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チャプター1、2




                  「ヒトゲノムの意志」

 

チャプター1


「理会者の一次討論」


 老人は薄暗い部屋の中でキナ臭い笑みを浮かべながら、未だ口たらずに談笑を続けていた。


 ――どうせ、全ては意味のないこと。

 

 誰もが無意味かつ無価値な生き恥をさらし、それが自己の活動にそのものの有意味性があるなどと、繰り返し主張を繰り返していた。


 ――世界はすべからく平等であると理会者達は口を並べて饒舌を繰り返し、弱者や宗教者たるプラパガンダにより現実の果ても知らずに傷の舐め合いを繰り返した。


 ヒトゲノムとは、それを最も遠く平均的な見地から何食わぬ顔で見ている。


 それは、まさに、人間の限界とはその程度だと告げるように。

人類そのものが恒久の存在などと考える異端者を押しつぶすように。


「余生としてはあまりに矮小な余興かもしれんが、これは人として“しかるべき行為”なのだろうかな」

「社会性を重んじれん時点で、人格者としての常識を失っていると感じます」

「ふはははっ、それは当然のことよの。しかし、残念なことに今の私には感慨もなければ哀しみもない、これが禁忌であるのかと疑うほどに」

「それはあなた様が生きすぎたのですよ」

 

 まだ血の固まらないその首は、すでに驚かせるために吊し上げるのにも飽き、ついには紙くずのように地面に置き捨てられていた。その首の先端からは未だに一本の線を描くように老人へと向かって血痕が続き、怨恨の意を指し示すように真っ赤な血に染まっている。


「“それ以前とそれ以後の定理”、君の考えた理論だったな」

「暇つぶしような与太話ですよ。広義の意味においてはすでに限定的意味を照らしつけることも叶わないどうしようもない定理です」


「しかし、人の愚かさと醜さを表現する意味としてはこれ以上のないと私は評価するがな」

「それは結果論というものです。人の行動標識とはそれだけシンプルに考えることもできるという一意見です」


「人は生きている限りターニングポイントというものが存在する。

それは起承転結における転であり、動物というより、人間であれば人間であるほど多く存在する。

 就職、転職、転居、結婚、離婚、交際、別離、犯罪を起こしたことによる世間体の変化、人を好きになる瞬間、また人を異性として意識して見ることのなくなる瞬間。

 挙げれば本当にキリがない、そしてそれらを正確に分断する“それ以前”と“それ以後”という考え方、そこには確かに一個人の問題では済まされないさまざまな社会性が見え隠れしている、実に興味深いものだ」


「ほほぅ、そこまで興味を持たれますとは・・・。

では、手始めにこの定義における一つの結果、改心について考えていきましょう」


 老人は山積みにされた資料の中から適当に10枚ほどの紙を掴み、メガネのレンズを整える動作をして、資料に目を通した。


「有名人における犯罪行為についての“それ以前とそれ以後の定義”です。もちろんこれは一般人においても同様のことが言えるわけですが、犯罪の前後には有名人の場合大きな過失が生じ、再生自体も簡単ではありません」

 ・・・ですが、一つ老人は呼吸のおいて言った。

「有名人である場合それ以前の経歴が影響されやすいとされています。それ以前に多大な功績を挙げている場合、また最も重要なのがそれ以前の時点でどれだけ信用性を得ているかが重要になっています。もちろん一度の過ちをきっかけに芸能界、もしくは現場復帰をたたれるケースもあります。しかし一方一部の支持者による支援もあり、復帰し活躍するケースも少なくありません。稲垣吾郎やビートたけし、そのまんま東などは大きな一例でしょう。ですから“それ以前”という段階に戻れるか戻れないかは“それ以前”の功績の大きさに比例すると言えます。

 最も一般人の場合ですと、そんなドキュメンタリーのような事にはなりきらず、圧倒的な損益を受けることが大半なのですが、いわゆら犯罪行為に伴う“それ以前とそれ以後”の展開にはとても大きな力が働いていると言えるわけです」


「ははっ、罪とはいつも人を奈落に落とすものだが・・・、そのような考え方もあるのだな・・・、その人物対象を一人格として再認識する過程を行う、もちろん一過性に物事を考えてはならないだろうが、人の価値とはどこで変わるものかわからんな」


 ずっと話しを聞き入っていた老人は独り言のように言葉を呟きながら、暗く冷たくなった窓の外を見つめた。館の最上階からの視界、老人の目には館へと向かって歩く一人の少女の影が映っていた。



チャプター2


「アリスの館」

 

 星の見える空の下


 それでも暗闇は消えなくて


 今日も俯き地を歩く



 どこか生ぬるい空気を纏って 生き物の声もなく 辺りは静まり返る


 山奥の坂道を果てなく歩く そして全てを忘れし頃 仰ぎ見る重厚な館の姿


 何も思ったが 一度そこで足を止め 細く伸びる両足の震えを押さえる


 

 さしたる先の館には


 いつき見たるは紅を 


 未だ変わらぬこの景色 


心凍らせ幾ばくか もう一度仰ぎ見る館へと


最初の一歩は無意識に しかしそれは悲しげに


願いて開ける その扉 ずっと高き頑丈な扉を開き 少女は足を伸ばす



外は真っ暗なのに、そこだけはどこから明かりが来たのか一瞬戸惑うほどに奇妙な明かりに包まれていた。視界が一瞬にしてバキバキと剥がれ落ちる。もの凄い悪臭に口を閉じるが息苦しいまでのドンヨリとした空気に再び口を開いて息をしてしまう。

少女はすでに意識が飛び跳ねそうだった。

天井に備え付けられたシャンデリゼには大人の170センチ大の女性が突き刺さり、肉を貫いて金属の釘が芽を出すように輝きを放っている。死後どれほど過ぎたのか、死体からはすでに血は流れず完全に固まっており、地面には円形の状態を保ったままの血溜まりが未だ固まることなく残っている。

エントランスのすぐ右側には頭に斧の突き刺さったままの初老の男が上半身だけを俯いたままの姿勢で死んでいる。

エントランスの先に続く階段には左右合わせて4人の男女の死体があり、二人は世話係の衣装をしている。それを見て少女は気付く、ここはすでに自分の知っている景色ではないと、そして同時に自分が金髪をしているのに日本人であることもわかった。でもどうしてか、日本人など一人もいない死体の山を見て他人事のようには思えなかった。

自分との違い・・・、それをどう証明してよいのかは解らない・・・、しかし珍しいと直感で思うはずの外国人を見て、これほどまでに無意識に当たり前な認識をしてしまうのが不思議でならなかった。


真っ赤染まる部屋の中


少女は一人仰ぎ見る 考えないよう 苦しくないよう


泣かないように 叫ばないように 狂わないように 


確かに心をくすぶる光景は どこか残した記憶を拾いて 意識を奪おうと狂い咲く


少女は歩く どうすることもできない思いを抱えて


少女は歩く 館の中へ 狂いそうになる意識を押さえて




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