読めなかった火時丸くんの双眸(そうぼう)に光が宿る。


 山は周囲にあるものと同様大した高さはなく、その『いしも様』も中腹にあったので私たちはすぐに目的地に辿り着いた。


 一面、緑と土の匂い。


 木陰が涼しいかと期待してはいたけれど、想像を超えて気温が低く感じる。着ているノースリーブでは寒いくらいだ。


 いしも様、とおじいさんが呼ぶのはとても小さな神社、いや(ほこら)に毛が生えた程度の人工物だった。


 小さな鳥居に(こけ)むした石の祠。申し訳程度の(さかき)とお神酒(みき)が祠前の石段に置いてある。


 この村へ歩いてくる途中で見た道端の道祖神(どうそじん)と同じような扱いの割に、周りの木々を注連縄(しめなわ)で完全に囲っているのが目についた。


 注連縄から垂れる紙垂(しで)は汚れているけれどしっかりと形を保っていて、きちんと管理されているのが見て取れる。


「ここは」


 それまで黙っていた火時丸くんがおじいさんに向き直った。


「ここには村に伝わる民話の神が(まつ)られていてな」


「それがいしも様ですか?」


「ああ、江戸時代だったかそれよりも前かよく分かっていないんだが——」


 おじいさんが語り出した。



 今は昔、この村には若い夫婦がいた。仲睦(なかむつ)まじいおしどり夫婦として評判の二人であったが、ある時夫が不慮(ふりょ)の事故で突然亡くなってしまった。


 残された妻は幼い子を必死にひとりで育てていたものの、ひどい嵐の日に外へ出かけた際、川の濁流(だくりゅう)に呑まれ妻も死んでしまった。


 村人は彼女を(あわ)れに思い彼女を丁重に(とむら)ってやったが、しばらくして村の子供たちに異変が起きた。


 夕暮れ時になると、死んだはずの女が現れるというのだ。


 全身水に()れて、生気のない面差(おもざ)しで子供たちをじっと見ているらしい。


 最初大人たちは子供の言うことだと気にも止めずにいたが、そのうち女を目撃したと話していた子供が死んだ。


 それからひとり、またひとり、女を見たという子供が行方不明になったり、原因不明の高熱で急に死んでしまうようになった。


 子供たちが女の霊に取り殺されている。


 ようやく事態の深刻さに気づいた村人たちは遠方より高名な僧侶(そうりょ)を呼び、経を読んでもらった。

 そして山に祠を建て、女の霊を(しず)めると共に、彼女本来の優しく子供想いな性格を思い出してくれるよう祈ったのだ。


 儀式を終えると、僧侶は言った。


『彼女は本来の心を取り戻し、村の子供たちを守護する神になった。しかし、人の身で神の御姿を目にするというのは非常に恐れ多いことである。

 子供たちは遠巻きに「いしも様」に参ることはあっても、決して近づいてはならない。もし間違って神の御姿を見てしまった者は一晩中水に浸かり、その身を清めなければならない』


