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ヤンキー君は凝り性  作者: 暁 龍弥


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7/20

「気づいてほしくない強さ」

 翌朝。

 校門をくぐった瞬間、空気が昨日と違うのに気づいた。


 視線。ざわめき。小さなひそひそ声。


「ねえ、昨日あの二人で帰ってたよね」

「神宮寺さんと冬木くん。マジで?」

「でも付き合ってるとかじゃないでしょ。あんな怖い人と……」


 やっぱり噂になっていた。


(……そうなるとは思ってたけどよ)


 悪口でも嫉妬でもない“興味本位”の視線が多いあたり、昨日よりはマシと言えるのかもしれない。


 教室に入ると——

 黒瀬と三浦がすでに席にいて、こっちに手を上げてきた。


「おはよ冬木!」

「ネットの噂スピード、ガチで怖いな……朝からあちこちで話題になってたぞ」


「俺の話題じゃなくて神宮寺の話題だろ」

「半分は冬木だよ」黒瀬が冷静に刺してくる。


 席に荷物を置いたところで、佐伯が小さく手を振ってきた。


「おはよう、冬木くん」


 それだけの挨拶なのに、心なしか周りの視線が増える。

 どうやら“冬木と話す=勇者”扱いになっているらしい。


(……やめろよそういう空気)


 神宮寺はまだ来ていない。

 昨日一緒に帰っただけで、同じ登校時間を合わせるのは違うだろうし、期待するのも変だ。


 そう思いながら、授業のプリントに目を落とす。


◇◇◇


 一時間目は体育だった。

 グラウンドにはクラス全員が男女別に整列し、準備体操の声が響く。


「今日は体力測定だー」

「握力・反復横跳び・50m走・上体起こし、その他諸々やるぞー」


 体育教師の声が響く。

 男子はざわつき、女子は笑っている。


「これで運動できるかどうかバレるんだよなぁ〜」

「冬木は絶対ヤベぇだろ」


 どこからか、そんな声が聞こえた。


(……正直、バレたくねぇんだけどな)


 体が強いと、また噂が増える。

 “暴れたら手がつけられない”みたいな誤解を生む。

 だから本当はなるべく普通を装いたい。


 けど——


「じゃあグラウンドを3周して軽く体温めろー!」


 三浦と黒瀬が並んで走り出し、他の男子もついていく。

 俺も続く。


 1周目、呼吸を整えながらペースを合わせる。

 2周目になる頃、三浦が息を荒くしながら横目で言った。


「冬木、ペース速いって!」

「別に合わせてる」

「いやいやいや、全然合わせてねぇから!!」


 黒瀬もメガネを押し上げながら肩で息をしている。


「……たぶんだけど冬木は疲れてない」

「うん!多分“全く”疲れてない!!」


 図星すぎて何も言えない。


 3周目が終わる頃、三浦は地面にへたり込んだ。


「はぁぁぁしんど……!」

「お前が全力でついてこうとするからだ」

「だって置いてかれるの嫌じゃん……!」


 黒瀬は汗を拭きながら言った。


「冬木、運動部入ってたの?」

「いや」

「……じゃあなんでそんなに体力あるんだよ」

「体が強いだけだ」


 嘘じゃない。昔から意味もなく強かった。

 鍛えているわけでもないのに、筋肉も体幹もすぐ育つ。

 だからこそ、中学では“殴ったら終わる存在”みたいに怖がられた。


(高校では、できるだけ目立たないようにしたいんだが)


 その願いは、50m走のタイムで砕け散った。


「1位! 冬木! 6.0秒!」


「…………」

「…………」


 空気が一瞬止まった。


 ほぼ陸上部並みのタイム。

 教師が驚いて二度見してる。


「……冬木って、運動もできるの?」

「頭もいいのに?」

「見た目怖いくせに……いや怖いからか?」


 どこからともなく“怪物”みたいな単語が飛びそうな空気。


(だーから嫌なんだよこういうの)


 でも仕方ない。

 走りながら本気で抑えてたのに、これ以上遅く走ったら足がもつれる。


 男子たちがざわつく中、黒瀬が息を整えながら笑った。


「……すごいな冬木」

「いや普通だ」

「普通に失礼だわ」


 三浦は肩で息をしながら叫んだ。


「いやでも誇れよそれは! すげーって!」


 男子たちの見方は、少しだけ柔らかくなった気がした。


 ただ、その瞬間——視線を感じる。


 女子の列から、じっと俺を見ている視線。


 神宮寺だった。


 彼女は拍手も驚きの声も出していない。

 ただまっすぐ俺を見ていた。


(……なんだよその目)


