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それはさながら銀のように

 神が人間に与えた王冠があった。

 それはほとんどが銀によって作られ、埋め込まれた宝石には多くの魔法の力が込められていた。それらの魔法によってこの王冠の持ち主は凡人を寄せ付けない無敵の力を得るだろう。

 宝石にかかった魔法は六つ。

 あらゆる病を退ける力。

 毒を浄化させる力。

 持ち主に怪力を与える力。

 持ち主に叡智を与える力。

大地に恵みを与える力。

 臣民を魅了する力。

 だが、この王冠の存在意義とは王を助けるものではない。

たしかに、宝石の力は王の統治を助け、国土を富ませるものだ。この力がある限り、持ち主を毒殺することはできないし、王が病によってその座から離れることなどありえない。魔法によって常人の何十倍もの膂力と思考力を手にした王にかなう人間はいないし、王が王冠の力を行使することによって国土が枯れ果てることなく、全ての人民は王に従う。

 だが、王冠にはもう一つだけ魔法がかかっている。

 それは、祝福というよりも呪いに近い。

 王にふさわしくない者がその王冠をかぶると、宝石にかかっている魔法の力は発揮されない。たとえ王にふさわしい資格を持っていたとしても、時間とともに王として歩むべき道から遠ざかれば徐々に魔法は弱まっていく。また、王冠が持ち主を見限れば王冠は美しい白銀から泥のような黒へと醜く変貌する。さながら銀が毒によって黒く変色するように。そして、持ち主が今まで使っていた年月と効果に応じてより悲惨な結末が待っている。ただし、別の持ち主の手へと渡れば王冠はその輝きを取り戻し、再び王にふさわしい者がかぶれば宝石にかかった魔法もよみがえる。

 すなわち、この王冠は王を選定するためにこそあるのだ。


 さて、長い歴史の中でこの王冠をかぶった人物は数多といたが、ほとんどは三代と続かずに王朝は終焉をむかえた。

 多くの者は王の持つ権利にばかり目を向け、王の義務から逃げた。国民に重税を課して自らは酒と女に溺れた結果、王冠はその働きを停止した。

 欲望の軛から逃れた者は、王としての責務を果たそうとした。国を想い、臣を労わり、民を愛した。けれど、長い治世の中でその熱意の炎はやがて消え去り、堕落するだけとなる。

 たしかに王位に就いてから没するまで正しさを貫いた王もいた。けれど、必ずしもその子供にまで受け継がれた訳ではない。世代を重ねるごとに理想はその形を失い、最初にあった正義は脆く崩れ去っていく。


 あるとき、とある貴族が王冠を手に入れた。

 その貴族の血族は他の貴族と比べてたいして大きなものではなかった。古代の帝国の末裔を名乗っていたものの、決して豊かな土地を所有していた訳ではなかったのだ。けれど、子宝だけは恵まれていた。だから、他の古い家の血筋が絶えていく一方、その家だけはずっと残り続けた。結果的に、周囲の貴族が歴史の浅い新参者となっていく中でその血族だけが古い歴史を保持していた。そして、その血脈をもって箔を付けるため、多くの国の王族から婚姻関係を結ぶことを望まれ、その地域一帯で最も影響力を持つ一族となった。

 だが、その地域がいくら広大とはいえども王族の数は限られている。結果的に、近親婚が進んだために遺伝子の欠陥を持つ子孫が多く生まれた。

 次に王冠を手にしたのは、前の持ち主と血縁関係にあった国の王であった。

 この王は多くの貴族に分散していた権力を自身に集中するように体制を変更し、身分が低くとも優秀な者が活躍できるように官僚制度を確立させた。事実、財政と軍務のトップには身分が低い者がその地位に就いたことがあった。王ただ一人が全てを決定する絶対王政によって国土は栄え、その国家では後にも先にも例を見ない全盛期を築いたのだ。国民からの人気も高く、その名を称えて『太陽王』と呼ばれた。

 だが、その王も晩年には王としての正しさは失われていく。外国への侵略戦争を繰り返し、国家の財政を傾けた。しかも、そのほとんどが敵国の巧みな交渉によって敗北も同然の結果でしかない。しかも、戦争で負けてばかりなのにもかかわらず、宮廷では節制をするどころか奢侈を極めた。そして、不満が爆発した国民によってその子孫が断頭台で処刑されることとなった。

 その次の王冠の持ち主は、前の持ち主の王政を破壊した革命家であった。

 だが、革命家は時代を破壊するだけで時代を築き上げるまではいかなかった。王としての資格などなく、鬱憤を晴らすためだけに生き残った王族と貴族を探し出してその全てを断頭台へと送った。しかし、政治についてはただの素人でしかなかった革命家は国をよりひどい混乱へと突き落としただけであった。やがて、その恐怖政治に耐え切れない同志からも見限られ、ついには自分自身も断頭台で処刑された。

 最後の持ち主は、その革命家の後に市民を先導した将校であった。

 彼は庶民出身であった。それも、決して裕福な家の出ではない。そのため、軍隊でもその地位に甘んじることなく現場で懸命に働いた。それゆえに多くの者から支持され、すばらしい功績を残した。革命家の没落によって混乱する祖国を立て直し、巧みな指揮で諸外国からの侵略を全て跳ね返した。

 しかし、王を排斥した国で彼は国民を支配するために皇帝になろうとした。これにより、一部の知識人は新たな王になった彼に反発し、国民からの人気にも影が差すようになった。所詮は軍人でしかなかった彼はその地域一帯を征服するために戦争を他国にしかけ、最後には極寒の国に挑んだ。けれど、そこで彼は完膚なきまでに敗北した。そして、国民は彼を見放し、人々の英雄であった彼は祖国から追放された。

 この時代より先は王という制度そのものが衰退していった。否、王や貴族といった封建制度そのものは残ったのだ。しかし、権力はそういった一部の血族だけではなく、より多くの人間に分散するようになっていった。

 神は人間に自由意思を与えた。しかし、それは人間が神の管理から外れることでもあった。ゆえに、人間たちを最もよく治めるための王が必要だった。だからこそ、神は王冠を創ったが、結局のところ王となるべき人間はこの地上に存在しなかった。王冠がその機能を十全に発揮させることもなかった。

 『完璧な王様』というものはなかったのだ。

 そして、王を選定するための王冠はその役目を終えたかのように姿を消した。

 王冠の居場所を知る者はもうない。

 真の王となる者はどこにもいない。

 あとがき

 どうも、キタイハズレです。

 さて、今回のお話は王を選定する王冠の物語。王冠は様々な者の手に渡りましたが、結局のところ誰も使いこなせませんでした。いくら銀が美しくても他の物質と化合すると黒ずんでしまうように、誰も魔法の王冠を十全に扱うことはできなかったのです。

要するに、絶対王政への皮肉です。この話は史実をもとにしていて、それぞれ、ハプスブルク家、フランス王国、ロベスピエール、ナポレオンを指しますが、どれも没落しています。興味がある方は史実も調べてみるとさらにこの物語を楽しめると思いますよ。

 それでは皆様、また縁があればお会いしましょう。

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