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王女様視点です。
私の人生に色づいた時があるとしたら、きっとあの時から。
ふとした瞬間に目にそれは飛び込んできた。そもそも普段から近衛なんて、いつも傍に控えているし、代わり映えのしない一種の景色だった。
けれど、いつもは女性ばかりで固められているはずの近衛たちの中に一人異質な子がいた。他の女性たちとは違いすらりと背の高い騎士。短く切り揃えられた髪。きりりとした目元。少年と青年の狭間にいるかのような容姿。よくあの過保護なお父様が彼を許したものだとさえ思った。けれど、下手にお父様に聞いて外されたら堪ったものじゃない。そっと私の心の内にそれをしまっておいた。
彼は基本的には私から離れたところを警護していた。ちらりと見える横顔が素敵だった。稀に私の傍で警護してくれるときもあった。ただ、常に一定の距離を取られていたので、少しばかりもの悲しくあった。ただ、石畳の段差に躓いて転けそうになった際はスッと私を支えてくれた。
「殿下、大丈夫ですか? あぁ、このあたりは若干石畳が隆起しているようですね。後程、修繕をいれてもらえるよう報告しておきます」
男性にしては高い声が私の耳朶を擽る。けれど、私に興味がないのか、石畳の様子を確認して、報告しておくなんて素っ気ない態度。そして、サッと離れた彼の手が若干震えて見えた。もしかして、女性恐怖症かしら。そんなことを考えたけれど、普段他の騎士たちとは話したり、組手をしたりしている様子を見ているから、違うだろうと思う。思いたかった。
「レオナール様、今日もカッコいいわ」
「えぇ、本当に。あれで、女性だなんて思えないわよね」
女性? 誰が? レオナールが? 侍女たちがこそこそと話しているのを聞いて私は愕然とした。だってそうでしょう。男性だと思って、いいなと思っていた人が女性だったなんて。
お父様が近衛に入るのを許可した理由は単純だった。何故、あの時に確認しなかったのか悔やまれる。気分が落ち込む。けれど、このあとに仕事もあるため、私はそんな気持ちを幼少期からの教育の成果で覆い隠した。家族での食事会でも、隠してたことによってお父様も兄様も下兄弟たちも何も聞いてくることはなかった。けれど、流石お母様は誤魔化せなかったようで眉を少し下げ心配そうな面持ちをされていた。
一日がようやく終わったと自室に戻った私は入ってすぐ鼻腔を擽る花の香りに侍女を呼ぶ。
「あぁ、それはレオナール様が姫様のためにご用意なさったものです」
どういうことかと尋ねれば、少し困ったように笑い、彼――彼女いわくちらりと見た私が落ち込んでいるように思えたので少しでも気分を変えられるようにと自身の仕事を終えてから用意したらしい。勿論、毒物など私の害をなすものを使っていないことを証明するためにこの侍女を含め、メイドや執事、同僚たちに見張らせたそう。
え、これ、用意したの彼女なの? 繊細な花の香りのもとは匂い袋。袋は王宮で用意したものらしいけど、中の香料は彼女が調合したらしい。しかも、教育を被っていたのに落ち込んでるのに気づかれたなんて。驚きで落ち込んでいるどころではなくなってしまった。本当に信じられないわ。
それから、ふとした瞬間に気づくことが増えた。髪が引っ掛かりそうと不自然にならないように避けていた枝が伐採されていたり、今までは高くて望めなかった木々の花がいつの間にか私の目の前でも花を咲かせてくれていた。気づいて尋ねれば、皆困ったように笑いながらレオナール様がと口にする。
「あら?」
「あぁ、お前も気づいたか」
その日は偶々兄様と歩いている時。以前、躓いた石畳。今は綺麗に整えられていて、所々、新しい石が使われていたり、ひび割れが埋められてたりと修繕がなされている。
「報告しておくって言ってたから、当然ね」
「あー、それ。今は無理だって突っぱねられてたよ」
ちょうど現場に居合わせてたから見てたと兄様。でも、直ってる。もしかしてと、兄様を見ればそのもしかしてだそうで。仕事終わりに職人から習い、自身で少しずつ直していたそう。
