「席替え、その一席の意味」
午前の授業が終わり、昼休みに入った瞬間——
担任が教室へ戻ってきた。
「はいはーい、いいか? 午後の最初の時間、席替えするぞー!」
教室中がざわつく。
「マジ!?」「ようやくか!」「神席来い!!」
席替え——
この一言で教室の熱が一段階上がった。
俺は特に期待も不安もない……はずだった。
(……いや、ないこともねぇな)
今の席は教室の後方、窓側。
視線も少なくて落ち着くが、最近できた輪とは少し距離がある。
誰の隣になるかで、今後の“空気”が大きく変わる。
これは恋愛以前に、友情の構造が変わる大事なイベントだ。
◇◇◇
「よーし、今回はクジだぞー! はい引けー!」
担任がカゴに入った紙を振る。
クラスメイトたちが弾むように集まっていく。
「冬木、緊張してる?」
三浦が笑いながら肩を叩いてくる。
「してねぇよ」
「してる顔だぞ」
「お前は顔の判定が適当なんだよ」
黒瀬は静かに言った。
「冬木、隣になる人……選べるなら誰がいい?」
「別に誰でもいい」
「だろうな。……でも、誰が隣になっても、その人は得するだろうね」
「なんだその言い方」
「冬木と一年間同じ席って、普通に羨ましいだろ」
言い返そうとしたが、三浦が割って入る。
「俺も冬木の隣がいい!! いやホントに!! 勉強教えてほしい!!」
「勉強以前にまず落ち着けよ」
そんなやり取りの中、男子も女子もクジを引き終え、
いよいよ席が発表される。
◇◇◇
担任が黒板に座席表を書き始める。
一番後ろの列から順番に名前が書かれていく。
(……俺はどこだ)
ざわざわとした空気。
神宮寺がちらりとこっちを見る気配。
影森が膝の上で手をぎゅっと握っているのも見える。
そして——
「六番、窓側二列目……冬木」
(ああ、ここか)
悪くない。
後ろすぎず前すぎず、人の動線にも被らない。
落ち着いた位置だ。
しかし問題は——“隣”。
「七番、その隣……神宮寺」
一瞬、空気が止まった。
「っ……!?」
「神宮寺さんが冬木の隣!?」「うそだろ……あの二人、超近いじゃん……」
「事件じゃねぇか……」「学校が動いた……」
ざわざわが止まらない。
神宮寺はわずかに目を丸くしたが、すぐに静かに微笑んだ。
そして俺の方へ歩いてくる。
「よろしくお願いします、冬木くん」
「……ああ。よろしく」
落ち着いた声で返したつもりだったが、内心は少しだけ動揺している。
(隣……か。いや別に悪くはねぇけど……)
周囲の視線が突き刺さる。
三浦が悔しそうに叫ぶ。
「冬木ぃぃぃぃ!! 羨ましすぎる!!」
「やかましい」
黒瀬は何かを悟ったように静かに頷く。
「……席替えの神が微笑んだな」
「黙れ」
◇◇◇
しかし、席替えの衝撃はこれだけではなかった。
「じゃあ続けるぞー。えーと、冬木の前……影森」
一瞬、影森がビクッと肩を揺らす。
そして恐る恐るこっちを見る。
(……おい)
俺を挟んで、前に影森、隣に神宮寺。
三浦が後ろの方で叫ぶ。
「お前、ハーレムの主人公かよ!!?」
「違ぇよ!!」
黒瀬でさえ苦笑して言った。
「いや普通にすごい席だろ。……お前、何か徳積んだ?」
「積んでねぇよ」
神宮寺は静かに笑うだけだったが——
その横顔はどことなく複雑に揺れていた。
◇◇◇
席替え直後の5分休み。
俺が新しい席に荷物を置いていると、影森がそろそろと声をかけてきた。
「……あの……冬木くん」
「ん?」
「その……よろしくね……一年間……」
その声音は震えていない。
昨日より、目がしっかり俺を見ている。
(ああ……努力してるんだなこいつ)
昨日の勉強会での小さな自信が、確実に影森の中に根付き始めている。
