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「私はレオナール・アレを夫として望みます」
「は」
陛下の許可を得て発言された殿下の言葉に場は静まり返る。勿論、望まれた私はあまりのことで殿下の言葉を理解することができない。むしろ、思わぬことで息ができない。
「ヴィルジニー、アレ卿は女性だぞ」
「えぇ、存じております。数年前まで私の近衛におりましたもの」
呆れたようにいう陛下の言葉に殿下はからからと笑って何を当然のことをとばかりに勘違いを否定する。
いや、知っていてなお、何故私を夫として望むのか。それはその場にいる全員が思っていることだろう。私だって、理由がわからない。
「領地を与えることに皆様が配偶者がいればなどと話しているのを小耳に挟んだことと我が王族の血が多くあることを鑑み、それならばとの提案です。女同士では子供は生まれません。後継が必要であれば、アレ卿の親族から選ぶので十分でしょう」
「……全く、余計なことを耳にいれてくれたものだな」
「ふふ、口さがない者はどこにでもおりますもの。しょうがないでしょう」
この数百年あまり魔物の活性化があれど、隣国諸国との戦争はなかった。そのため、王族の血は公爵家や侯爵家などの上流貴族の多くに流れている。正直に言えば、我がアレ家も少なからず混ざっているという話も聞いたことがある。
「……では、アレ卿に判断を委ねようではないか。我が娘を受け入れるか否か」
勘弁してほしい。
「えぇ、勿論それで構いません」
「アレ卿、安心してよい。断っても不敬にも何もならん。ただ、ヴィルジニーのおいたが過ぎたというだけだ。素直に述べよ」
本当に、こちらに委ねないで欲しい。ちらりと父を見れば、顔を青くして首を振っている。ですよね。そういう反応になるとも。断れという圧がかかる。勿論、私も殿下が想い人であろうと過ぎたるものだと断りたい。
「わ、私は女、ですので、殿下の、夫君には、ふ、不相応かと」
頭を下げ、絞り出した声は震える。正直、喜んでと言いたい。言いたいが、やはり、彼女は一国の王女だ。
その返答にホッとするような音が聞こえる。あぁ、やはり、これが正解なのだ。一瞬とはいえ、夢に描くべきではなかった。
そう、心に諦めをつけているとこつこつと石畳を叩く音が上から下りてくる。そして、私の前に止まる。
「この私自身が選んだとしても、お前は不相応だとぬかすの?」
「……ぃ、ぁ、そ、それは」
頭の上に振ってきた声。殿下の声だ。何故、どうして、と思っていると私の顎の下に手を差し込まれ、無理矢理殿下と目を合わせられる。護衛中に至近距離になることはあったが、やはり殿下は美しい。美しい瞳には私だけが映ってると思うと不敬ながらもゾクゾクと迫り上がるものがある。けれど、それに応えるわけもいかず、彼女の問いに対しての答えを絞り出せない。
「レオナール・アレ、私はお前を夫と望みます、答えは?」
形のいい唇が自分の目の前で自分の名を響かせる。あぁ、もう、ダメだ。父がいくらダメだと首を振っても、周りの大臣たちが止めようと腰を上げようとしていても、もう、目の前の殿下に自分を偽ることができない。
「……っ、つ、謹んで、お受け、いたします」
絞り出された私の返答に大変満足したらしい殿下は輝かんばかりの笑みを浮かべられ、周りは騒然となるのだった。
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