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ヤンキー君は凝り性  作者: 暁 龍弥


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20/20

「日常に戻っても」

 月曜日の朝。

 体育祭が終わった翌日の学校は、どこか空気が軽かった。


 疲労は残っている。

 足は少し重いし、声も枯れ気味だ。

 それでも——校門をくぐると、自然と背筋が伸びる。


(……戻ってきた、けど)


 何かが、確実に違う。


◇◇◇


「おはよー、優勝責任者!」


 教室に入った瞬間、三浦の声が飛んできた。


「その呼び方やめろ」

「いやもう定着だろ!」


 周囲から小さな笑い声が上がる。

 それはからかいでも嘲笑でもない、単なる軽口だ。


 黒瀬が眼鏡を押し上げながら言う。


「筋肉痛、来てる?」

「まあな」

「じゃあ、ちゃんと人間だな」

「どういう意味だ」


 そのやり取りを聞いて、さらに笑いが広がる。


(……ああ)


 前は、俺の席の周りで笑いが起きることなんてなかった。

 少なくとも、俺がその輪の中にいることはなかった。


◇◇◇


 前の席の影森が、振り返る。


「……おはよう、冬木くん」


 声は小さい。

 でも、逃げていない。


「おはよう」


 それだけで、影森は少しだけ嬉しそうに頷いた。


 その様子を、隣の神宮寺が横目で見ている。

 昨日より、ほんの少しだけ柔らかい表情。


(……気にしなくなった、わけじゃねぇな)


 でも、張り詰めてもいない。


 “距離を保ちながら、ちゃんと見る”

 そんな視線だった。


◇◇◇


 一時間目が始まる前。


 教室の後ろで、数人の女子が話している。


「冬木くん、昨日すごかったよね」

「走ってるとき、めっちゃ真剣だった」

「怖いっていうより……頼もしい感じ?」


 俺は聞こえないふりをして席に座る。

 慣れない。

 でも、嫌じゃない。


 神宮寺が、ノートを準備しながら小声で言った。


「……見方、変わりましたね」

「だな」


「でも」

 彼女は一瞬だけ間を置く。

「無理に変わらなくていいと思います」


「……どういう意味だ」


「今のままで、十分だって意味です」


 言い切る声。


 胸の奥で、何かが静かに落ち着いた。


◇◇◇


 昼休み。


 自然と机がくっつき、輪ができる。

 体育祭前よりも、少しだけ大きな輪。


「なぁなぁ、リレーのときさ——」

「三浦、あそこで転びそうになってたよね?」

「うるせぇ! 踏ん張ったんだよ!!」


 笑い声。

 思い出話。


 影森も、輪の中にいる。

 まだ多くは話さないが、黙って聞くだけじゃない。


「……あのときの応援、すごかった」

 ぽつりと、でもはっきり言う。


「声、ちゃんと届いてた」

 三浦が笑う。


「だろ!? 俺の声量は全国レベルだからな!」

「自分の功績にするな」


 影森が、少しだけ笑った。

 それを見て、佐伯が安心したように頷く。


◇◇◇


 午後の授業。

 眠気と戦いながらも、教室の集中力は高い。


 体育祭が“区切り”になったのかもしれない。


 ひとつの山を越えたことで、

 クラスが「次」に目を向け始めている。


(……この空気、長く続くといいんだが)


 そう簡単じゃないことも、分かっている。


 人間関係は、油断するとすぐに崩れる。

 だからこそ——


◇◇◇


 放課後。

 俺が黒板を消していると、担任が声をかけてきた。


「冬木」

「はい」


「体育祭、よくやったな」

「……ありがとうございます」


「それでだが」

 少し間を置く。

「来月の文化祭、クラス委員を決めるんだが——」


(……来たな)


「お前、やってみないか」


 教室の空気が、また一瞬止まる。


「いや、さすがに——」


「無理なら断っていい」

 担任は即座に言った。

「ただ、“向いてる”とは思ってる」


 三浦が横で囁く。


「二大イベント制覇、いけるぞ冬木」

「黙れ」


 黒瀬は、静かに言った。


「……冬木がやるなら、手伝う」


 影森も、勇気を出すように口を開いた。


「……私も……できること、やる」


 神宮寺は、何も言わなかった。

 ただ——こちらを見て、ゆっくり頷いた。


(……参ったな)


 断る理由は、もうなかった。


「……分かりました。

 やります」


 その瞬間、

 クラスの中で、何かが“前を向いた”。


◇◇◇


 帰り道。


「文化祭か……」

 三浦が伸びをする。


「忙しくなるな」

 黒瀬が言う。


「……でも」

 影森が、小さく続けた。

「また、みんなで何か作れるんですね」


 神宮寺が、横を歩きながら言った。


「“一度できた”という経験は、強いです」

「だな」


 俺は空を見上げる。

 体育祭の余韻が、まだ残っている。


(……日常に戻っても)


 確かに、何かは変わった。


 視線。

 距離。

 言葉の温度。


 そして——

 神宮寺の隣にいることが、

 “特別じゃなくなりつつある”こと。


 それは、近づいた証拠でもあった。


◇◇◇


 家に帰ると、妹たちが聞いてきた。


「学校どうだった?」

「体育祭終わって、静かになった?」


「……いや」

 俺は少し考えてから言った。

「次に進んだ」


 二人は顔を見合わせて笑う。


「それ、いいね」

「うん」


◇◇◇


 夜。


 神宮寺から、短いメッセージが届いた。


『今日は、少し疲れましたね。

でも……前より、楽しいです』


 返事を打つ。


『同感だ』


 それだけで、十分だった。


 日常は戻ってきた。

 でも、元には戻らない。


 友情も、信頼も、

 そして——まだ名を持たない想いも。


 静かに、確かに、続いていく。


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