「愛されてるね。ま、お陰で私は彼女にフラれたわけだが」
「は?!」
思わず、低い声が出る。それに兄様は笑いをこらえ、肩を震わしている。そんなことよりも、彼女にフラれたとか言う話の方が重要よ。
「なんてことはないだろう。きちんとドレスなんかで整えれば、元がいいんだし、美人になるとも」
とある舞踏会に渋々といった体で彼女は出席していたらしい。短い髪だから髪はウィッグだろうけれど、ドレス姿。え、凄く見たいわ。言ったら、着てくれないかしら。思案する私を見て、兄様はくすりと笑いを零した。
「ま、逃げられないように頑張れ」
用事がある先が違う兄様はそう私に手を振って行かれた。逃げられるなんてあるはずないじゃない。
そう、そのはずだった。だけど、彼女はあっさり私の前からいなくなった。討伐騎士団に希望して転属したらしい。なぜ、なんで。信じられないくらいショックであったし、裏切られて悔しいと思った。それと同時に私は彼女を深く想っているのだと気づかされた。思えば、お父様からいただいた求婚書も彼女が女性と知ってからも全て断っている。もとより、彼女が男か女かなんて気にする必要なんてなかったのね。
「討伐騎士ということは功績が認められれば、顕彰式とか行われるんじゃないか?」
恥を忍んで兄様を頼れば、仕留めるのならそこだろうと言う。
「兄から細やかだがプレゼントをあげよう。これをどう使うかはヴィル次第だ」
そう言って渡されたのは貴族のリスト。私で調べてわかったのは彼彼女らは私たちと似通った点があると言うこと。えぇ、そうね。手に入れるためにはこれは重要ね。
貴族たちの中を走り回り、後ろ楯を得た私は顕彰式で彼女――レオナールに婚姻を叩きつけた。
王家の人間に気に入られてるのに逃げられると思ったら大間違いよ。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
ノベプラで百合イベか、書いてみっか?というところから設定やストーリーを軽くこねこね。ちょっとまて、これは百合なのかと疑問に思うことも数度。いや、俺がいうのだ、百合なのだと強行してなんとか完成させることができましたヾ(*´ω`*)ノ
なろうだったら、一発投稿の方がいいかななんて思ったりもしましたが、自身のケツ叩きの意味も込めて、ノベプラ同様に分割して、投稿させていただきました。
本当は子供の所は深く掘り下げたいところでした。ヴァンの設定は当初からあったのでそのまま。ネタを考えている時、実はレオの兄(彼の妻の了承有)とヴィルの間に子供を作らせる予定でした。何故か、まぁ、簡単に言えば、ヴィルがレオナールと同じ血が流れる子が欲しかったというのもありますし、彼女達に色々と考えさせたかったというのもあります。ヴィルの弟がレオを孕ませようと企んでいたとかそういうのもあったかもしれない。レオは一応許可をしました。えぇ、それでも、悩みます。兄夫婦は親権を放棄するというけれど、生まれてきた子が兄に似ていたら、自分はその子を愛せるのかと。そんな感じまでねってました。文字数とか諸々考えてチョッキンと切りましたが。ちなみにレオ兄は話では出てきてませんが三男三女のお父さんです←
あと、簡単な解説。レオが極力ヴィルに近づかなかったのは恥ずかしかったから。助けた時も実は心臓バクバクで「あ、やわらか、いや、そうじゃない。あ、凄くいい匂い。いやだから違うって」という心の中で格闘が繰り返されてました。変態かよと自分でツッコミも入れていたかもしれません。
まぁ、行動力を持ったヘタレであったわけですな。
そして、ヴィルが兄からもらったリストは同性愛者の貴族たちのリストでした。表立ってそう言えない彼らのための旗印になるとヴィルは説得したのかもしれません。そして、最終的には少しずつではあったけれどヴィルやレオの姿を見て理解を得ていって、彼彼女らも隠さなくなっていったかもです。
ヴィル視点ではちょいちょいレオの時には書いてなかったネタも差し込むことが出来て楽しかったです。
なにはともあれ、少しでも楽しんでいただける子になっていたら幸いです。
ホント、最後まで、お付き合いありがとうございました!