「昼休み、輪の中に入るということ」
月曜日。
午前中の授業が終わり、昼休みのチャイムが鳴った瞬間——
教室の空気がぱぁっと軽くなる。
「腹減ったー!」「パン買いに行こ!」「牛乳飲みてぇ!」
みんな一斉に立ち上がる。
いつも通りなら俺は弁当を静かに机で広げ、誰にも話しかけられず淡々と食い終わるはずだった。
けれど——今日は違う。
「冬木ー! こっち来いよ!」
三浦のデカい声が飛ぶ。
黒瀬も教科書を閉じながら手招きしている。
「昨日コンビニで買ってきたチョコあるから食え、ほら」
「いらねぇよ」
「食えッッッ!!」
勢いに押されて結局受け取る。
黒瀬が苦笑する。
「三浦は与える喜びを知ってるからな。断ると傷つくぞ」
「知ったこっちゃねぇよ……」
言いながらも、どこか嬉しいのは自覚していた。
◇◇◇
机を3つくっつけて、自然と小さな“輪”ができる。
中心に三浦、右に黒瀬、左に俺。
その正面には佐伯と、なぜか影森も座っていた。
「こ、ここ……座っていい……?」
影森が恐る恐る聞く。
佐伯が優しく笑って言った。
「もちろん! みんなで食べよ!」
影森は少し安心した表情で席についた。
彼女は昼も静かだ。
弁当箱を開ける仕草も、箸を持つ角度も丁寧で、妙に絵になる。
そして今日はもうひとり——
「ここ、空いてますか?」
神宮寺が弁当を持って立っていた。
教室中が一瞬ざわつく。
「っ……!?」「え、生徒会長の妹……?」
いや、正確には“輪の外”がざわついた。
俺たちのテーブルは、自然に道を空けていた。
三浦が言う。
「おー神宮寺! 座れ座れ!」
相変わらず三浦は相手が誰だろうと距離感がぶっ壊れてる。
神宮寺はほんのわずかに微笑んで、俺の隣に座った。
その時——
影森の目がほんの少しだけ揺れたことに、俺は気づいた。
(……なんか気まずいか?)
影森も神宮寺も悪い奴じゃない。
だからこそ、この微妙な距離感は放置すると後でやっかいな誤解に育つ。
そう思い、自然に話題を振った。
「影森、昨日勉強したとこ、もう一回確認したのか?」
「あっ……う、うん。あのあと帰ってから復習した……。
今日の授業で少しだけ分かるようになってた……と思う」
「そっか」
その瞬間、影森の顔がぱっと明るくなる。
神宮寺もそのやりとりを見て、ふわりと微笑んだ。
柔らかい空気。
それだけで不安が一つ溶けた気がした。
◇◇◇
昼食が進むにつれて、俺の“隠していた一面”がまたひとつバレる。
「冬木、その卵焼き……色合い完璧じゃね?」
「これ兄ちゃんが作ったの?」
佐伯の目がキラキラしている。
「まあな」
「えっ、すご……!」
三浦が叫ぶ。
「お前の特技、なんなんだよ!!
料理もスポーツも勉強もできて、銀髪で目つき悪いってお前……
漫画だったら絶対“攻略不可の最強キャラ”だぞ!!」
「褒めてんのかけなしてんのかどっちだよ」
黒瀬が静かに言った。
「単純に凄いってことだろ。……俺も料理できるようになりたいな」
「黒瀬、料理は性格出るぞ」三浦が適当なことを言う。
「それはお前が“雑な性格”だからだろ」
「ひどっ!!?」
そのやり取りに影森が控えめに笑う。
神宮寺はお茶を飲みながら俺の弁当を見て、ぽつりと言った。
「冬木くん、卵焼き……甘いんですね」
「妹たちが甘いの好きだからな」
そう言った途端、
神宮寺の箸が一瞬止まった。
そして——ほんの少しだけ、寂しそうに笑った。
「……そういうところ、すてきですね」
一瞬、胸の奥がざわりと波立つ。
(……なんだ今の表情)
褒めているのに、なぜか微弱な寂しさが混ざっていた。
それを追求する前に、視線が集まる。
「やっぱシスコンじゃん冬木〜!」
「違ぇよ」
三浦が大声で笑い、黒瀬は呆れつつも口元が緩む。
神宮寺は箸を進めながら、俺の方をちらりと見る。
その目は——昨日より少しだけ、複雑だった。
◇◇◇
食べ終わったあと、輪は自然と勉強会の復習モードになった。
「この問題、どう解くんだっけ?」
「冬木〜、ノート貸せ!」
「影森さん、ここペアになろ?」
佐伯が影森を呼び、影森が戸惑いながらも隣に座る。
輪の中心にいるのは相変わらず三浦だった。
影森は慣れない輪の中にいることで少し緊張していたが、佐伯のおかげで表情が和らぐ。
(あいつ、影森を“排除”するタイプじゃねぇな)
そういう女子が一人いるだけで、クラスの空気が守られる。
そのときだった。
「冬木、科学のまとめノート……どこで買った?」
「字めちゃくちゃ綺麗……」
「フィジカル強いのに字が綺麗ってギャップすげぇ……」
三浦と黒瀬が勝手に俺のノートを見て騒ぎ始める。
周りの連中も寄ってきて、もはや小さな行列に。
「ほら、順番にしろって言ったろ」
「ノートの貸し出し制限あるんですか!?」
「図書館かよ」
神宮寺が小さく笑った。
「冬木くん、人気者ですね」
「……やめろ、気持ち悪い」
「ふふ。照れなくてもいいですよ?」
照れじゃない。
……いや、照れか。
◇◇◇
そんな空気の中で、ふと教室の後ろから声がした。
「……あの、冬木くん」
振り向くと男子の一人が突っ立っていた。
絡むタイプじゃない。冗談を言うタイプでもない。
真面目で、どちらかと言うと背景に馴染む存在だった。
「ノート……見せてもらっていいですか」
静かな声。
勇気を振り絞った感じ。
「いいぞ」
「っ……ありがとうございます」
その瞬間、
男子の肩がほっと落ちたように見えた。
“怖いと思われていた奴が、実は怖くない”
その理解がゆっくり浸透していく音が、確かに聞こえる気がした。
◇◇◇
やがて昼休み終了のチャイムが鳴り、みんな席に戻る。
三浦が俺の肩をポンと叩いた。
「……なぁ冬木。お前、気づいてねぇかもしれねぇけど」
「ん?」
「クラス、変わり始めてるぞ」
その言葉に黒瀬も頷いた。
「冬木ひとりの力っていうより……“輪”ができたところから、空気が変わってきてる」
(……そうなのか)
胸の中に、小さな火が灯る。
温かくて、でもどこか切ない。
(孤独でいるのが当たり前だったのに……)
気づけば、いつの間にか変わってた。
輪の中心じゃなくていい。
端っこでもいい。
でも“輪の一部”に、自分が確かにいる。
それがどれだけ大きな変化なのか、ようやく分かってきた。
◇◇◇
チャイム直後。
神宮寺が席へ戻る前に、小さく声をかけてきた。
「……冬木くん」
「あん?」
「影森さんのこと、ありがとうございます」
意味が分からなかった。
「あいつの何を、だよ」
「孤立しそうな子を、自然に救えるところです」
そう言って——
神宮寺はどこか曖昧な笑みを見せた。
ほんの少しだけ、“胸がざわつく”気配を隠しきれていない笑み。
それが何を意味するのか、
俺はまだ知らない。
ただ、神宮寺自身も気づき始めていた。
自分の中の“何か”が、静かに形を持ち始めていることを。




