戦闘員Aの予兆
日々の任務は退屈なものである。戦闘員Aと戦闘員Bは森林を警戒する任務にあたっていた。赤い存在が何時襲来してくるのか分からない緊張感の中で戦闘員Aは警戒を続けていたが、戦闘員Bは適当な態度で任務に従事していた。戦闘員Aは戦闘員Bへの態度への不満が募り注意しなければならないと思い立ち、戦闘員Bに警告をする。襲撃がくれば団結力こそが勝利への鍵となる。そんな説教をしている時だった。
普段の任務は退屈だが前へと前進するのも退屈の繰り返しだ。戦闘員Aはこれまでと同じように熱帯雨林の警護をしている。広範囲を警護する理由は敵対する存在をいち早く察知できれば研究結果だけでも組織に送れるからだった。敵対する存在に施設を滅ぼされたとしても研究結果だけは守らなければならない。だから蛇の怪人は組織の戦闘員に非常に広範囲の警護を命令していた。
戦闘員Aは最初のころは熱帯雨林を長距離歩くのに苦労していたが今では非常に円滑に進むことが出来る。蔦や枝や茂みをかき分けるのが上手くなればなるほど効率的に熱帯雨林を進めるようになる。警備は広範囲にわたるので移動の効率が良くなれば周りを警戒するという本来の目的により集中できた。敵対する存在が強力な個体だったのならば、生き残るにはこちらが敵対する存在を一方的に見つける必要がある。戦闘員Aは息を殺しながらも周りを注視しながら森の中を進んでいた。戦闘員Aが神経を尖らせているのに戦闘員Bは腑抜けた雰囲気で呟く。
「暇だ」
戦闘員Bの任務をさっさと終わらせて帰りたいという無言の願望は戦闘員Aにひしひしと伝わってくる。戦闘員Bにとっての警護とは決められた順路を回るのが必須なだけで、後は周りを適当に眺めるだけで警護は成立していると考えてそうだった。戦闘員Bには敵対する存在を先に発見して自分たちが生き残れる可能性を高くするよりも、任務をさっさと終わらせる方が重要なのかもしれない。戦闘員Aは今までと同じように戦闘員Bを注意するも現在歩いている場所が場所だったので非常に小さな声になった。
「暇ではない。というか警備予測で危険が最も高い場所だぞ」
組織は敵対する存在の行動予測を常に行ってきた。予測の精度は年々高くなり敵対する存在の行動を完璧に予測する日の到来を感じさせる。そして予測の発達による周到な準備によって敵対する存在を排除できる日が来るかもしれない。現在の行動予測は絶対に当たるわけではないので現地にいる組織の戦闘員との協力によって効果を発揮する。戦闘員Aが木々の間から見える景色や葉っぱの擦れる音に注意しているのに、戦闘員Bは足早に進もうとする。戦闘員Aは戦闘員Bの適当さを注意したくても危険度の高い場所を歩いているから大きな声を出したくなかった。戦闘員Aが身を屈めながら慎重に進んでいるのに対して戦闘員Bは何も気にする様子はない。組織が求める人材からすれば戦闘員Aの行動の方が正しいはずなのに、堂々と行動しているのは戦闘員Bの方だった。戦闘員Bは後ろにいる戦闘員Aへと振り向いて声をかける。
「さっさと終わらせよう」
戦闘員Aは指導員に教えてもらった感情を落ち着かせる思考法によって戦闘員Bの発言を無視する。戦闘員Aは敵対する存在に捕捉されないように身を低くして慎重に行動するのが正しいと確信していた。戦闘員Bは大胆に動く囮のようなもので戦闘員Bが粉砕されたとしても戦闘員Aが施設に警報を送る。戦闘員Aは戦闘員Bが態度を改めなくとも戦闘員Bの命を組織のために使わなければならないと思っていた。戦闘員Aはようやく気持ちを落ち着かせたのだが、戦闘員Bは何食わぬ雰囲気で言い放つ。
「そんなにコソコソしなくても大丈夫だろ」