 僧侶の言葉通りそれ以来女の怨霊は姿を表すことはほとんどなく、『いしも様』に(もう)でた親の子供たちは健やかに成長すると噂になった。


 しかし、今でも数年に一度、いや数十年に一度、『水に濡れた女を見た』という子供が出る。その子供は言い伝え通り一晩中菖蒲(しょうぶ)を入れた湯などに入らせるそうだ。



 話の中盤以降から火時丸くんの暗い瞳の奥に緊張の念が浮かんでいる上、(にぎ)りしめた(こぶし)には強い力が入っていた。


 おじいさんの話が終わるのを待ち、思わず声をかける。


「ねえ大丈夫?」


「ああ、平気だ」


 相変わらず無愛想(ぶあいそう)な返事。


 でもさらさらした黒髪はうっすら汗ばんでいた。


「初めて聞く話だな! 面白そうだしいしも様を俺らのテーマにしよーぜ」


 様子がおかしい火時丸くんに対し、タツヤくんは上機嫌だ。


 確かにおじいさんの話してくれた内容だけでも十分なくらいだし、いしも様の考察も入れればレポートが充実したものになりそう。


 態度に反して火時丸くんもテーマ決定には了承し、私たちの班の方向性が定まった。


「わざわざ案内まで、ありがとうございました!」


 用事があるというおじいさんの背中を見送る。


 私たちはもう少し祠を見て行こうということになり、タツヤくんはスマホで写真を撮り出した。


「うーん、特に文字が刻まれてるとかはねーなあ」


「ただの伝説だろうし、碑文(ひぶん)もなさそうだね」


「だなー、火時丸はなんか見つけた?」


 カメラ画面が火時丸くんの姿を(とら)える。


「この注連縄、珍しい」


「え?」


 火時丸くんの眼差(まなざ)しは私たちの頭上の注連縄へ。


 それは、石の祠をぐるりと囲むように木々を張り巡らされた稲藁(いなわら)の縄。


「ほとんどの注連縄って鳥居みたいに左右に渡してあるものじゃないか」


 確かに神社でよく見かける注連縄と違って、円を描くようにしてある。


「何か、閉じ込めてるみたいだね……」


 (つぶや)き、慌てて口を(ふさ)いだ。


 山の中の空気が更に冷たくなった気がする。


「スモモちゃん怖いこと言うな〜。もしいしも様ってのがいても、俺ら大人だから大丈夫っしょ」


「あはは、そうだよね」


 タツヤくんと笑い合って息をついた。

 自分で放ったセリフなのに、気づけば鳥肌が立っている。


「……写真も十分撮れただろうし帰ろう」


 切り出したのは意外にも火時丸くんだった。


 私たちは言葉も少なに下山し、帰路についた。






 智森ゼミフィールドワーク合宿は二泊三日。


 徒歩で民宿に戻った時にはもう日も暮れて、慌ただしく入浴を済ませる。


 そして山菜がメインの夕食に舌鼓(したつづみ)を打った後は束の間の自由時間だ。


「いしも様を目撃した子供は菖蒲湯(しょうぶゆ)()かるって風習、これは端午(たんご)の節句と関係してそうだね。ただの魔除(まよ)けや健康祈願の意味合いが強いのかな」


 ノートにペンを走らせ二人の班員と目を合わせる。


「ああ、子供はいしも様の祠にあまり近づいてはいけねーってのも、子供に山は危険な場所だって教える目的がありそーだ」


「いしも様の伝説は子供の安全のための教訓譚(きょうくんたん)。って方向でレポートはまとめよっか」


 初日のグループワーク反省会もそこそこに、この自由時間ではお互い仲良くなりたがっているゼミ生が好きなように交流できる。


「ここ座ってもいい?」


「いいよいいよ!ちょうどあたし鹿角(ろっかく)ちゃんと話してみたいと思ってたの」


 目をつけていた女子も私と両思いだったらしい。

 気が合いそうな相手って、互いになんとなく分かるものだよね。


 私のお友達候補の彼女は寧々(ねね)ちゃんと言うそうだ。

 話をしてみると、私と同じ一浪(いちろう)入学組で、歳も一緒。女子校出身なのも一緒。


 私たちは早々に意気投合し、くだけた会話ができるようになる。


 寧々ちゃんを起点に他の女子学生の輪にも入ることができて、私としては大満足。


 気がついたらゼミ生全員が大広間に集まって、人狼ゲームに興じたりカードゲームに(いそ)しんだりと、普通の飲み会のような空気になってきた。


 フィールドワーク中だからとお酒がないのは残念。


「羨ましいな、スモモってば火時丸くんと一緒の班だったよね」


 みんなで大富豪をして騒いでいる時、こそっと寧々ちゃんが耳打ちしてくる。


 私は視界の(はし)で嫌々この会に付き合わされている青年を見遣(みや)った。


 みんながわいわい盛り上がる中、窓際に座ってつまらなさそうにカードを眺めている。


「羨ましいって、全然喋ってくれなくて何考えてるか分からないよ?」


「そこがクールな感じでいいんじゃない、学部でもお近づきになりたいって子多いんだから」


「そりゃ顔はどこぞの俳優みたいでかっこいいけどさ」


 苦笑してもう一度火時丸くんを一瞥(いちべつ)


 彼の隣には、女の顔があった。


「…………えっ?」


 目をむいて確認する。


 正確には火時丸くんの寄りかかる窓ガラス一枚を(へだ)てた外に、女がいた。


 こんな夜に、この民宿のすぐ隣は山なのに。


 長い黒髪は濡れて顔に張り付き、両目は大きく見開かれて火時丸くんを外から(のぞ)き込んでいる。


 顔は窓から漏れる明かりに照らされて暗闇に白くはっきり浮かんでいるのに、首から下の体は見えない——いや、体がないんだ。


 それは明らかに生きている人間ではなかった。


「いやああぁぁッ!」


 自分でも驚くほど大きな悲鳴をあげた。


 しまった、と思った時にはもう遅い。

 私の声に反応したゼミ生と同じように、女もこちらを見ていた。


 目が、合った。


「スモモ! 大丈夫!?」


「鹿角さんどうしました?」


 智森先生も含めた数人が私を取り囲んで、一瞬窓が見えなくなる。


 その間に女は消えていた。


 遠巻きに驚いている表情の火時丸くん。


 私は息も絶え絶えに、


「す、すみません。外の葉っぱが人に見えて」


 荒い呼吸を整えながら笑顔を作った。


 知り合ったばかりのみんなに変なやつだと思われたくないし、実際あの不気味な女はもういない。


 本当に私の見間違いかもしれない。そう自分に言い聞かせ、息をつく。


 気のせいかよと安堵(あんど)しながら元いた場所に戻っていくゼミ生の中で、火時丸くんだけがこちらをじっと見つめていた。



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