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ヤンキー君は凝り性  作者: 暁 龍弥


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2/20

興味

妹達よ兄はもう心が折れそうです……


 心の中でそう呟きながら、俺は校門をくぐった。


 そこそこ名の知れた進学校のはずなんだが、俺が一歩足を踏み入れるたびに、周りの視線が一斉に集まるのがわかる。銀髪に、目付きの悪い吊り目、着崩してないのにそう見えてしまう体格。これで「真面目です」って言い張る方が無理かもしれない。


(くそ……ネクタイだってちゃんと締めてるし、シャツもズボンにインしてるし、髪だってワックスなんてつけてないのに……)


 ちら、と視線だけで周囲を見回すと、ビクッと肩を震わせて目を逸らす一年生男子。


「……睨んでないんだけどな」


 小声で呟いても、誰にも届かない。


 まあ、慣れてる。小学校からずっとこんな感じだ。中学も、最初の三ヶ月はクラスメイトとまともに口をきいた記憶がない。


(高校からは……って期待した俺がバカだったか)


 それでも、ここを選んだのには理由がある。この学校は進学実績がいいのもそうだが、寮が近くにあって、妹たちの家からも通いやすい。何より——。


(もし万が一、万が一だけど。妹たちに何かあったら、俺がすぐ駆けつけられる距離じゃないと不安だしな)


 そう、俺は筋金入りのシスコンだ。マリアとイリア、この二人のこととなると、理性より先に身体が動いてしまう。


 熊に突っ込んだときもそうだ。あのとき真っ先に頭に浮かんだのは「もし、あそこで悲鳴を上げてるのが妹達だったら」という最悪の想像。それだけで、気付いたら脚が勝手に地面を蹴っていた。


(まあ、その結果、救急車で運ばれたけどな)


 脇腹のあたりを軽く押してみる。まだ完治とは言えないが、医者からは「日常生活には支障ない」とお墨付きをもらっている。


「……さてと」


 体育館で入学式が行われると案内に書いてあった。群れて歩く新入生の列に少し距離をとりながら、俺もその後をついていく。


 途中、携帯が震えた。画面を見ると、マリアからのメッセージだ。


『入学式がんばれ!変なことして停学になっちゃダメだからね? – マリア』


「誰がするか」


 思わず口元がゆるむ。


 続いて、イリアからも一言。


『お兄ちゃんは普通にしてるだけで怖いから、なるべく笑顔を心掛けてね』


「……無茶言うな」


 笑顔なんて、意識しなくても自然に出るものじゃないのか。と、昔イリアに言ったら「だから出てないんだよ」と真顔で返されたのを思い出す。


 ポケットにスマホをしまい、体育館の入口へと足を踏み入れた。


 すでにほとんどの新入生が席についていて、がやがやとしたざわめきが空気を満たしている。その中を、係らしい先輩が指示を飛ばしていた。


「あー、新入生の人たちは配られた番号の席に座ってくださーい! 男子は右側のブロック、女子は左側のブロックでーす!」


 プリントを確認すると、俺の番号は「B-14」。男子ブロックのほぼ中央辺りだ。


 通路を進む俺を、周りの視線がまた刺すように追いかけてくる。


「ねえ、さっきの人……」


「やば、めっちゃ怖いんだけど」


「なんかで見たことある……ニュースかな……」


 ひそひそ、と小さな声が耳に入る。ニュース、という単語に、胸の奥がちくりと痛んだ。


(ああ……あの熊騒動か)


 倒れた俺の姿を、誰かがスマホで撮っていたらしい。「銀髪の青年、素手で熊と格闘」とかいう大げさな見出しでネットニュースになっていた、とイリアが教えてくれた。


 もちろん顔にはモザイクがかかっていたが、髪色と体格、そして「銀髪の死神」という元々の噂が勝手に結びついて、俺の名前だけが一人歩きしているらしい。


(まったく、誰が死神だよ)


