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ヤンキー君は凝り性  作者: 暁 龍弥


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19/20

「ゴールの先で」

 白線が、視界の端で跳ねた。


 踏み切る。

 全身の力を、最後の一歩に叩き込む。


 ——ゴール。


 次の瞬間、世界が一拍遅れて追いついてきた。


◇◇◇


 胸に突き刺さるような痛み。

 肺が空気を拒む。

 足が、勝手に前へ出ようとして、出ない。


 膝に手をつき、視界が揺れる。

 音が遠い。

 それでも——聞こえた。


「……白組!! 白組の勝ちです!!」


 歓声が、爆発する。


「うおおおおおお!!」

「やったぁぁぁ!!」

「勝ったぞ!!」


 背中に、誰かがぶつかった。

 三浦だ。


「冬木ぃぃぃ!! やった!! マジでやった!!」


 次に、黒瀬が肩を掴む。


「……ナイスラン。

 理屈通り、最高の結果だ」


 視界の端で、クラスの白い旗が揺れている。

 佐伯が泣きながら跳ねているのが見えた。


(……勝った、のか)


 実感が、少しずつ追いつく。


◇◇◇


 呼吸が落ち着いてきた頃、

 視線の先に、二人の姿があった。


 応援席の最前列。

 影森が、両手で口を押さえたまま立ち尽くしている。


 目が合う。


 一瞬遅れて、彼女は——

 小さく、でもはっきりと、手を振った。


(……ああ)


 逃げてない。

 声も出した。

 最後まで、ここにいた。


 その事実が、勝利よりも胸に残った。


◇◇◇


「冬木くん!」


 振り向くと、神宮寺が走ってきていた。

 人混みを縫って、迷いなく。


「……っ」


 言葉が出る前に、

 彼女は一歩手前で止まった。


 距離。

 近すぎない。

 でも——遠くもない。


「……お疲れさまでした」


 声が、少し震えている。


「ありがとう。

 最後まで、前に立ってくれて」


「……みんなが、繋いでくれた」


「それでも」

 神宮寺は、強く頷いた。

「あなたが、受け取ってくれたからです」


 その目は、泣いていない。

 でも、感情を隠してもいない。


(……参ったな)


◇◇◇


 結果発表。

 総合優勝——白組。


 校庭に、拍手と歓声が広がる。

 誰かが泣き、誰かが笑い、誰かが肩を叩く。


 その中心に、俺たちのクラスがいた。


「責任者! 一言!!」


 誰かが叫ぶ。


「やだよ」

「いいから!!」


 三浦に背中を押され、前へ出される。


 マイクを渡され、

 一瞬、言葉に詰まった。


 全員の顔が、見える。


 運動部も、文化部も。

 最初は無関心だったやつも。

 途中でぶつかったやつも。


 影森も、

 神宮寺も。


「……正直、勝つとは思ってなかった」


 正直に言った。


「でも、負ける気もしなかった。

 理由は一つだ」


 一呼吸。


「——一人じゃなかったからだ」


 ざわめきが止まる。


「走ったのは俺だ。

 でも、走らせてくれたのは、全員だ」


 視線が集まる。

 胸の奥が、静かに熱い。


「ありがとう。

 それだけだ」


 拍手が起きた。

 派手じゃない。

 でも、長い拍手。


◇◇◇


 競技がすべて終わり、解散が始まる頃。


 影森が、そっと近づいてきた。


「……冬木くん」


「ん?」


 彼女は、胸の前で拳を握りしめている。


「……ちゃんと、声出せた。

 最後まで、逃げなかった」


「見てた」


 短く答える。


「……ありがとう。

 私、今日のこと、忘れない」


 その目は、もう下を向いていなかった。


◇◇◇


 少し離れた場所で、神宮寺が空を見上げていた。


 夕方の風が、鉢巻を揺らす。


「……冬木くん」


「どうした」


「ゴールの瞬間……」

 彼女は、言葉を探す。

「胸が、いっぱいになって……」


「……ああ」


「それが、嬉しいのか、

 怖いのか、

 まだ分かりません」


 正直だ。

 そして、十分だ。


「……急ぐな」

 昨日と同じ言葉を、繰り返す。


「はい」

 彼女は、微笑んだ。

「でも……並んで歩くことは、やめません」


「それでいい」


◇◇◇


 片付けが終わり、校門へ向かう。


 いつもより、人数が多い下校。

 笑い声が、途切れない。


 三浦が肩を組んでくる。


「なぁ冬木」

「なんだ」


「今日さ……

 俺、高校来てよかったって思った」


「……俺もだ」


 黒瀬が後ろから言う。


「クラスって、作れるんだな。

 勝手にできるもんじゃなくて」


 神宮寺が、その言葉を受け取る。


「……だから、大切なんですね」


 影森が、小さく頷いた。


◇◇◇


 家に帰ると、妹たちが待っていた。


「お兄ちゃん!!」

「勝ったって聞いた!!」


「……ああ」


「すごいじゃん!」

「でも——」


 イリアが、静かに言う。


「一番すごいのは、

 お兄ちゃんが“一人じゃなかった”ことだよ」


 言い返せなかった。


◇◇◇


 夜。

 ベッドに横になり、天井を見る。


 今日の音。

 今日の顔。

 今日の言葉。


(……ゴールの先)


 そこには、勝敗だけじゃなかった。


 誰かと繋がった実感。

 誰かと並んだ感覚。


 恋は、まだ名を持たない。

 でも——確実に、形を持ち始めている。


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