表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/33

アラサー冒険者、勇者になる。

 大臣の一人であろう年配の男が持ってきたのは、何とも形容しがたい輝きを放つ、ひとふりの剣だった。


「それは……?」


 思わず質問する。


「聖剣だ。今から500年前に、勇者が使ったと言われる代物だ」


 カロナが答えてくれる。俺は不思議とそれに魅入ってしまう。なにか、吸い込まれるような……。


 ……………。


 …………いるか…………。


「おい、聞いているのか!」


「は!? ……お、おう」


 カロナの声で、現実に呼び戻される。慌ててカロナの方へ顔を向けると、鋭い目つきで睨まれるが、やがてため息をひとつついて再び説明を始めた。


「まぁ、いいだろう。……これは勇者の証を持つ者しか、鞘を抜けないと言われていて、500年の中で抜けた者は、未だに居ない」


「それをどうしろと?」


「ここまで言ってわからないか。はっきり言おう、貴様がこれを抜いてみろ」


 抜いてみろって、今まで抜けた者はいないと言うじゃないか。俺みたいな奴に抜ける訳ないだろ。


「は、今まで抜けなかったやつが俺に抜けるとでも? 才能なんかありゃしない俺に抜けるとは思えねぇよ」


「ウジウジとうるさい奴だ、さっさと抜け」


 カロナが急かしてくるが、俺には勇気が出なかった。失敗したらどうしろというのか。どうせできやしない。そんな思いばかりが浮かんでくる。


「どうした? お前みたいなクズに失う物など無いじゃないか。さっさとやってみなよ。まぁ、本当にできないのかもしれないけど! なんせクズだから! アハハハ!」


 騎士の男が、俺の様子を見て嬉しそうに罵倒してくる。さっきから何なんだコイツは、おれになんか恨みでもあるのか。


 ……そんなに言うなら抜いてやるよ。どうせなんの目的もねぇんだ。恥なんて知ったことか。俺は剣に手を伸ばし立ち上がった。


「ふん、ようやくやる気になったか。……ん?」


「おお、これは……」


「痣が光っている!」


 すると、周りに集まっていた奴らが俺の顔をみて次々に驚きの声を上げた。何やらこめかみの辺りに熱を感じるが、そんなことは気にしない。俺は手に取った剣を力任せに引き抜いた。


 シャリィイイン!!


 そんな音を立てて剣は鞘から抜けたのだった。俺が剣を高く掲げると、剣は眩いばかりの閃光を発する。しばらくすると、それも収まり、手元には美しい刃を持つ長剣があった。


「す、素晴らしい……」


 周りを囲む文官達がざわめいている。俺も鞘から抜けたことの驚きも束の間で、その剣のあまりの美しさに見惚れてしまった。


「ついに現れたか、勇者よ!」


 王も立ち上がって、この時を待ち侘びたと言わんばかりに、声を張り上げて言った。


「な、な……ありえない……!」


 騎士の男はというと、何故かものすごく悔しがっている。歯ぎしりさえ聞こえてきそうだ。なんだかちょっとスッキリした気分だ。


 そして俺は、静かに王の前に向き直った。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 そんなはずはない、ありえない!


 カイルは焦っていた。歯ぎしりが止まらないほどに。


 ソイが剣を抜くことは想定外だったのだ。あいつには元々特別目立った才能はなかったし、今回だって抜くことは叶わず、恥を掻くだけに違いないと思っていたのだ。


 そもそも、カイル自身も一度鞘から剣を抜くことを試している。その時、彼に抜くことは出来なかった。だからこそ、怒りが湧いてくる。


(何故あいつが選ばれる……! あんななんの取り柄も無いクズに、社会の底辺に!! 僕のほうが相応しいのに、才能も、地位も、その全てが!)


 カイルはソイの方を睨みつけるようにして見た。すると少し目が合う。彼の目は、カイル自身を蔑んでいるように感じられた。カイルには、それが腹立たしかった。


 そうだ、皆に分からせてやればいい。コイツは結局なんの才能も持たない路傍の石なのだと。自分こそが真の才ある者なのだと。こいつをこの場で打ち負かせば、皆気付くはずだ。


 そう思ったカイルは、ソイと話す王にある提案をした。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「選ばれし勇者よ、よくぞ参った! 朕はこのアストリア王国の王、ヴィシャス・アストリアである。その剣は500年あまり、誰も抜くことが出来なかった聖剣だ。もはやそなたが勇者であることは誰もが確信しているであろう!」


 王にそう言われるが、実感が沸かない。


 ――――俺が勇者?


