「ただいま」「おかえり」
「ただいまー」「おかえりー!」
家のドアを開けた瞬間、ほぼ同時に妹2人の声が重なった。
玄関の匂いと声の響きが、学校とはまったく違う世界へ俺を引き戻してくれる。
「お兄ちゃん帰ってきたー! 待ってた!」
「お腹すいた!」
上の妹・マリアは明るくて甘えん坊。
下の妹・イリアは小悪魔で冷静、ただし俺へのツッコミは容赦ない。
「わーわー言ってねぇでまず靴並べろ」
そう言うと、マリアが慌ててスリッパに突っ込み、イリアがため息を吐きながら靴を揃えた。
このテンポ感が懐かしい。朝の喧騒と学校の視線が全部遠のいていく。
「今日ハンバーグなんだろ?」
「煮込みハンバーグでしょ?」
妹2人が揃ってエプロンまで用意してるあたり、期待値が高いのが分かる。
「……仕方ねぇな。作るか」
「やったー!」「勝利!」
キッチンへ移動し、手を洗って髪を束ねる。
鏡に映る銀髪の自分。学校では理由もなく怖がられる色なのに、家では安心の象徴になっている。それが不思議だった。
「じゃあ、玉ねぎのみじん切りやって」
「……え、泣くやつ?」とマリア。
「泣かないようにやるんだよ」とイリア。
「2人とも切り方違うぞ。マリアは大きいし、イリアは細かすぎ。合体させたらちょうどいいな」
「えー?」「むむむ?」
賑やかさに、思わず頬がゆるむ。
(学校より、家の方が俺は自然だな……)
そう思った瞬間、神宮寺の顔がふっと頭に浮かぶ。
〈また話したいです〉
あのメッセージの余韻はまだ胸の底に残っていた。
「……お兄ちゃん、にやけてる」
イリアの声が刺さる。
「にやけてねぇ」
「今、にやけてた。証拠動画撮ればよかった」
「監視すんな」
「マリアー! お兄ちゃんが恋してる顔してるー!」
「えっ!?えっ!?なんで私にふるの!?」
2人の声が跳ねるように明るくなる。
「違う。誰の顔も浮かんでねぇし、何もねぇ」
否定したつもりだった。
だが、口調が速かった時点でアウトらしい。
「図星だ」
「図星ですね」
妹2人の声はシンクロしていた。
(……この家で嘘つくの無理だな)
ハンバーグのタネをこねながら、視線を避ける俺にイリアが近づいてくる。
性格的に一番鋭い方だ。
「ふぅん……“恋じゃないけど気になる”って顔だね」
「お前、なんで分かんだよ」
「だってお兄ちゃん、そういう時だけ顔が優しくなるもん」
言い返せなかった。
イリアは言葉を重ねる。
「別にいいじゃん。お兄ちゃんだって高校生だよ? 恋してもいいじゃん」
その声はからかいじゃなく、本気の優しさだった。
「……急に真面目にくるな」
「こういうときだけだよ。レアサービス」
マリアも割り込んでくる。
「もし彼女できたら……紹介してね。ちゃんと……紹介してね」
その言い方にはほんの少し“寂しさ”が混ざっていて、俺はすぐ気付いた。
(こいつらも……俺を取られたくない気持ちがあるんだな)
包丁の音が静かに響く。
ハンバーグが焼ける音、油のはぜる音、ソースの香り。
家の空気が、安心の色に染まっていく。
「できたぞ」
「いただきます!!」「いただきまーす!」
二人は勢いよくハンバーグを切って、目を輝かせた。
「やば、店レベル」「お兄ちゃん、天才だった?」
「前から言ってんだろ。お兄ちゃんは天才なんだってば」
マリアは本気でそう言う。
家族以外は滅多にそう思ってくれなかった言葉。
「学校はどうだった?」
イリアがさりげなく聞く。
「……まぁ、悪くはなかった」
「ほら。やっぱりいいことあったんじゃん」
「友達できた?」
一瞬言葉につまった。
迷って、でも嘘は嫌で、
「たぶん……できた」
と言った。
妹2人の顔がぱっと明るくなる。
「やった!!」
「お兄ちゃんにも友達できた!」
(……なんでそんなに喜ぶんだよ)
胸の中がじんわり熱くなる。
「で、その友達……女?男?」
イリアの目が光る。
「男。2人。三浦と黒瀬」
マリアが手を叩いた。
「よかったー! 高校でぼっちだったらどうしようって思ってた!」
「ぼっちこわいもんね。文化祭とか体育祭とか地獄だもん」
「お前ら何の心配してたんだよ」
「お兄ちゃん幸せじゃないと私たちも幸せじゃないの!」
「間接的に依存発言すな」
3人で笑った。
食後、皿洗いをしながら、また神宮寺の顔が浮かぶ。
ふと、ポケットの中のスマホが気になった。
(……連絡、くるのかな)
そんな期待を胸の奥に押し込もうとした時、
——スマホが震えた。
『今日の夕焼け、すごく綺麗でしたね。
明日、よかったら……一緒に帰りませんか』
差出人:神宮寺 玲
息が止まった。
妹たちがソファから身を乗り出してくる。
「誰から?」「誰から?誰から?」
(……隠せるわけねぇよな)
画面を見せると、妹2人の顔が凍りつき、
「…………」
「…………」
そして1秒後、
「来たーーーーー!!!!!」
「これは完全に女の流れーーー!!!!」
家が揺れるほどの大歓声。
「落ち着け!うるせぇ!!」
「返信しろ返信しろ返信しろ!!」
「即レスは重い!でも遅すぎるのもダメ!今が絶妙!!」
俺より女子力高いのやめてくれ。
深呼吸して、ゆっくり文字を打つ。
『いいぞ。明日一緒に帰るか』
送信。
数秒で返ってきた。
『嬉しいです。楽しみにしてます』
ほんの短い文なのに、胸に残る。
「ふふん、お兄ちゃん完全に恋してる顔」
イリアの声。
「まだ恋じゃねぇ」
「“まだ”って言う時点で90%恋じゃん」
返す言葉がなかった。
ただひとつ分かる。
妹たちがいる家は安心できる場所。
そして——
学校には、俺を変える誰かがいる。
その事実が、静かに俺の心を満たしていった。
新しい作品も書いてるのでぜひ見てください!!
愛を求めてどこまでも〜男はどこまでも行く。あの言葉を胸に
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