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ヤンキー君は凝り性  作者: 暁 龍弥


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8/20

「男子3人、放課後コンビニ」

 昼休みが終わり、午後の授業がすべて終わったとき。

 いつものチャイムと同時に、黒瀬がこっちへ振り返った。


「なぁ冬木」

「ん」

「今日さ、帰りにコンビニ寄ってこうぜ」


 授業で疲れたクラスのざわめきが耳に入る中、黒瀬の言葉は静かだった。


「……コンビニ」

「そう、コンビニ!」


 唐突に三浦が席を蹴って立ち上がる。


「俺、あの新しい肉まん食いたくてさ! “トリュフ風味の黒豚角煮”ってやつ! 名前長すぎて逆にウマそうじゃね!?」

「名前の勢いで食欲わかせてんじゃねぇよ」


 二人の温度差に思わず笑いそうになる。


「いやさ、せっかくだから3人で行こうぜ。たまにはさ」


 黒瀬は淡々とした口調なのに、目はどこか期待しているように見えた。

 無表情なのに分かりやすい男だ。


 三浦は腕を組んで頷きまくっている。


「青春の第一歩は“放課後コンビニ”からだって俺は本気で思う!

 今のうちにやっとかないと青春逃すぞ冬木!!」


「そんな説明ねぇよ」


 だが、その言い方がなんか良かった。


 中学じゃこういう“放課後寄り道”に誘われたことなんてなかった。

 誰かに誘われるという事実が、胸の奥で静かに響いた。


「……まあ、いいぞ」

「っしゃあああああ!」

「よかった、断られたらどうしようかと思ってた」


 黒瀬の言葉は小さくて、ほんの少し照れているように聞こえた。


◇◇◇


 下校の流れに乗りながら、3人で校門をくぐる。


 夕方前の時間帯、まだ部活で賑やかだ。

 遠くで風を切る音とボールの音が混ざっている。


「なぁ冬木」

三浦が肩にタオルをかけながら聞いてくる。

「勉強も運動もできて、料理もうまくて……マジでチートすぎねぇ?」


「別にそんな大したもんじゃねぇ」

「出た! 何でもできるやつの“別に”!!」


「いや、ほんとに大したことじゃねぇんだよ。得意不得意は誰でもあるだろ」


 言ったあと、黒瀬がじっと俺を見てきた。


「……自覚ないってのはすごいな」

「どういう意味だよ」

「自分を大したことないって言えるやつは、本当に大したことあるやつだよ」


「やめろ、くすぐったい」

「くすぐったいって言葉の使い方違ぇだろ!」

 三浦が笑いながらツッコむ。


 歩いているだけなのに、空気が妙に心地いい。


(……こんな感じ、久しぶりだな)


 ふざけて、笑って、からかわれて、軽口を返して。

 “怖いから避ける”じゃなくて、“普通に友達として扱う”距離感。


 そんな当たり前みたいな時間が、俺にとっては新しい。


◇◇◇


 コンビニが見えてきた。

 夕焼けがガラスに反射し、看板の色がにじんで見えた。


「肉まん3個!」

「テンション高すぎだろ」

「いやだって新作だぞ!? 新作は逃しちゃダメだろ!!」


 並んでドアを入ると、店内の冷気がふっと身体にあたる。

 おにぎりゾーン、スイーツコーナー、雑誌棚——放課後の高校生がよくいる風景。


 三浦は肉まんへ一直線。

 黒瀬は飲み物棚の前で腕を組んで悩んでいる。


「……冬木は?」

「俺は紅茶でいい」

「渋っ」


 三浦が肉まんを受け取りながら叫ぶ。


「ホッカホカぁぁぁ!! ほら冬木も食べようぜ!」

「外で食うだろ常識的に考えて」

「そうだな」

「だな」


 三浦以外の二人の声が揃った瞬間、俺たちは思わず互いを見て笑った。


 外に出て、店横の植え込みの前に腰を下ろす。

 夕方の風が少しだけ生ぬるい。


「いただきまーす!」

 三浦が勢いよく肉まんを割って頬張る。

 黒瀬はカフェオレを飲み、俺は紅茶のキャップをゆっくり回した。


「……こういうの、悪くないな」

つい声に出た。


「だろ!! 俺ずっと言ってたんだよ青春はコンビニだって!!」

「お前の青春小さいな」

「やかましい!」


 そんなやり取りをしていると、黒瀬がふっと空を見た。


「でもさ、冬木ってさ……ほんと優しいよな」

「は?」

「体育であれだけ目立って、噂も増えるのわかってたのに、フォーム教えるって言ったろ」


 その言葉に三浦も全力で頷く。


「そうそう! あれ感動したわ!