戦闘員Aはさっきと同じように感情を落ち着かせる思考法によって戦闘員Bの言葉を無視する。危険な場所で感情を高ぶらせて敵対する存在に隙を見せてはならない。どんなに小さな相手でも組織を滅ぼそうとしているならば徹底的に排除する必要がある。組織の戦闘員は毎日の掃除や警備や訓練などの小さな一歩が敵対する存在を排除する力になると教えられていた。この場で反論しないという選択は敵対する存在を抑圧する力になる。戦闘員Aがそう思っていると、戦闘員Bは淡々と日常生活を送っている最中かのように感想を述べた。
「別にそのままでも良いんだけどな」
戦闘員Aは瞬間的に戦闘員Bの態度を改めるべきだと判断して声を大にして怒鳴る。敵対する存在に見つからないようにという考えは戦闘員Bを注意しなければならないという感情に一瞬で飲まれる。戦闘員Aが戦闘員Bの行動に耐えきれずに怒号を発するのは過去に数回あった。戦闘員Aは積もりに積もった感情を吐き出さなければまともに行動できない状態になっていた。
「何がそのままで良いんだ? 危険であると予測されている場所を慎重に行動するのは当然だろう!! 」
戦闘員Aが声を荒げている姿を見ても戦闘員Bはどうでもよさそうに肩を竦める。戦闘員Aは戦闘員Bのこのような態度を見るたびに戦闘員Bを変えなければという思いを強くした。普通に注意しても聞かないのだからありったけの怒りを込めての言葉こそが肝である。戦闘員Aは戦闘員Bにずけずけと目の前まで近づいて戦闘員Bの顔を指差した。恐怖による変化だったとしても少しでも真面目になるならそれだけで充分だ。戦闘員Aは自分の頭が真っ白になるぐらいに戦闘員Bを怒鳴り上げた。
「いいか!? お前の態度は我々全員を危険に晒しているんだ!! 我々が無駄に赤い存在にやられてしまったら施設全体が壊滅するかもしれないんだぞ!? 我々が先に赤い存在を発見したのならば、それだけで赤い存在を消し去れる確率が上がる。我々は慎重に任務を遂行するべきだ!! 」
戦闘員Aの怒りを戦闘員Bはなあなあと受け流す。戦闘員Bは戦闘員Aの態度を見ても心底どうでもよさそうだった。戦闘員Bはいつものように適当に受け答えをする。戦闘員Bにとっては敵対する存在に発見されるかどうかは重要ではなさそうだった。
「分かった。いつやって来るかもわからない相手のことを考えて、身を屈めながらゆっくりと歩けばいいんだろ」
戦闘員Aは戦闘員Bの態度を一応は変えられたと思ったが、戦闘員Bは組織の理念への忠誠心がまだまだ足りないと考えていた。どんな理念でも実現させるには多数の人手を必要としている。戦闘員Bの内面の変化は戦力としては小さな一歩でも同じ目的を目指している力の一部になる。戦闘員Aは戦闘員Bの投げやりな返答に苦言を呈すか悩む。しかし、戦闘員Aにとっては戦闘員Bの行動が変わったことの方が重要だったので、それ以上のことは言わなかった。
戦闘員Aと戦闘員Bは熱帯雨林を進むと、森の中では様々な生物が生きているのが分かる。生物には数百年も同じような姿としているものもいれば、環境に適応するように形質を変容させるものもいる。自らの姿を変えた存在が未来において生き残れるのかは分からない。ただ、森の中では絶対的に存在し続けてきた自然という概念が今まで変わらずに続いてきたはずだ。蜘蛛が木の幹を昇り、猿たちが木の枝で休んでいる。戦闘員Aが周囲を警戒しながら歩いていると、凄まじい爆発音が森中に響き渡る。
森の生物たちが危険から逃れるように一斉に動き出す中、戦闘員Aと戦闘員Bは爆発音がした方向に顔を向けた。爆発音とともに施設に建っている方角の上空では、不吉な予感を感じさせる黒い煙が立ち込めている。そして、戦闘員Aの予感が的中したと確信したのは熱帯雨林全体に施設が誰かに襲撃されたという警戒音が鳴り響いてからだった。組織がいつどこで侵入を許したのかは分からない。戦闘員Aが知っていたのは過去に突然の襲撃を受けて無事だった施設や設備はほんの一握りということだけだった。