戦闘員Aの値段
道を踏み外した戦闘員は組織によって処分される。組織の存続のためには組織の反抗するような思想の持ち主は処分する必要があった。それによって組織はより強くなり、組織の理念の実現する世界がより近づいてくる。戦闘員Aは真っ暗闇の中で処罰される。行き末は戦闘員Aに分かるわけがなかった。
暗闇によって先が見えないからこそ、どこまでも道は続いている気がする。戦闘員Aは真っ白な光に照らされているが戦闘員A以外の存在は暗闇に覆われていた。暗闇の中で息を殺している処罰員によって組織の戦闘員がこれまでにどれくらい処分されてきたのだろうか。処罰員は組織の理念に悪影響を与えかねない思想の持ち主を間引きして、組織の理念をより強固なものにしようとする。戦闘員Aは今この場で自分が組織にとって理念に外れていない存在だと証明しなければならなかった。
処罰員のしゃがれた声は戦闘員Aを今すぐにでも仕留めたくてたまらなさそうな雰囲気を醸し出している。処罰員に処罰された組織の戦闘員がどのように処分されてきたのかを戦闘員Aが知ることはできない。ただ処罰員が組織の戦闘員の処分を決定する過程を楽しんでいそうなのは戦闘員Aにも伝わってきた。
「我々は我々を選ばなければならない。ここはそのための場所だ」
戦闘員Aは黙って処罰員の言葉を聞き入れる。闇の中で何かが蠢いているのを感じたが確かめる術はない。戦闘員Aは強い光に照らされたまま処罰員の問いを待っていた。
戦闘員Aの耳元で本を捲る音がはっきりと聞こえる。戦闘員Aが組織の戦闘員としてどんな振る舞いをしてきたのかを調べているようだった。これまでの態度によってこれからの未来が決まる。そして戦闘員Aが処分されないためには処罰員の問いにしっかりと答える必要がある。戦闘員Aは自身に染み付いた指導員の言葉や組織の理念を強く思い出していた。自身が処分をされないために。
「我々は何のために存在している? 」
処罰員の声はまるで他者を踏みつぶそうとしているような圧迫感がある。この圧迫感に耐えきれずに実際に踏みつぶされた戦闘員もいるのだろう。戦闘員Aは圧迫感に飲まれてはならないと思いながら質問に答える。それが処罰される運命から逃れる方法であり、自分が生き残れる可能性であった。戦闘員Aは求められている答えを言い放った。
「我々は進化するために前進するために存在しています」
処罰員は引っ掛け問題に引っ掛かる矮小な存在を楽しむかのような口調でゆっくりと聞き返す。処罰員として処罰する対象の心情を掘り下げる問いは大切であったが、処罰員にとっては処罰そのものが快楽となっているみたいだった。組織の戦闘員たちの間で噂されていた処罰員が処罰をするための判断というのは本当なのかもしれない。処罰員の口調は戦闘員Aを処分したくてたまらない様子だった。
「ならば、なぜ逃げた? お前は逃げたんだ」
戦闘員Aは戦闘員Bと共に大型バイクで密林を走り抜けたのを思い出す。大型のバイクは最終的に壊れてしまったが赤い存在に捕まらずに研究成果を組織に持ち込めた。どんな研究だろうと研究が実現すれば組織の理念に大きく貢献することは間違いない。組織の現在の様々な技術は過去の研究や行動の賜物だった。
戦闘員Aは処罰員が早急な判断を下さないように誠実に答える。
「我々の進歩のためにはあらゆる技術革新が欠かせません。我々はあらたな技術によってより革新します。我々は技術を失いような失敗を繰り返せない。我々は進化と前進のために存在しています」
戦闘員Aは処罰員の圧迫感に絞め殺されそうになりながらも組織の戦闘員らしい態度をとり続けた。これも指導員による指導のおかげであり日々の過酷な戦闘訓練のおかげでもある。進化や成長のためにはどんな時でもひるんではならない。屈強な行動こそが屈強な未来をつくり上げる。そして組織の戦闘員一人一人が強くなれば組織はより強大な物になる。
処罰員は戦闘員Aの言葉を聞いて嘲笑するように笑い出した。その笑い方からは過去の処罰対象になった組織の戦闘員がどんな目に合ったのかを感じさせる。処罰の対象になった時点で組織の戦闘員の運命は処罰員の手の中だと理解させられる。組織の戦闘員は処罰されたくなければ処罰員に処罰されないような発言をすることを考えなければならない。処罰対象が必死に生き残ろうとしている様が処罰員にとっては快楽なのかもしれなかった。
「同じような発言をしたのは、どれくらいいたと思う? 同じような発言をしたのは、どうなったと思う? その発言でどうなると思う? その発言を聞いた我々はどう感じると思う? なぜその発言をしなければならないと思った? この暗闇の中で」
蝋で造られたような巨大な人間の顔が戦闘員Aを見下すように暗闇から這い出てくる。巨大な顔は苦しみが延々と継続されているような顔で固定されており瞳孔は存在しておらず巨大な顔は戦闘員Aを見ていない。戦闘員Aの処分の決定を待っているような蠢いているの巨大な顔の後ろで音もなく動いている何かだった。処分対象になった組織の戦闘員は安楽死のような方法ではなく、その場で処分されているのかもしれない。戦闘員Aは処罰員の問いに答えようとかろうじて声を出した。
「我々は常に組織の理念に従い行動しています。我々は革新のためならどんな問いにも誠実に答える必要がある。我々は組織を理念の実現を切望しており、そのためならばどんな行動でも実行する覚悟があります」
戦闘員Aの組織にとって有用でありたいという気持ちはずっと長い間持ち続けている本心だった。一人の組織の戦闘員の想いだったとしても現実に確かな影響を与える。戦闘員Aの言動は組織の戦闘員として間違っていない。それでも戦闘員Aが組織に必要と判断されて処罰されない道に進んでいるのかは分からなかった。処罰員の態度は一向に変わる気配がなく巨大な顔も戦闘員Aを見下ろしたまま動かない。戦闘員Aは光に圧し潰されそうになりながらもその場に立っていた。
処罰員がこれまでも嬉々として組織の戦闘員を処分するかの審議を繰り返してきたのか分からない。しかし処分を決定したことがあるのは確かな事実だった。組織に不必要と判断された組織の戦闘員は組織をより強固なものにするために間引かれる。それによって組織は飛躍的な革新と成長の理念を体現する組織となる。理念に悪影響を与える存在は組織によって産み出された存在だと消し去られなければならなかった。戦闘員Aの耳元で本が閉じた音がする。戦闘員Aの中で今までここに立たされてきた組織の戦闘員の幻影がこの場に立っている自分と重なったような気がした。
処罰員はさっきとは別人のような冷静な落ち着いた声で戦闘員Aに告げた。処罰員は必ず判断を下さなければならない。処罰員の口調からは長年、処罰処分の是非を伝えてきたという言葉の反芻が感じさせる。処罰員がどんな感情を持ってこの場に立っていたとしても組織のために処罰員は処罰員のままであり続ける。女神が処罰員を産み出したから、組織の戦闘員は組織を飛躍のために処分される。
「我々は、我々を処分しない。我々は変革を求めて前へと進む」
処罰員の言葉と共に戦闘員Aを照らしていた光が消えた。暗闇はどこまでも広がり、何も見えないからこそ自由に変化する。戦闘員Aは暗闇の中から産まれたことを思い出していた。産まれたのならば前に進まなければならない。革新と進化を渇望する歩みによって全ての存在が前進する。
戦闘員Aは記憶を頼りに暗闇の中を歩きだす。出口は必ずあるはずだった。