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ヤンキー君は凝り性  作者: 暁 龍弥


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16/20

「衝突、それでも前に立つ理由」

 体育祭の準備が本格化して三日目。

 クラスの空気は、少しずつ熱を帯びてきていた。


 最初は「めんどくさい」「だるい」と言っていた連中も、

 競技内容が具体的になり、勝敗が見えてくると、目の色が変わる。


 悪いことじゃない。

 むしろ健全だ。


 ただ——

 “熱”は、ときに衝突を生む。


◇◇◇


「だからさぁ! この順番じゃ勝てないって言ってんじゃん!」


 体育館に、鋭い声が響いた。


 白組の全体練習中。

 リレーのメンバー決めで、意見が割れていた。


「でも、安定感ならこっちだろ?」

「安定とか言ってる場合!? 赤組、ガチで速いんだけど!」


 前に立って言い合っているのは、運動部の男子二人。

 どちらも悪くない。

 どちらも“勝ちたい”だけだ。


 だが、声が荒くなるにつれて、周りが黙り始める。


(……まずいな)


 この手の空気は、放っておくと一気に崩れる。


 俺は一歩前に出た。


「止めろ」


 低い声だったが、十分だった。

 二人が振り返る。


「……続けるなら、理由を言え。

 怒鳴り合うだけなら、時間の無駄だ」


「でもよ——」

「“でも”じゃねぇ。

 勝ちたいなら、頭使え」


 空気が、張り詰める。


◇◇◇


 俺は床に置かれたメモを拾い、淡々と言葉を並べた。


「赤組のアンカー、去年の中学でも県大会レベル。

 真正面からぶつかっても勝てねぇ」


 ざわっとする。


「だから、序盤で差を作る。

 トップスピード型を一走と二走に置く」


 黒瀬がすぐに反応する。


「……なるほど。

 安定型は中盤で“差を維持”する役割か」


「そうだ」


 三浦が腕を組んで言う。


「じゃあアンカーは?」


 俺は、少しだけ間を置いた。


「……俺が出る」


 一瞬、時が止まった。


「は!?」「冬木!?」

「責任者が出るの!?」


 影森が、息を呑むのが分かった。

 神宮寺も、俺を見る。


「冬木くん……」


「逃げねぇ。

 俺が一番速いなら、最後に出る」


 ただそれだけだ。

 誇示でも、自己主張でもない。


「でも……」

 最初に声を荒げていた男子が、戸惑ったように言う。

「もし負けたら……」


「その時は——」


 俺は、真っ直ぐ見た。


「責任は、全部俺が取る」


 それ以上でも、それ以下でもない。


 体育館の空気が、ゆっくり変わる。

 怒りが、覚悟に変わっていく。


◇◇◇


 練習再開。


 走る順番が決まり、動きが整っていく。

 さっきまでのギスギスした空気は消え、集中した静けさが戻った。


 影森が、控えめに近づいてくる。


「……冬木くん……さっき……怖くなかった?」


「何がだ」


「……みんなの前で、あんな風に……」


 俺は首を振った。


「怖いのは、衝突じゃねぇ。

 誰も止めずに、壊れる方だ」


 影森は、少しだけ目を潤ませて、強く頷いた。


「……私、覚えておきます」


 神宮寺も、静かに近づいてきた。


「……全部背負うつもり、ですか?」


「必要ならな」


「……一人で、ですか?」


 その問いに、俺は一瞬だけ言葉を止める。


「……いや」


 神宮寺を見る。


「一緒に背負ってくれるだろ?」


 彼女は、驚いたように目を見開き——

 それから、はっきりと笑った。


「……はい。もちろんです」


◇◇◇


 練習後、クラスの何人かが声をかけてきた。


「さっき、ありがとな」

「熱くなりすぎてた」

「冬木、頼りになるわ」


 照れくさい。

 でも、悪くない。


 三浦が肩を組んでくる。


「お前さ……

 “最強”って、こういう意味なんだな」


「どういう意味だ」


「力じゃなくて、

 “折れない芯”があるって意味」


 黒瀬も、静かに頷いた。


「クラス、完全にまとまったな」


◇◇◇


 帰り道。


 神宮寺が、少し真剣な声で言った。


「……今日のこと、忘れません」


「大げさだ」


「大げさじゃありません。

 “誰かが傷つく前に止める”って、簡単じゃないです」


 夕焼けの中で、彼女は一瞬だけ視線を逸らした。


「……私、前に立つ人を尊敬します。

 でも……今日、少しだけ“好き”になりました」


 足が止まりかけた。


「……それは」


「まだ、恋じゃありません」


 彼女は、先に言った。


「でも……

 それに近い場所に、足を置いてしまった気はします」


 静かな告白。

 逃げ場のない、正直な言葉。


 俺は、すぐには答えなかった。


 代わりに、こう言った。


「……急ぐな。

 俺も、ゆっくりでいいと思ってる」


 神宮寺は、少し驚いてから、穏やかに微笑んだ。


「……はい」


◇◇◇


 家に帰ると、妹たちが待っていた。


「お兄ちゃん、今日どうだった?」

「体育祭、進んでる?」


「……ああ。

 ちょっと、ぶつかった」


「でも?」

 イリアが聞く。


「……大丈夫だ。

 ちゃんと、前に進んでる」


 二人は、安心したように笑った。


◇◇◇


 この日、クラスは知った。


 冬木悠斗は——

 怒鳴らず、逃げず、

 それでも最後に立つ人間だということを。


 そして神宮寺は、

 その背中を“追いかけたい”と思ってしまった自分を、

 もう否定できなくなっていた。

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