「気になる理由」
「あなたのこと、少し教えてください」
それが、神宮寺玲が最初に俺へ向けて放った言葉だった。
好きとか嫌いとか、興味本位とか、上から目線でもなく、ただまっすぐに俺という人間そのものを知ろうとする声。
そんなの——高校生活で最初に聞くには刺激が強すぎるだろ。
「……なんでだ?俺なんかに」
そう返すと、神宮寺は少しだけ首を横に振った。
「“なんか”って言いましたね。それ、自己否定じゃなくて、周りの評価の受け売りです」
「……は?」
「銀髪の死神って呼ばれてるから? 見た目が怖いって言われるから? 噂になるから? ——そんなの、“あなた自身の価値”じゃない」
ズバッと言い切る神宮寺。その声音は柔らかいのに、深く突き刺さる。
(……コイツ、言葉の選び方が上手すぎるだろ)
自覚がある。俺は、周りの評価なんか気にしてないような顔をしてきたけど、実は誰より気にしてた。昔から、勝手に怖がられて、汚名のようなあだ名をつけられて、でも何もできなくて。
だからこそ、神宮寺の言葉は、聞き慣れない温度を持っていた。
「それに——」
と、神宮寺は少し視線をそらして、小さく息を吸った。
「……銀髪、綺麗だと思いました。実際に近くで見ると、もっと」
——鼓動が跳ねた。
思わず息が止まった。
「な、に言って——」
「見たままを言っただけです。嫌でした?」
「いや……別に嫌じゃねぇけど……」
むしろ、初めて言われた。
銀髪が“綺麗だ”なんて。
生まれて24時間以内に「かっこいい」と「かわいい」と言われるのは妹たちの担当で、俺は“怖い”だの“厳つい”だのしか聞いてこなかった。
「だから知りたいんです。あなたがどういう人なのか」
神宮寺は机に軽く手を添えながら俺を見る。その瞳には一切の濁りがない。
「嫌なら無理にとは言いません。でも、興味を持ったんです。誰かの噂じゃなくて、“本物の冬木悠斗”に」
(……この人、本当にすごいな)
俺自身よりも、俺という存在を“尊重して扱う”その態度。
今までの人生で、そんな風に向き合ってくれたのは妹たちくらいだ。
なら、逃げる理由はどこにもない。
「……じゃあ質問に答えればいいのか?」
「はい。ひとつずつでいいので」
「その前に条件がある」
「条件?」
一瞬、警戒の色がわずかに彼女の瞳に宿った。その表情の変化すら、どこか魅力があった。
「俺のこと聞くなら、お前のことも話せ」
「……っ」
今度は逆に神宮寺が言葉を詰まらせた。
交渉というよりフェアを求めただけのつもりだったけど、彼女には意外だったらしい。
「……なるほど。そう来ますか」
神宮寺は口元に微かな笑みを浮かべた。
「いいですよ。じゃあ取引成立です」
◇ ◆ ◇
教室には、もうほとんど人が残っていなかった。
放課後の日差しが、斜めに差し込んで机の影を伸ばしている。大声を出せるほどの距離じゃないけれど、誰かに聞かれる心配もない、それくらいの静けさ。
「じゃあ、質問して。このままだと私ばかり話してしまいそうだし」
「じゃあひとつ目」
「はい」
「お前……なんで俺のこと、気になった?」
意外とストレートな質問になった。だが、そこを聞かなければ何も始まらない。
神宮寺は腕を組まない。頬杖もつかない。ただ姿勢よく椅子に腰掛けたまま、静かに思考しているようだった。
「……最初はね、興味でした。壇上に立つ前、体育館に入ったときから視線を感じて」
「……いや、見てはいたけど、凝視してたつもりは————」
「違います。私が見たのはあと」
「?」
「挨拶したとき、たくさんの人が私の言葉を“聞いてない”って顔をしてた。でも、ひとりだけ——真剣に聞いてる人がいた」
神宮寺の指先が、すっと俺を指す。
「だから気になりました。“見た目で人を判断してる人”じゃないんだって」
——俺は不覚にも言葉を失った。
壇上の挨拶を、ちゃんと聞いてただけ。それだけだ。
ただそれだけのことで、彼女は俺という存在を“ノイズの外側”で判断していた。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
