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始まりは憧れだったと思う。
父に連れられて初めて訪れた王都。そして、初めて見る式典で私はその人に目を奪われた。
ヴィルジニー・セナンクール第一王女。雪のような白銀の髪に空のように透き通った蒼い目。白い肌に頬はほんのり桃色に色づいていて、精巧な人形を見ているかのようだった。あの方が自分よりも数個だけ年上だなんて思えなかった。陛下の側に兄殿下と共に控え、前を見据えるヴィルジニー殿下はそれはもう美しく未だに記憶に焼き付いている。
「あぁ、お前も女の子だな」
私は誕生日プレゼントに用意された可愛らしいぬいぐるみなどよりも兄がプレゼントされた模造刀などを羨ましそうに見ていたから、式典の私の様子を見て父はそう安心したように呟いていた。その時に気づいていたらよかったのかもしれない。父と私の間に齟齬が生まれてたことに。いや、私は当時八歳か九歳で幼かったし、気づくのは無理だっただろう。
レオナール・アレ。辺境伯の娘で兄が一人。それが私だ。本来は母と共に王都で暮らすはずだったのだが、王都に母が戻る際に私が熱を出してしまい、私をおいていくしかなかった。それ以来、私は王都に行くことなく辺境で暮らしていた。そして、建国の式典で初めて王都に足を踏み入れ、かの方を知ったのだ。
辺境に戻ってから父はやたらと私に可愛らしい服や物を与えてきた。嫌いではないけれど、特段好きでもない。どうしたんだろうという私とあまり芳しくない反応に父は何故だろうと首を傾げていた。
「レオナールは殿下に憧れてたように思ったんだが」
「うん、憧れるよ」
あんな美しい人を憧れないはずがないじゃないか。
「それじゃあ、隣に立てるように綺麗になりたいとか思わないか?」
「綺麗に?」
私の返しに気をよくしたのか父は嬉しそうに言葉をつらつら述べていく。私はそれよりもあの方の隣に立つという言葉に色々と想像を膨らませていた。
綺麗なドレスに化粧をしてもあの方には遠く及ばないし、隣に立てたところで私など霞んでしまうだろう。いや、そもそも隣に立てるわけがない。
でも、あの方の側に控えれるというのはなんとも夢があることだろう。ただ、普通の女性では到底並ぶことも控えることもできないだろう。
「レオナール、聞いているのか?」
「なんの話?」
「はぁ、全く。少しは色気が出てきたかと思ったのに」
溜息を吐く父。何を期待されていたんだか私にはわからなかった。
そんなことよりも私は父が言っていた『隣に立つ』という言葉に魅力を感じた。とはいえ、どうすれば隣に立てるのかは中々の問題だ。正真正銘隣に立てるのは殿下の夫君だろう。なんとも妬ま――羨ましい。
さて、様々な問題はともかく、私は考えた。この辺境で一体何が磨けるのかと。容姿を磨くか? 学を磨くか? いや、磨いたところで遠く及ばないだろう。土地柄、王都で入手出来るような高度なものは入ってこないだろうし、入ってきたところでそれを維持するのは中々に費用がかかることだろう。幼いながらも兄に引っ付いてそういうことを学んでいた私にはわかっていた。では、何がある。辺境と言えば田舎だが、隣国と隣接している場所でもある。つまり、屈強な騎士達がいる。華やかな王都の騎士に比べ、辺境の騎士は実力主義だ。騎士、そうだ、その手がある。騎士ならば、あの方の側に侍ることもできるじゃないか。
何日も考えて出した答えを父に伝えれば、どうしてそうなるんだと頭を抱えられた。それでも、好きにするといいという父の言葉に感謝を述べ、私はその日から騎士を目指すことになった。
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