 “強い奴が優しい”って、それだけで全人類好きになるんだよ!!」


「急に規模でけぇよ」


 黒瀬は苦笑しながら続ける。


「普通さ、できる奴ってできない奴を無視するんだよ。

 でも冬木は、自分から教えるって言った。

 ……たぶんだけど、そうやって『誰かのために』動けるのが、すげぇんだよ」


 心臓が少しだけ熱くなる。


(……そういう理由じゃねぇけどな)


 誰かを助けたかったとかじゃなくて——

 “助けたいと思ってる時の自分が、一番落ち着く”からだ。


 けど、それをそのまま口にするのは、ちょっと恥ずかしい。


「別に……困ってたからだろ、普通だ」

「はい出た! “普通”出ました!!」

 三浦が食い気味に叫ぶ。


「冬木の普通は普通じゃねぇんだって!」

「じゃあ俺は異常なのか?」

「いやそれも違う!!」


 騒がしい三浦と、静かに笑う黒瀬。

 その二人を見ている自分が、不思議と落ち着いていた。


◇◇◇


 肉まんを食べ終え、猫舌の黒瀬がようやくホット飲料を飲み終えたころ、三浦がポケットからスマホを出してニヤつく。


「そういえばさ、冬木と神宮寺さんって昨日一緒に帰ったんだろ?」


「やめろ。声下げろ」

「いやいや、声なんて出してねぇ! 聞いただけ!!」


 黒瀬も、無言の表情ながら興味を隠せていない。


「……別に大した話してねぇよ」

「それが知りてぇんだよ!!」


 しまいには三浦が地面に正座しだした。

 外で正座する高校生はやばい。


「頼む冬木!! エモいエキスを俺に与えてくれ!!!!」


「お前、何吸収してんだよ」


 しょうがなく、少しだけ昨日の話をする——

 駅で別れるまで、特に何もなかったこと。

 噂の視線はあったけど、気にしなかったこと。


 ただ一つ、


「……袖つかまれた」


 言ってから、耳の奥が熱くなるのを感じた。


 三浦が爆発した。


「袖!!? ちょ、なにその青春ワンカット!!!

 お前の人生映画かよ!?!?!?」


 黒瀬でさえ目を見開いた。


「……それ、もう仲いいじゃん」


「仲良くねぇよ」

「いや仲いいわ」


 どっちでもいい。

 でも、それを否定しきれない自分がいた。


(あの距離は……悪くなかった)


 そう胸の奥で思った。


◇◇◇


 太陽が沈みきり、街灯が灯り始めた頃。

 3人で立ち上がる。


「また寄ろうぜ、こういうの」

 三浦が笑って言う。


「別にいいけどよ」

「別に、が来たから実質“最高に楽しかった”って意味だな」

「なんで勝手に翻訳してんだよ」


 黒瀬は、珍しくはっきり笑ってみせた。


「冬木。……これからもよろしくな」


 それは照れでも義務でもなく、素直な言葉だった。


 俺は短く、小さく頷いた。


「……あぁ。よろしく」


 言葉は短いのに、胸の奥がじんと熱くなる。


(高校って……案外悪くねぇのかもな)


 初めて、そんな風に自然と思えた。


◇◇◇


 家に帰ると、いつものように妹たちの声が聞こえた。


「おかえりー!」

「今日は“普通に”帰ってきたね!!」


「普通に、ってなんだよ」


 笑いながらエプロンを取り、夕飯の支度を始めたとき、不意にスマホが震えた。


差出人:神宮寺 玲

『今日の体育すごかったですね。

 ……怪我しないようにしてください。

 それだけ、言いたかったです。』


 たったそれだけ。

 でも胸に残る温度は昨日より少し強い。


 返事を打つ。


『気をつける。ありがとう』


 送信した後、すぐに返信は来なかった。

 でもそれでいい。焦らなくていい。急ぐ必要なんてない。


 恋はゆっくり実る方がいい——

 そう思えるようになってきたから。


 鼻歌混じりでハンバーグのタネをこねていたら、イリアが冷ややかに言った。


「……完全に恋するやつの顔だ」


「黙れ」


 だけど、否定は弱かった。


――この日から、

冬木悠斗、三浦太陽、黒瀬晴の3人組は、クラスで“普通の友達グループ”として見られ始める。

静かに、確実に——孤独の殻が溶けていく始まりだった。

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