(そんな風に扱われたことが……ほとんど無かったから)
「それにね」
神宮寺は、ふっと視線を逸らし、少しだけ声を落とした。
「あなたが、誰かを守るためなら迷わず動く人間だって、知ってしまったから」
「……熊の件か」
「うん。動画、見ました」
「映ってたのか俺」
「顔はモザイクでした。でも……あなたみたいな銀髪は、他にいないもの」
その言い方は、なぜだか少し嬉しそうだった。
「私はね、怖い人は苦手です。でも、“優しい人”は逃しません」
静かな声なのに、心臓に直撃するような言葉。
「だから、『銀髪の死神』なんてどうでもいい。私が知りたいのは、“本物のあなた”だけです」
「…………」
もしかしたら、これは危険なタイミングだったのかもしれない。
こんなふうに踏み込まれたら、普通の高校生活なんかできなくなる。
(でも……悪くない)
誰かに必要とされる感覚は、こんなにもあたたかいのか。
「じゃあ、次は俺の番か」
「ええ。どうぞ」
「……お前は、なんでそんな必死に強くあろうとする?」
俺が口にしてしまったのは、それだった。
彼女は驚いたように瞬きをし——すぐに、目を伏せた。
「……そう見える?」
「見える」
「そう。たぶん、それが“私の弱さ”」
「弱さ?」
「生徒会長の妹だから。優秀で当然だと思われてるから。何をしても“神宮寺はできて当たり前”って言われ続けるから」
言葉が淡々としているのに、痛いほど本音だった。
「期待されないのはつらい。でも、期待されすぎるのも苦しいものですよ」
「…………」
「だから、私は強く見せるしかない。“完璧だ”と思わせるしかない」
気付いた。
この強い女は——本当は誰よりも不器用で、誰よりも努力してきた。
「……バカじゃねぇの」
「は?」
「人間完璧じゃねぇよ。そもそも完璧じゃないから生きてんだ」
「……っ」
「お前を完璧だなんて思ってるのは、お前の周りの勝手な幻想だろ。それに合わせてたら壊れるだけだ」
神宮寺の指先が少し震えた。
「そんな、言われなくても分かってる。でも——」
「分かってるくせに止めないからバカだって言ってんだよ」
「……っ、言い方!」
「事実だ」
言葉はきつかったかもしれない。でも、そこだけは嘘をつきたくなかった。
数秒の沈黙。
そして——
「……冬木くんって、優しいね」
「は?」
「そういう言葉を、真顔で言えるのは優しい人だけ」
笑うわけでもなく、泣くでもなく、それでもその声は確かに“救われた人間の声”だった。
俺の胸の奥がじんわりと熱く広がっていく。
「——ねえ」
神宮寺はすっと立ち上がる。
心の奥に何かをしまい込んだあとみたいに、表情は静かで、でもさっきよりずっと柔らかかった。
「今日の話はここまで。続きはまた今度でいい?」
「別にいいけどよ」
「よかった。じゃあ……次は私から連絡します」
「……は?」
「聞きたいこと、まだたくさんあるから」
そう言って神宮寺は小さく手を振り、教室を出ていった。
残された俺はしばらく動けなかった。
心臓がうるさい。息が浅い。頭も回らない。
(落ち着け……俺は、どうした)
こんな気持ち、中学でも小学校でも無かった。
彼女に惹かれてる。間違いなく。
恋、なんて言葉はまだ早いかもしれない。
でも、それを否定できるほど鈍くもない。
(……やべぇな)
こうなったら静かに高校生活なんて無理だろ。
そのとき、またスマホが震いた。
『お兄ちゃん! 今日の夜ご飯ハンバーグがいい! – マリア』
『私は煮込みハンバーグがいい! – イリア』
「……やれやれ」
椅子に深く腰を下ろして、天井を仰ぐ。
(妹と、学校と、神宮寺か……忙しくなるな)
だけど、不思議と嫌じゃなかった。
人生が、ようやく自分の意思で“動き出した”気がしたから。
——この日を境に、俺と神宮寺玲、そしてクラスの関係は大きく変わっていく。
新しい作品も書いてるのでぜひ見てください!!
愛を求めてどこまでも〜男はどこまでも行く。あの言葉を胸に
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