 そんなことを考えていると、自分の席に辿り着いた。


「……っと」


 椅子を引こうとした瞬間、隣の席の男子がビクッと肩を跳ねさせる。


「あ、ご、ごめん! 別に、なんもしてないから!」


「いや、俺が謝ることじゃないと思うんだが……」


 そう返したつもりだったが、たぶん声が低かったせいで、余計に怯えさせただけかもしれない。男子はそれきり黙り込んでしまった。


(……高校生活。不穏なスタートだな)


 やがて、ざわめきが少しずつ収まり、壇上に校長らしき人物が上がってきた。開会の言葉、来賓挨拶、校歌斉唱——正直、話の内容はほとんど頭に入ってこない。


「——それでは、新入生代表挨拶。新入生代表、一年A組、神宮寺じんぐうじ れいさん」


 その名前を聞いた瞬間、体育館がわずかにざわついた。「神宮寺だって」「生徒会長の妹でしょ」「やっぱり入ってきたんだ」といった囁きが、あちこちから聞こえてくる。


(神宮寺……?)


 視線を壇上に向けると、ゆっくりと階段を上がっていく一人の女子生徒の姿が目に入った。


 漆黒の髪を肩のあたりで切り揃えたボブカット。整った顔立ちに、きりりとした眉。真新しい制服をきっちり着こなしているのに、どこか柔らかさもある雰囲気。歩き方一つとっても、品というか、軸の通った感じがする。


 マイクの前に立った彼女は、一度だけこちら側——新入生の列を見渡し、すぐに視線を前に戻した。


 そして、よく通る声で話し始める。


「新入生代表、神宮寺玲です」


 簡潔で、無駄のない挨拶だった。高校生活への不安と期待、この学校を選んだ理由、三年間で成し遂げたいこと——よくある内容のはずなのに、彼女の言葉は妙にすっきりと耳に入ってくる。


(……うまい話し方するな)


 そう感心していると、不意に彼女の視線がこちらに流れてきた。


 ほんの一瞬。だが、俺と目が合った……ような気がした。


 心臓が、ドクンと大きく脈打つ。


(いや、気のせいか)


 ここには新入生が何百人もいる。わざわざ、銀髪の死神なんて噂のある奴に目を向ける理由なんかない。


 そう思い直したところで、挨拶はきれいに締めくくられた。体育館内に拍手が広がる。


 式典の後半も、特に問題なく進んだ。


 ——問題が起きたのは、入学式が終わり、各クラスごとに教室へ移動したあとだった。


◇◇◇


「えー、それじゃあ簡単に自己紹介してもらおうかな。出席番号順に、名前と中学、それから趣味でも何でもいいから一言」


 ホームルームの担任は、三十代半ばくらいの男性教師だった。笑うと目尻に皺がよるタイプで、初対面からしてあまり警戒心を抱かせない顔つきだ。


「じゃあ、一番から」


 クラスメイトたちが順番に立ち上がっていく。


「一番、青柳拓海です。えっと、バスケ部に入りたいです。よろしくお願いします」


「二番、浅野美咲です。中学では吹奏楽部でした。よろしくお願いします」


 少し緊張した声、堂々とした声、早口な声。人の数だけ自己紹介があって、聞いているだけでなんとなくその人の雰囲気が伝わってくる。


(しかし、出席番号順ってことは……)


 俺の苗字は「冬木ふゆき」だ。ふ行だから、そこそこ後ろの方だろう。ぼんやりと聞き流しながらも、視線は自然と教室の前の方にいる人物を追っていた。


 窓際の一番前の席。入学式で代表挨拶をしていた神宮寺玲が、背筋を伸ばして座っている。


(同じクラス、か)


 それだけのことなのに、胸の奥がざわつく。さっき、壇上で見たときの印象よりも、教室の中にいる彼女は少しだけ柔らかく見えた。


 やがて、担任がその名前を呼ぶ。


「十六番、神宮寺」


 すっと立ち上がった神宮寺は、教卓の方を向くでもなく、クラス全体を見渡すでもなく、前をまっすぐ見つめたまま口を開いた。


「神宮寺玲です。中学まではこの学校の附属に通っていました。生徒会の仕事を手伝う予定なので、何かあれば気軽に相談してください」


 それだけ。短く、要点だけを伝えて、席に座る。


 クラスのあちこちから「やっぱ落ち着いてるよね」「生徒会長の妹だし」「すご」といった囁きが聞こえた。


(生徒会長の、妹……)