「ああ。分かんねぇとこはまた言えよ」
「うん……!」
影森は、昨日よりほんの少し強い笑顔を見せた。
その瞬間、視界の端で——
神宮寺が影森をじっと見つめていることに気づいた。
目の色が曇るわけではない。
嫉妬とも違う。
でも……何かを胸の内で噛みしめているような、そんな眼差し。
(……おい、なんだその顔)
思わず声をかけた。
「神宮寺、どうかしたか?」
「……いえ。
ただ——影森さん、少し表情が柔らかくなったなって思っただけです」
そう言うと、神宮寺は自分の胸に手を当てた。
その仕草はほんの一瞬だったが、確かに何かが刺さったような表情だった。
(……マジで何なんだよ)
俺は恋愛とかそういうのに強くない。
けど、この微妙な空気だけは何となく分かる。
神宮寺は影森を嫌っているわけじゃない。
でも——“何か”を感じている。
それが何かは、まだ誰も言葉にできない。
◇◇◇
午後の授業が始まると、席替えの効果はすぐに現れた。
教科書を広げようとしていた影森が、小さく手を挙げる。
「あの……冬木くん……この式の変形……また教えてほしい……」
「どれだ」
俺が前に身体を伸ばして説明すると、影森は真剣に聞く。
その様子を、神宮寺は横目で見守っていた。
そして授業中、神宮寺も小声で俺に聞いてくる。
「冬木くん……ここ、どうしてこの公式使うんでしたっけ?」
(あれ? 神宮寺って普通に成績いいんじゃ……)
「ここは“平均変化率”と似てるからだ。式を見比べりゃ分かる」
「……あ、なるほど。ありがとうございます」
神宮寺が柔らかく微笑む。
俺 → 影森
俺 → 神宮寺
という会話が、自然に生まれていく。
(なんだこれ……前の席より忙しくねぇか俺)
しかし、その“忙しさ”は嫌ではなかった。
◇◇◇
放課後。
席替え直後ということで、また自然と輪ができた。
「冬木ー! 席替えで隣神宮寺ってどういうことだぁぁあ!」
「いや、クジだからな」
「クジでそんなドラマ起きねぇだろ!!」
黒瀬はノートを閉じながら言う。
「……でも、これで勉強会はもっと効率的になるな。冬木、教える相手が近いし」
「いや影森は前だし……」
「おうおうおう、どっちも近いじゃん」
三浦が勝手にまとめた。
佐伯まで笑いながら言ってくる。
「冬木くん、女子に囲まれてるってクラスで噂になってるよ?」
「やめろマジでそういうの」
神宮寺がふっと静かに笑った。
「……噂がどうであれ、私は気にしませんよ。
冬木くんが“正しく向き合う人”だって知ってるので」
影森も、小さく頷く。
「わ、わたしも……そう思う……」
俺は頭をかいた。
(……なんだこれ)
気恥ずかしい。
けど嘘じゃない。
このクラスに、確かに居場所ができつつある。
◇◇◇
帰り際、神宮寺が机を片付けながら言った。
「冬木くん」
「ん?」
「……明日、少し早く来ませんか?」
「なんでだ」
「席も近くなったので……練習したいことがあって」
練習?
「説明が少し難しいので……明日の朝、教室で話します」
そう言うと、彼女は小さく頭を下げて教室を出た。
(……練習? なんだそりゃ)
気にはなる。
でも急ぎすぎないペースが、神宮寺らしい。
◇◇◇
家に帰り、夕飯を作りながら妹たちに席替えの話をすると——
「隣!? お兄ちゃん隣だよ!? 人生のイベントじゃん!」
「しかも前の席に女子!? 青春爆発してるじゃん!」
「……お前らうるせぇ……」
でも、その声が嫌じゃなかった。
(……悪くねぇな)
席替えひとつで、こんなに胸の中がざわつくとは思わなかった。
でもそのざわつきは、どこか心地よい。




