「距離のはじまり」
夕方の空は、朱色と紺色が混ざり合う手前の、美しい色をしていた。
校門を出る頃、風はほんの少し肌寒く、制服の袖を揺らしていた。
今日の出来事を反芻しながら歩く足取りは、どこか落ち着かなくて、だけど悪くはない。
「……神宮寺、か」
名前を口にした途端、視界の端で何かが弾けたような感覚になる。
胸がざわつく。いや、落ち着け。まだ2回しかまともに話してない。
好きとか、恋とか、そんな軽い言葉で片づけるほど安っぽい感情じゃない。
ただ——
「気になる。やけに」
そんな自覚だけが残る。
スマホが震いた。妹からかと思ったが違った。
《差出人:神宮寺玲》
心臓が一瞬で跳ねる。
(……マジで連絡きた)
メッセージは短い。
『さっきの話、ありがとうございました。
それと、もし嫌じゃなければ……また話したいです』
ただそれだけ。その一文に、妙な温度があった。
「……こっちだってだよ」
呟きながら返信を打とうとしたその時だった。
——不意に、後ろから声がした。
「冬木っ!」
振り返ると、クラスの男子2人が走ってきていた。
一人は明るい茶髪のスポーツ系、もう一人は黒髪の眼鏡、いかにも頭良さそうなタイプ。
「よかった、名前覚えてた! 冬木だよな!」
「……間違ってはない」
「だよな! あのさ、昼の自己紹介で“料理得意”って言ってたじゃん?」
「ん」
「俺らさ、自炊できなくてさ……寮生活なんだけど、もう既に詰んでて……」
眼鏡の方が深刻そうに言う。
「インスタントに頼るのも限界で……冬木の、なんというか……料理力に救われたいというか……」
「助けてくださいお願いしますウマいもの食いたい!!」
突然90度に曲がって頭を下げてきた。
通行人がこっちを見て驚き、避けていく。
「……頭あげろ。怪しいことしてるみたいだろ」
言いながら、俺は笑ってしまった。
面白い。相手にされなかった中学時代にはなかった感覚。
「別にいいけどよ。金とか手伝いとかはいらん」
「マジ!? 神……いや、死神じゃなくて神!!」
「だから死神言うな」
「ごめん!!癖で!!」
二人は慌てふためきながらも笑っていた。
「名前聞いてなかったな」
「あ、俺は三浦! 三浦太陽! 太陽のヨウ!」
「俺は黒瀬。黒瀬晴。数学得意。冬木の勉強会、マジ期待してる」
(出た、神宮寺情報……早速流れてるんだな)
「別に確約はしてねぇぞ」
「でもやるだろ!? 見た目こえーけど中身いいやつだもん!」
「言い方は選べ」
この2人——
三浦はバカ正直で明るい。
黒瀬は頭良いくせにちょっと抜けてる。
だけど今の俺に必要なのは、こういうやつらかもしれない。
「じゃあ週末、寮の食堂借りろ。俺行く」
「マジか!!うおおおお!!!!」
「うるせぇ目立つ!」
三浦の声に通行人の視線が刺さる。
俺はフードも帽子も持ってない。隠れられる風貌じゃない。
「……ありがとな」
黒瀬が静かに言った。
「お前みたいなやつがクラスにいたら、なんか楽しくなる気がする」
「……期待しすぎるなよ」
「うん。でも、頼るから」
素直すぎる言葉だった。
三浦と黒瀬は、信号の向こうへ走っていった。
その背中がなんだか眩しい。
(……友達、か)
ゆっくり、ちゃんと、関係が変わり始めている。
スマホを見る。
『また話したいです』
神宮寺からのメッセージは、まだそこに残っていた。
俺は深呼吸して返信を打つ。
『また話そう。今度はお前の番だ』
送信ボタンを押してすぐに返信がきた。
『うん。楽しみにしてます』
短い。なのに、胸に残る。
(……俺、面倒な人生を選んだかもしれねぇな)
でも悪くない。
風がまた制服を揺らす。
今日からの高校生活は、静かなものにはならない。
だけど、きっと悪くない未来になる。
胸にその予感だけ抱きながら、俺は家へと歩き出した。
新しい作品も書いてるのでぜひ見てください!!
愛を求めてどこまでも〜男はどこまでも行く。あの言葉を胸に
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