 その肩書きが、彼女の言葉に妙な説得力を与えているように感じる。けれど、俺の中ではさっきの代表挨拶の印象の方が強かった。


 言葉を選び、短くまとめる力。人前に立っても物怖じしない落ち着き。


(……才能、か)


 そういう意味では、俺も人から「天才」と呼ばれることがある。勉強は、正直そこまで苦痛じゃない。問題を解くたびに、自分の中で「世界のルール」が増えていくような感覚があって、それが少し楽しい。


 でも、だからといって、人前で堂々と話せるわけじゃない。むしろ逆だ。注目を浴びると、勝手に噂が一人歩きする。それが怖くて、なるべく目立たないように生きてきた。


(……ま、俺の場合は見た目のせいが一番でかいけどな)


 そう自嘲していると、ついに俺の番が回ってきた。


「二十九番、冬木——」


 担任が苗字を言いかけたところで、一瞬だけ言葉を詰まらせた。視線が、名簿と俺の顔を何度か行き来する。


冬木ふゆき 悠斗ゆうと……だな?」


「はい」


 立ち上がると、教室の空気がわずかに張りつめた。椅子のきしむ音すら聞こえない静けさ。数十人分の視線が、一気に俺に集中する。


(あー、この感じ。懐かしいな)


 妙に冷静な自分と、心臓だけがやたらとうるさく鳴っている自分が同居している。


「冬木悠斗です。えっと……中学は、市立の第三中学校でした。趣味は——」


 一瞬、迷う。


 ここで「筋トレです」とか言ったら、ますますヤンキーだのチンピラだの言われる未来が見えた。


「——料理です」


 我ながら、意外な言葉が口から出た。


「妹たちに食べさせるのが好きで、よく弁当とか作ってます。……よろしくお願いします」


 言い終えて、軽く頭を下げる。


 沈黙。


 数秒遅れてから、どこか遠慮がちな拍手がぱらぱらと起こった。


「……料理?」


「妹たちって言った? シスコン?」


「え、でも見た目こわ……」


 ひそひそ声が、さっきとは違った意味合いを帯びて耳に届く。


(あー……やっちまったか?)


 妙に正直に言いすぎたかもしれない。もっと当たり障りない趣味を言えばよかった。


 でも、嘘をついてまで自分を取り繕うのは、なんか性に合わない。


 ふと、前の方に座っている神宮寺の方を見てしまう。彼女は、拍手をしている手を止めないまま、ほんの少しだけ目を丸くして俺を見ていた。


 目が合う。


 今度は、はっきりわかった。


 さっき壇上で感じたのは気のせいじゃない。彼女は確かに、俺を「見て」いた。


 その瞳に宿るのは、恐怖でも嫌悪でもなく——。


(……興味?)


 混乱しかけた思考を、担任の声が引き戻した。


「はい、ありがとう。えー、冬木は全国模試で一位とったことあるって聞いてるけど、そんなに緊張してない感じだな。頼もしい限りだ」


「……え?」


 思わず間抜けな声が漏れた。


 教室の空気が、一瞬で変わる。


「全国模試?」


「一位?」


「え、マジで?」


 さっきまで「怖い」「ヤンキー」とひそひそ囁いていた連中が、今度は「頭いい」「やば」「天才じゃん」とざわめき始める。


 しまった。そこまで言うつもりはなかったのに。


「先生、それ言う必要ありました?」


「ん? ああ、ごめんごめん。つい自慢したくなっちゃってな。うちのクラスから全国トップが出たなんて、嬉しいじゃないか」


 悪びれもせず笑う担任。いや、まあ気持ちはわからなくもないが……。


(これでまた、変な期待か偏見か、どっちかが積み上がるわけだ)


