「男子3人、放課後コンビニ」
昼休みが終わり、午後の授業がすべて終わったとき。
いつものチャイムと同時に、黒瀬がこっちへ振り返った。
「なぁ冬木」
「ん」
「今日さ、帰りにコンビニ寄ってこうぜ」
授業で疲れたクラスのざわめきが耳に入る中、黒瀬の言葉は静かだった。
「……コンビニ」
「そう、コンビニ!」
唐突に三浦が席を蹴って立ち上がる。
「俺、あの新しい肉まん食いたくてさ! “トリュフ風味の黒豚角煮”ってやつ! 名前長すぎて逆にウマそうじゃね!?」
「名前の勢いで食欲わかせてんじゃねぇよ」
二人の温度差に思わず笑いそうになる。
「いやさ、せっかくだから3人で行こうぜ。たまにはさ」
黒瀬は淡々とした口調なのに、目はどこか期待しているように見えた。
無表情なのに分かりやすい男だ。
三浦は腕を組んで頷きまくっている。
「青春の第一歩は“放課後コンビニ”からだって俺は本気で思う!
今のうちにやっとかないと青春逃すぞ冬木!!」
「そんな説明ねぇよ」
だが、その言い方がなんか良かった。
中学じゃこういう“放課後寄り道”に誘われたことなんてなかった。
誰かに誘われるという事実が、胸の奥で静かに響いた。
「……まあ、いいぞ」
「っしゃあああああ!」
「よかった、断られたらどうしようかと思ってた」
黒瀬の言葉は小さくて、ほんの少し照れているように聞こえた。
◇◇◇
下校の流れに乗りながら、3人で校門をくぐる。
夕方前の時間帯、まだ部活で賑やかだ。
遠くで風を切る音とボールの音が混ざっている。
「なぁ冬木」
三浦が肩にタオルをかけながら聞いてくる。
「勉強も運動もできて、料理もうまくて……マジでチートすぎねぇ?」
「別にそんな大したもんじゃねぇ」
「出た! 何でもできるやつの“別に”!!」
「いや、ほんとに大したことじゃねぇんだよ。得意不得意は誰でもあるだろ」
言ったあと、黒瀬がじっと俺を見てきた。
「……自覚ないってのはすごいな」
「どういう意味だよ」
「自分を大したことないって言えるやつは、本当に大したことあるやつだよ」
「やめろ、くすぐったい」
「くすぐったいって言葉の使い方違ぇだろ!」
三浦が笑いながらツッコむ。
歩いているだけなのに、空気が妙に心地いい。
(……こんな感じ、久しぶりだな)
ふざけて、笑って、からかわれて、軽口を返して。
“怖いから避ける”じゃなくて、“普通に友達として扱う”距離感。
そんな当たり前みたいな時間が、俺にとっては新しい。
◇◇◇
コンビニが見えてきた。
夕焼けがガラスに反射し、看板の色がにじんで見えた。
「肉まん3個!」
「テンション高すぎだろ」
「いやだって新作だぞ!? 新作は逃しちゃダメだろ!!」
並んでドアを入ると、店内の冷気がふっと身体にあたる。
おにぎりゾーン、スイーツコーナー、雑誌棚——放課後の高校生がよくいる風景。
三浦は肉まんへ一直線。
黒瀬は飲み物棚の前で腕を組んで悩んでいる。
「……冬木は?」
「俺は紅茶でいい」
「渋っ」
三浦が肉まんを受け取りながら叫ぶ。
「ホッカホカぁぁぁ!! ほら冬木も食べようぜ!」
「外で食うだろ常識的に考えて」
「そうだな」
「だな」
三浦以外の二人の声が揃った瞬間、俺たちは思わず互いを見て笑った。
外に出て、店横の植え込みの前に腰を下ろす。
夕方の風が少しだけ生ぬるい。
「いただきまーす!」
三浦が勢いよく肉まんを割って頬張る。
黒瀬はカフェオレを飲み、俺は紅茶のキャップをゆっくり回した。
「……こういうの、悪くないな」
つい声に出た。
「だろ!! 俺ずっと言ってたんだよ青春はコンビニだって!!」
「お前の青春小さいな」
「やかましい!」
そんなやり取りをしていると、黒瀬がふっと空を見た。
「でもさ、冬木ってさ……ほんと優しいよな」
「は?」
「体育であれだけ目立って、噂も増えるのわかってたのに、フォーム教えるって言ったろ」
その言葉に三浦も全力で頷く。
「そうそう! あれ感動したわ!
