聖剣に宿る物
「一体どういうことだ? じゃあ、なんであれは聖剣になってるんだ?」
聖剣を壊した? てか聖剣て壊れるのか? と俺は食い気味にアレスを質問攻めにする。
「ちょっと待ってよ、一つずつ説明するからさ」
そんな俺の様子に、アレスは少し慌ててから、そう言ってきた。
「ボクの時代の聖剣は、今ソイ君が使っている物じゃなかったんだ。ボクが選定されたときはその聖剣を渡された」
「それを、どうして壊した?」
「いやぁ、聖剣の力を使わずに魔物を斬ってたら、折れちゃったんだ。ボクもその時は聖剣の力がどんな物か知らなかったからね」
「そんなあっさりと壊れるような物だったのか?」
「それで、壊れちゃったはいいけど、どうしたものかと考えた訳だ。考えた挙げ句、ボクが冒険者だった時に元々使ってた剣を使って誤魔化すことにしたんだ」
「それで?」
「よくわからないけど、気づいたら雷がほとばしる聖剣になってた」
ガックリときた。それ説明になってないじゃん。
「ということは、聖剣の力が移動するってのか?」
「そうみたいだね。おそらく、聖剣を聖剣たらしめているものは、剣から独立した、一つの能力だと見ていいだろう」
「聖剣の中に潜む力か。不思議なもんだな」
勇者の証というのも、自然にできるとは考えられない。第三者がそれを作りでもしないかぎり、ありえないことなのだ。
「うん、それを作るとしたら神、かな。」
「神か。……神は俺達に何をさせたいんだろうな。魔王を討伐させるとかじゃなく」
「わからない、魔王を倒すのが勇者でなければいけない理由も、なにも」
俺とアレスは、二人してあぐらを掻いて考え込む。いや、アレスは体育座りか。
「ボクが、今この状態なのも、本当によくわからないんだ。ボクは剣に自分の全てを注ぎ込んだ。もしかしたら、その聖剣の力に取り込まれてしまったのかもしれない」
「でも、アレスは生きてるんだろ? 自分で言っていたじゃないか」
「うん、ボクには自分の心臓の音が聞こえるし、暑さと寒さの感覚だってある。痛覚だってある。これを生きていると言わずしてなんだっていうんだ。あ、ちなみに目が覚めた理由はソイ君がカイル君と剣で鍔迫り合いをしてたからだよ。あれ結構痛かったんだよねぇ」
「お、おう。すまん」
あれ痛かったのか。剣の状態だと、どんな感じ方なんだろう?
「でも、聖剣の力に取り込まれたと仮定して、アレスが生きているなら、聖剣の力そのものは生物だってことにならないか」
「そうかもしれない。でもわからない物はわからない。……んー、結論のでないことに考え込むのは無駄だし、もうやめようよ」
アレスは眠くなってしまったのか、あくびを一つしてそう提案してきた。夢の中で眠くなるとは? とか考え始めるとキリがないので、努めて考えないようにした。
「ああ、そうしよう。あの聖剣はもともとただの剣で、中身に何かあるってこっちゃな」
「うん、そういうことだね。それでさ、可愛い女の子の萌えポイントについて話したいんだけどいいかな!?」
またそっち系の話題か。一度その手の話題で喋り始めると、無視しても1人で喋り続けるからな。非常に厄介だ。こうしている間も、俺にはよくわかんねぇことを延々語っている。
「もう、聞いてるー? ソイ君は可愛い女の子に興味ないの? 男のくせになんか枯れてない? もしかしてイ○ポ……」
ちげぇよ。アレスはかまってくれないと非常にしつこいので、俺は仕方なく話に付き合うことにした。
「俺は枯れてねぇよ! まだ現役だ!」
「えー、ほんとかなー? じゃあもしかして男色?」
「そんなわけあるか! 俺はノーマルだ!」
「ごめんごめん、冗談だってー。そんなに怒らないでって。ボクコワーイ」
「喧嘩売ってるな? そうなんだな?」
二人でギャーギャー騒ぎながら、夢の中の時間は過ぎていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝、目が覚める。なんの変哲もない朝。ただ、いつもと違うのは、
「知らない天井だ」
そう、寝る場所だ。昨日は宿を変えたのだ。それ以外には、何もないと思いきや、もう一つ違うことがあった。
俺がボンヤリした目で隣を確認すると、犬耳がぴょっこり出ているのが見える。クラリスだ。昨日、成り行きで一緒に泊まることになった。もちろん変なことはしていない。
俺がぴくぴくと動く耳をボンヤリと眺めていると、彼女がもぞもぞと動き出した。そして掛け布団から顔を出すと、大きなあくびを一つした。それから、俺が彼女を眺めていることに気がついて、挨拶をしてきた。
「んん、……あ、おはようございます……ッス」
「ああ、おはよう」
こうやって、誰かと挨拶をするのはいつぶりだろうか。アレスとはすでにこういうやり取りをしているが、アイツは人間と言うにはいろいろと無理があるのでノーカンだ。言うなれば不思議生物だ。未確認生物だ。
『んー、よく寝たぁ! おはよー!』
と、不思議生物アレスも起きた。
「じゃあ、俺はギルドに行かなきゃいけないから、出るときは鍵返しとけよ」
まだ寝ぼけ眼のクラリスに、そう言って部屋出ようとする。
「あっ、待ってください! 自分も行くッス!」
なんだ、まだ着いてくるのか。コイツには変に懐かれたような気がする。とは言っても、実害があるわけじゃないから了承した。
彼女は、ぱたぱたと急いで準備をする。俺はそれを眺めてながら待っていたが、彼女がそのまま着替え始めた。
「ちょ、俺がいるだろ! 着替えるなら言ってくれよ」
「えっ、あ、はい」
俺は慌てて部屋の外に出る。そしてため息をついた。すると、腰に下げたアレスがまた茶化してくる。
『もー黙ってガン見してればいいのにー! ボク見てたかったー! このヘタレ』
「黙れ変態」
俺はそんなアレスを適当にあしらいながら、彼女が着替え終わるのを待った。
しばらくして、彼女が出て来たので、出発することにした。鍵を返して宿屋を出る。そしてまだ人の少ない通りを3人で歩く。
しばらく歩いていると、クラリスがポツリと呟いた。
「着替え、見てても良かったッスよ?」
いや、よくねぇから。俺がよくねぇから。
「いや、俺はそんな変態じゃねぇよ。大丈夫だ」
「そうですか……、あの!」
「ん?」
「お名前、まだ聞いてないッス」
ああ、そういえば名乗ってなかったな。そういえば、彼女にだけ名乗らせてしまっていた。
「ああ、悪い。俺はソイって名前だ」
「ソイですか、ソイさんって呼んでもいいッスか?」
「別にどんな呼び方でもいいよ」
そんな感じで、他愛のない話をしながら既にカロナが待っているだろうギルドへと向かった。
しばらく歩いていると、声を掛けてくる物があった。
「申し訳ありません、そこの殿方、ちょっといいですかな?」
燕尾服を来た、老齢の執事だった。オールバックにした髪の毛には白髪が混じり、その顔には深い皺が刻まれている。彼はクラリスを一瞥すると、顔に笑みを滲ませて言った。
「やっと見つけましたぞ。クラリス様」