 全国一位の銀髪の死神、か。ろくな肩書きじゃない。


 苦笑しながら席に戻ろうとしたとき、前の席から小さな声が聞こえた。


「あ、あの……」


 顔を向けると、ショートカットの女子が、ノートを胸に抱えたままおどおどとこちらを見上げていた。


「なにか?」


「い、いえ、その……料理、得意なんですか?」


「ん? まあ、人に食わせても恥ずかしくないくらいには」


「す、すごい……。あの、もしよかったら、いつかレシピとか教えてもらえたり……」


「おいおい、佐伯。いきなりハードル高いこと言うなって」


 隣の席の男子が慌ててその子——佐伯と呼ばれた女子の肩を小突く。


「だ、だって気になったんだもん!」


(……なんだ、この空気)


 予想外の展開に戸惑っていると、前列のもう一人の女子が振り返った。


 その瞳は、さっき壇上で見たときと変わらない落ち着きを湛えている。神宮寺玲だ。


「冬木くん」


「……はい?」


「さっき、全国模試一位って言ってましたけど」


「言ったのは先生だが」


「じゃあ、勉強も料理もできるってことですよね」


 さらりと、とんでもない詰め方をしてくるな、この人。


 教室の視線が、ふたたび集中するのを感じる。


「まあ……最低限は」


「だったら」


 神宮寺は、ほんの少しだけ口元をゆるめた。


「クラスのために、その才能を活かしてもらえると助かります。テスト前に、勉強会とか開いてもらえませんか?」


 言葉だけ聞けば、お願いの形だ。けれど、その声音にはどこか「頼る」というより「任せた」という響きがある。


(……こういうところが、生徒会長の妹って感じなのかね)


 責任を押し付けるんじゃなくて、信頼と期待をセットで渡してくるような言い方。


 不思議と、嫌な感じはしなかった。


「考えておく」


 短く答えると、神宮寺は満足したように頷いた。


「楽しみにしてます」


 その笑顔を見た瞬間——。


 胸の奥で、何かが小さく弾けた気がした。


(……あー、やばい。これは、ちょっと)


 まだ「好き」とか、そういう言葉を使うには早すぎる。でも、


(久しぶりに、ちゃんと目を見て話してくれる奴に会った気がする)


 銀髪の死神でも、ヤンキーでもなく。「冬木悠斗」として話しかけてくれたことが、やけに嬉しかった。


◇◇◇


 放課後。


 初日のホームルームを終え、クラスメイトたちが「部活見学行こー」「購買どこ?」と賑やかに教室を出ていく中、俺は一人で教科書を鞄に詰め込んでいた。


 そのとき、ポケットのスマホが震える。


『入学式おつかれさま! 友達できた? – マリア』


 すかさず続けて、イリアからも。


『教室で暴れてない? 机壊したら弁償だからね』


「……誰が暴れるか」


 思わず笑ってしまう。


(友達、か)


 まだ「友達」と呼べるほど話した相手はいない。でも——。


 心の中で、さっきのクラスメイトたちの顔を思い浮かべる。


 料理に食いついてきた佐伯。余計な一言を挟んできた男子。担任。そして——神宮寺玲。


(……まだ始まったばかりだしな)


 俺は、スマホを片手に、短く返信を打ち込んだ。


『大丈夫。机も壊してないし、ちょっとだけ、面白そうな奴らがいる』


 送信ボタンを押した直後、教室の入口から声がした。


「冬木くん、ちょっといい?」


 顔を上げると、そこにはさっき頭に浮かべていた「面白そうな奴」の一人——神宮寺玲が立っていた。


 相変わらず背筋を伸ばし、教室のざわめきにも流されない静かな佇まい。


「……なんだ?」


「さっきの勉強会の話、覚えてますか?」


「まあな」


「じゃあ、その前段階として——」


 神宮寺は、一歩だけ俺の方に近づいた。


「あなたのこと、少し教えてください」


「……は?」


「銀髪の死神なんて呼ばれてますけど、本当はどんな人なのか。気になってしまったので」


 その瞳には、やはり恐怖も偏見もない。ただ、まっすぐな好奇心だけがあった。


 その瞬間——俺の高校生活が、大きく動き出した気がした。

新しい作品も書いてるのでぜひ見てください!!

愛を求めてどこまでも〜男はどこまでも行く。あの言葉を胸に

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