 “すごい”でも“怖い”でもなく——

 “知れたことが増えた”みたいな表情。


 昨日と同じだ。

 まるで俺という人間のパズルのピースを一枚ずつ集めているみたいな、そんな目。


 よく言われる視線じゃない。

 心臓が変な音を立てた。


◇◇◇


 授業が終わる頃、やっぱり噂は広がっていた。


「冬木やばくね」「運動神経も頭も良いってチートじゃん」「怖いけどすげぇ」


 もはや称賛なのか恐怖なのか判別できない。


(……こうなると面倒なんだよな)


 教室へ戻る途中の渡り廊下。

 不意に三人の男子が前に立った。


「なぁ冬木」

「ちょっといい?」


 空気がひりつく。

 黒瀬と三浦は少し遅れていた。


(やっぱり来たか)


 少し構えたが、相手は思ったのと違った。


「……50m走のフォーム、教えてくれねぇか?」

「俺なんかずっと10秒台なんだよ! 速く走れるなら教えてほしい!」


 思わず固まった。


 後ろから来た黒瀬と三浦も驚いている。


「お、お前ら……ケンカ売るんじゃなくて教わりたいってこと?」

「だってコーチより速いんだぞ……!」


 全員の視線が俺に集中する。


 断ってもいい。

 関わらなきゃ噂も増えないし、失敗もない。


 でも——


(………あーくそ)


 思い出す。

 “誰かのために力を使う”ときの安心感。

 昨日の神宮寺の言葉。


『自分のためより、誰かのために使ってる感じがした』


 あの言葉がまだ残っている。


「……いいぞ」


「ほんとか!!」


 男子たちの表情が一瞬で明るくなった。


「ただし、教えるからには手ぇ抜くな」

「もちろん!!」


 そこへ三浦が割って入ってきた。


「よっしゃ冬木監督降臨!! 記念すべき第一回コーチングだ!!」


「大げさすぎる」

「いやこういうのは大げさで丁度いいんだって!」


 黒瀬も小さく頷いた。


「冬木、ありがとう。……こういうところ、本当にすごいよ」


 褒めすぎだろ。

 でも、悪い気はしなかった。


◇◇◇


 そのやり取りを、遠くの階段の踊り場から見ている人がいた。


 神宮寺玲。


 誰にも気づかれない位置で、静かにその光景を見つめている。


(……変わり始めてる)


 クラスの中の冬木悠斗。

 怖がられるだけの存在じゃなくなりつつある。


 そう気づいて、ほんの少しだけ、胸の奥がじんわりと温かくなる。


「……よかった」


 誰にも聞こえない声で呟く。


 だけど次の瞬間、神宮寺の表情はほんの一瞬だけ曇った。


(嬉しい……のに。

 ……どうして、少しだけ、胸がざわつくんだろう)


 その感情が何なのか。

 この時の神宮寺は、まだ言葉にできなかった。


◇◇◇


「体育おつかれ!」


 教室の扉をくぐると、佐伯がにっこりと笑って声をかけてきた。


「すごかったよ! フォーム綺麗で……陸上部みたいだった!」


「そうか?」

「うん! かっこよかったよ!」


 褒め言葉に慣れてない俺は、素直に受け取れず視線を逸らす。


 その瞬間、教室の後ろの席から少女の声がした。


「かっこよかった、のは認めるけど——怪我だけはしないようにね」


 神宮寺。


 教室全体の空気が一瞬止まる。

 神宮寺が冬木に声をかける、というだけでこの空気。


「別に無茶してねぇよ」

「知ってます。でも……少し気になったので」


 その言葉は、あからさまな好意じゃない。

 でも“特別扱い”にしか聞こえなかった。


 再びざわつくクラス。


「神宮寺さんが冬木くんに話してる……」

「やっぱ仲いいの?」

「なんか漫画みたいになってきてない?」


 俺はため息をつきながら席へ戻る。


 正直、目立つのは嫌。

 でも——


 今日の夕焼けを思い出す。


(……別に、全部悪いわけじゃねぇけどな)


 誰にも言わない、心の中の独り言だった。


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