 俺が知る勇者とは、おとぎ話でしか聞いたことのない、伝説の英雄である。それに自分が急になったと言われても、信じられる筈もなかった。


「急に勇者云々言われても、俺には何をすればいいかわからないぞ」


 それに、なぜ今勇者が必要とされているのか。それすらまだ聞かされていない。だから俺がそう言うと、王は少し思案顔になって、何かを思い出したように言った。


「おお、そうであったな。勇者よ、東の大陸に魔族の国があるのは知っておろうな?」


 それは人であれば誰でも知っているような事だ。おとぎ話に出てくる魔王の帝国そのものだからだ。


 魔王が居なくなってからは、魔族のそれぞれの部族の代表が定期的に会合を開き、統治しているという話を聞いたことがある。


 俺が頷くと、再び王が口を開いた。


「その魔族の国で、新たな魔王が生まれたようだ。そなたが初耳なのも当然だ。民にはまだ知らせていない……、余計な混乱は避けたいのでな」


 想定はしていたが、やはり魔王なのか。その魔王を……、まさか。


「そうだ。そなたがその魔王を討伐するのだ。なに、案ずるな。その聖剣には莫大な力が秘められている。必ずそなたの助けになるであろう」


 魔王討伐、俺に出来るだろうか。別に聖剣を持ったからといって強くなった気はしないし、何より急に言われても覚悟なんか出来ない。正直、ここから逃げ出したかった。


「魔王討伐とは言っても、勇者が現れたことを大々的に宣伝するわけにはいかんでな、討伐というより暗殺ということになるだろうか」


「簡単に言うが、俺に実力なんかないぞ」 


「分かっている。大々的な宣伝をしないのはそのためだ。国にはおそらく魔王の手先が潜伏しているだろうからな。準備の整わぬ内に狙われては困るだろう。そなたには、これより各地を周り実力をつけて貰う」


「各地を周るって、旅費とかどうすんだよ。俺には金なんかねぇぞ」


「それについても心配は要らない。勇者であるそなたには特権を付与しようと考えている。して、その詳しい内容だが……」


 そうして目的と今後について話が進んでいったが、それを遮る者がいた。


「王よ! ご提案があるのですが!」


 さっき悔しそうにしていた騎士の男だ。いったい何をしようと言うのか。俺が訝しげに見ていると、王がそれに反応する。


「どうしたと言うのだ、バートン卿よ」


「その者が言うとおり、その者の実力には疑問を感じます! 模擬戦で確認させていただきたく思います! ここで実力を確認しておけば、今後の予定にも活かせると考えているのですが、どうでしょう?」


 何故そうなる。実力はないと自分でも分かっているし、そう言っている。確認する必要が何処にある。しかし、それに王は納得したように、頷いた。


「それもそうであるな。では、騎士修練場が近くにあるだろう。そこで模擬戦をするとしよう。もちろん朕も観戦させてもらおう」


 そういうことで、その騎士の男と、模擬戦をすることになったのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 修練場に着くと、すみやかに準備が始まる。その間、俺たちにはルール説明がされた。


「フン、ハンデでその聖剣、使ってもいいよ。実力差がありすぎるだろうからね」


 随分とナメられている。やはりこいつ、分かっててやっているな。


 ルールはというと、刃を引いた剣を使い、相手を降参させるか、相手の背中を地面につけると勝利という、簡単なものだ。


 騎士の男は相当余裕があるのか、聖剣を使ってもいいと言うが。


「じゃあ、始めようか。君みたいな雑魚に負けるわけがないけど、せいぜい頑張りたまえ」


「ちょっと待ってくれ」 


 騎士の男がそのまま始めようとするが、俺はそれに待ったを掛ける。


「ん? どうしたんだい? びびってしまったのなら、そのまま降参してもいいんだよ」


 愉快そうに騎士の男は言う。確認するのにそれじゃ意味ないだろ、そうでは無くて。


「お前、いい加減名乗るぐらいしたらどうなんだ。お前は俺を知っているのか? 見ず知らずの奴に好き勝手言われて、流石に不快にもほどがある」


 俺が睨みながらそう言うと、騎士の男は更に愉悦を滲ませた声で言った。


「あれぇ、見ず知らずとは悲しいねぇ、僕達は()()だったじゃないか」


「……どういうことだ」


 俺が不思議に思い尋ねると、騎士の男は頭の装備をを外した。俺は心臓が止まるような感覚に包まれた。そこにあった顔は。


「カイル……」


「久しぶりだねぇ、()()?」


 俺を裏切ったアイツの、喜色に満ちた顔だった。





 



 








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