クラリスとの出会い
俺とカロナは獣人の少女を後ろに庇うと、向かってくるオークを迎え撃った。前の方にいたオークは手に携えた丸太を削っただけのこん棒を俺達に向かって振り下ろしてきた。他のオークはぞろぞろと周りを取り囲んでくる。
俺は聖剣でそれを受けると、例の雷をオークに返してやる。
「ブヒイイイイイイイイ!」
オークは驚いたことに1発で倒れた。カイルの強さは一体何だったのか。すごく拍子抜けするとともに、戦慄した。
「大丈夫だ! オーク一体ずつなら俺でも行ける!」
カロナにそう大声で伝えた。彼女もやはり、余裕があるようで、
「分かっている、貴様は目の前に集中しろ! 油断は命取りだ! 魔族はもっと狡猾でずるがしこいぞ!」
俺はそう咎められてしまった。確かに彼女の言うとおりなので、オークの動きを見逃さないよう、集中する。
『あー、一体ずつとかめんどくさいでしょ! ほらソイ君、ボクが使い方教えてあげるって言ったでしょ! まとめて倒す方法教えてあげる!』
そういえば出発前にそう言っていた。俺はその方法をアレスに尋ねる。
「アレス! どうすればいい?」
『前に教えたみたいに魔力込めて! で、それを上に掲げて!』
「アレス、誰のことだ? その子の名前か?」
カロナは知らないので、俺のアレスを呼ぶ声を不思議そうに見る。まぁ、カロナにはアレスのことを話しておいたほうがいいだろう。だが、それは後回しだ。俺はアレスに言われた通り、剣を天に向かって掲げた。
『そう、そのままオークだけに当たるように想像しながら、雷を放って!』
え、そんな使い方でいいの? ちょっと便利過ぎないか、聖剣。いったいどういう代物なんだろうか、聖剣。それを聞くのは後にするとして、言われたように雷を放つ。
「ブ、ブゴォオオ!?」
すると、雷はオーク達を襲い、それらの身を隅々まで焼き尽くしていった。雷が消えたあとに残ったのは、黒焦げの肉塊だけであった。
あれだけいたオークは一匹残らず地に伏せっている。
「す、すごい……」
「デタラメだな」
獣人の少女とカロナも驚いていた。それを教えたアレスはというと、
『可愛い女の子の敵は絶許! 汚物は消毒だね!』
などと訳の分からないことを言っていた。俺はそんな剣を鞘にしまうと、彼女達に向き直る。そして、先程逃げてきた少女の無事を確認した。
「あー、大丈夫か? ほら、怪我とか」
「あっ、自分は大丈夫ッス。あっあの、助けてくれてありがとうございます!」
犬耳の少女は、そう言ってお礼を述べてきた。きっと先程走って逃げていたせいだろう、顔が真っ赤だった。それに俺はほっと肩をなでおろす。
あのオークの集団と対峙したときはどうなるかと思った。聖剣の性能が規格外なので、結果的に容易く倒すことが出来たが。
「ならいいんだ。ところで、なんでお前はこんなところにいた?」
「そうだ、君は随分と若い。それに戦闘の心得もないと見える。ここは、魔物の出る森だということは知っていただろう?」
俺達のその問いかけに、少女はシュンとしながら答える。
「それは、その先日冒険者に登録したばかりで……薬草を取りに来ていたんです……ッス」
「なんで冒険者なんかに? お前はちょっと若過ぎだろう」
驚いたこと。この子が冒険者だとは。いつもは鉄仮面をかぶったように表情の動きがないカロナも少し眉を動かしていた。
「それは、家から出てきて、お金を稼ぐためにッス……」
「追い出されたのか?」
「いや、自分から出ていったッス」
何か家族との間でトラブルでもあったのだろうか?しかし、俺みたいに追い出されたというわけではなさそうなので、安心した。
「帰らなくて大丈夫か、親が心配してるんじゃないのか」
彼女を心配して、そう聞いてみる。すると彼女は少し険しい表情になって否定の意思を示した。
「……いえ、あの家には帰りたくないッス」
「そうか、これ以上は深く突っ込まないでおくよ」
彼女には彼女の事情があるのだろう。そう判断し、その件についてはこれ以上触れないことにした。
「だが、今みたいに危険な目にあうことがあるかもしれない。君、名前は?」
てか、俺にだけ貴様って、なんか微妙な気分になるな。
「あ、名前はクラリスと言います。年は14、です」
「若いな。やはり放っておけん、何かあれば私達を頼るといい」
カロナも表情にはあまり出ないが心配しているようで、彼女にそんなことを言っている。
しかし、14か。俺は15で冒険者になったが、それよりも更に若い。俺は大したつながりもないのに、親近感を抱いていた。
「ああ、遠慮なく俺達に頼ってくれ」
「はい、ありがとうございます!」
そんな俺達の言葉に彼女は笑顔で答えた。
その後、討伐証明部位 (少々焦げていた)を切り取って、彼女等と一緒にギルドに戻った。なんか受付嬢は変な顔をしていたが、ちゃんと報奨金は貰えたので問題ないだろう。獣人の少女とはそこで別れた。
彼女が居なくなったところで、俺はアレスのことをカロナに話す。
「貴様、頭でもイカれたか」
俺の話を聞いた彼女が発した第一声がそれだった。イカれてねぇよ。大真面目だよ。
「いや、本当だ。声が聞こえないのか? 今もわけわからんことを喋ってる」
『ちょっと、わけわからんってなんだよー! ちっぱいの良さについて語ってたところなのにー!』
それがわけわからねぇんだよ。と、この声も彼女の耳には聞こえていないようだ。
「まあ、いいだろう。貴様のその顔は嘘をついている顔ではない。とりあえずは信じてやる」
そんなんで嘘とかわかるのかよ。そういう訓練してそうだけど。まぁ、とりあえず信じて貰えたようだ。
「明日こそは朝集合だ。早朝とは言わないから昼に来るのはやめてくれ」
「ごめんって、明日は大丈夫だから、ね?」
ギロリ、と睨まれながら、今日は解散する。空はもう、茜色に染まっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「アイツはまだ見つからないのか!」
見ただけで高価とわかる服を着た男が執事に向かって怒鳴る。男は禿げででっぷりと太っている。そんな男に、執事はペコペコと頭を下げて、謝罪を述べる。
「申し訳ありません! 我々一同必死に捜索していますのでいましばばらくお待ちください」
ああ、私の傑作はどこに行ったんだ。私の愛しい人形。帰って来たらお仕置きだ、鉄の鎖で縛り付けて、フルコースを味合わせてやる、絶対に逃げられないように、絶対に、絶対に絶対に絶対に……。
男はそうブツブツ呟きながら、狂気を孕んだ瞳を執事に向ける。それをみた執事は逃げるように部屋を出ていった。