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ヤンキー君は凝り性  作者: 暁 龍弥


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15/20

「旗を持つということ」

 昼休みの出来事から一日が過ぎても、クラスの空気は完全には元に戻らなかった。


 悪い意味じゃない。

 むしろ逆だ。


 誰かが困っていれば、以前よりも一歩踏み込む。

 ひそひそ話をする前に、本人を見る。


 そんな“間”が、教室の中に生まれていた。


(……居心地、悪くはねぇな)


 むしろ、少しだけ安心する。


◇◇◇


 五時間目の終わり、担任が教壇に立った。


「よし、来月の体育祭についてだが——

 今日から準備を始めるぞ」


 ざわっと空気が揺れる。


「各クラス、赤白に分かれるのはもう知ってるな?

 それと、クラスごとに“競技責任者”を決める」


「えー」「めんどくさ」「誰やるんだよ」


 担任は軽く咳払いして続けた。


「クラス全体をまとめる役だ。

 運動得意かどうかより、“周りを見られるか”を重視する」


 その言葉を聞いた瞬間——

 嫌な予感がした。


 そしてその予感は、外れない。


「じゃあ……冬木、どうだ?」


 教室が、一瞬で静まった。


「は?」


 反射的に声が出る。


「いや、体育での動きも見てるし、

 この前の昼休みもな。

 お前、周り見えてるだろ」


 視線が集まる。


 三浦は、もう笑っていた。


「決まりだな!!」

「異議なし!!」

「冬木なら安心!!」


「ちょ、待て——」


 言い終わる前に、担任が黒板に名前を書いた。


《競技責任者:冬木 悠斗》


 ……決定事項らしい。


(……逃げ場ねぇな)


◇◇◇


 放課後、体育館。


 赤組と白組に分かれて集まる。

 俺たちのクラスは白組だった。


「競技責任者は前に出てくれ」


 前に出ると、他クラスの代表たちが並んでいた。

 陸上部っぽい奴、バスケ部のエース、いかにも陽キャなやつ。


(……場違いだろ)


 そう思った瞬間——

 後ろから小さく手を振る影が見えた。


 影森だ。

 不安そうだけど、ちゃんと俺を見て頷いている。


 さらに、隣の列には神宮寺。


 目が合うと、彼女は小さく微笑んだ。


(……くそ)


 逃げる理由が、一つ減った。


◇◇◇


 説明が終わり、クラスに戻る。


「じゃあ冬木、どうする?」

 黒瀬が聞いてくる。


「競技の配置とか、練習スケジュールとか、

 全部冬木が決める感じ?」


「……俺が一人で決める気はねぇ」


 即答した。


「三浦、お前は盛り上げ役」

「任せろ!!」


「黒瀬、全体の進行と時間管理」

「了解」


「佐伯、女子の意見まとめてくれ」

「うん!」


 そして——

 前の席に目を向ける。


「影森」

「……っ、は、はい」


「記録と連絡。

 できるか?」


 一瞬だけ、影森の顔が強張った。

 でも——ゆっくり、深く頷いた。


「……やる。

 やらせてください」


 その声は、前よりはっきりしていた。


 最後に、隣を見る。


「神宮寺」


「はい」

 彼女は最初から分かっていたように姿勢を正した。


「全体の調整役、頼めるか」


 生徒会で鍛えた能力。

 人の感情を読む力。


「……任せてください」

 その目は、迷っていなかった。


◇◇◇


 その日の帰り道。


「なぁ冬木」

 三浦が歩きながら言う。


「お前さ、

 “前に立たないタイプ”だと思ってた」


「俺もそう思ってた」


 黒瀬が淡々と続ける。


「でも、

 誰かが前に出ないといけないときに、

 逃げない人間が一番向いてるんだよ」


 神宮寺は、少し後ろを歩きながら言った。


「……責任を背負う覚悟がある人、ですね」


 俺は空を見上げる。


(覚悟、ね)


 ただ——

 守りたいと思っただけだ。


 クラスも、

 影森も、

 神宮寺も。


◇◇◇


 夜、家。


「体育祭!? 責任者!?」

 マリアが目を輝かせる。


「お兄ちゃん、前に立つんだ!」

 イリアも珍しく笑っている。


「……大げさだ」


「でもさ」

 イリアが静かに言った。


「お兄ちゃん、

 誰かの“一歩前”に立つの、

 嫌いじゃないでしょ」


 図星だった。


◇◇◇


 翌日から、体育祭準備が本格的に始まった。


 指示を出す。

 意見を聞く。

 衝突を調整する。


 怒鳴らない。

 押し付けない。

 でも、曖昧にはしない。


 気づけば、

 クラスは自然と俺の声を聞くようになっていた。


 影森はメモを取り、

 神宮寺は人の間を繋ぎ、

 三浦は笑わせ、

 黒瀬は整える。


(……悪くねぇな)


 ひとりじゃできなかった。

 でも、ひとりじゃなくなった。


◇◇◇


 放課後、最後に残ったのは俺と神宮寺だけだった。


「……大変ですね」

「まぁな」


「でも」

 彼女は、少しだけ目を伏せて言った。


「冬木くんが前に立つと、

 不思議と怖くないんです」


 その言葉は、

 “安心”と“信頼”の境界線にあった。


 俺は答えない。

 答えられなかった。


 代わりに、静かに言う。


「……一緒にやろうぜ」


 神宮寺は、少し驚いてから、

 ゆっくり微笑んだ。


「はい」


◇◇◇


 体育祭は、まだ始まっていない。


 でも——

 この準備期間こそが、

 俺たちを“クラス”に変えていく。


 そして、

 神宮寺の胸の中で、

 影森の中で、

 俺自身の中で——


 何かが、確かに育ち始めていた。

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