“強い奴が優しい”って、それだけで全人類好きになるんだよ!!」
「急に規模でけぇよ」
黒瀬は苦笑しながら続ける。
「普通さ、できる奴ってできない奴を無視するんだよ。
でも冬木は、自分から教えるって言った。
……たぶんだけど、そうやって『誰かのために』動けるのが、すげぇんだよ」
心臓が少しだけ熱くなる。
(……そういう理由じゃねぇけどな)
誰かを助けたかったとかじゃなくて——
“助けたいと思ってる時の自分が、一番落ち着く”からだ。
けど、それをそのまま口にするのは、ちょっと恥ずかしい。
「別に……困ってたからだろ、普通だ」
「はい出た! “普通”出ました!!」
三浦が食い気味に叫ぶ。
「冬木の普通は普通じゃねぇんだって!」
「じゃあ俺は異常なのか?」
「いやそれも違う!!」
騒がしい三浦と、静かに笑う黒瀬。
その二人を見ている自分が、不思議と落ち着いていた。
◇◇◇
肉まんを食べ終え、猫舌の黒瀬がようやくホット飲料を飲み終えたころ、三浦がポケットからスマホを出してニヤつく。
「そういえばさ、冬木と神宮寺さんって昨日一緒に帰ったんだろ?」
「やめろ。声下げろ」
「いやいや、声なんて出してねぇ! 聞いただけ!!」
黒瀬も、無言の表情ながら興味を隠せていない。
「……別に大した話してねぇよ」
「それが知りてぇんだよ!!」
しまいには三浦が地面に正座しだした。
外で正座する高校生はやばい。
「頼む冬木!! エモいエキスを俺に与えてくれ!!!!」
「お前、何吸収してんだよ」
しょうがなく、少しだけ昨日の話をする——
駅で別れるまで、特に何もなかったこと。
噂の視線はあったけど、気にしなかったこと。
ただ一つ、
「……袖つかまれた」
言ってから、耳の奥が熱くなるのを感じた。
三浦が爆発した。
「袖!!? ちょ、なにその青春ワンカット!!!
お前の人生映画かよ!?!?!?」
黒瀬でさえ目を見開いた。
「……それ、もう仲いいじゃん」
「仲良くねぇよ」
「いや仲いいわ」
どっちでもいい。
でも、それを否定しきれない自分がいた。
(あの距離は……悪くなかった)
そう胸の奥で思った。
◇◇◇
太陽が沈みきり、街灯が灯り始めた頃。
3人で立ち上がる。
「また寄ろうぜ、こういうの」
三浦が笑って言う。
「別にいいけどよ」
「別に、が来たから実質“最高に楽しかった”って意味だな」
「なんで勝手に翻訳してんだよ」
黒瀬は、珍しくはっきり笑ってみせた。
「冬木。……これからもよろしくな」
それは照れでも義務でもなく、素直な言葉だった。
俺は短く、小さく頷いた。
「……あぁ。よろしく」
言葉は短いのに、胸の奥がじんと熱くなる。
(高校って……案外悪くねぇのかもな)
初めて、そんな風に自然と思えた。
◇◇◇
家に帰ると、いつものように妹たちの声が聞こえた。
「おかえりー!」
「今日は“普通に”帰ってきたね!!」
「普通に、ってなんだよ」
笑いながらエプロンを取り、夕飯の支度を始めたとき、不意にスマホが震えた。
差出人:神宮寺 玲
『今日の体育すごかったですね。
……怪我しないようにしてください。
それだけ、言いたかったです。』
たったそれだけ。
でも胸に残る温度は昨日より少し強い。
返事を打つ。
『気をつける。ありがとう』
送信した後、すぐに返信は来なかった。
でもそれでいい。焦らなくていい。急ぐ必要なんてない。
恋はゆっくり実る方がいい——
そう思えるようになってきたから。
鼻歌混じりでハンバーグのタネをこねていたら、イリアが冷ややかに言った。
「……完全に恋するやつの顔だ」
「黙れ」
だけど、否定は弱かった。
――この日から、
冬木悠斗、三浦太陽、黒瀬晴の3人組は、クラスで“普通の友達グループ”として見られ始める。
静かに、確実に——孤独の殻が溶けていく始まりだった。




