アラサー冒険者、勇者になる。
大臣の一人であろう年配の男が持ってきたのは、何とも形容しがたい輝きを放つ、ひとふりの剣だった。
「それは……?」
思わず質問する。
「聖剣だ。今から500年前に、勇者が使ったと言われる代物だ」
カロナが答えてくれる。俺は不思議とそれに魅入ってしまう。なにか、吸い込まれるような……。
……………。
…………いるか…………。
「おい、聞いているのか!」
「は!? ……お、おう」
カロナの声で、現実に呼び戻される。慌ててカロナの方へ顔を向けると、鋭い目つきで睨まれるが、やがてため息をひとつついて再び説明を始めた。
「まぁ、いいだろう。……これは勇者の証を持つ者しか、鞘を抜けないと言われていて、500年の中で抜けた者は、未だに居ない」
「それをどうしろと?」
「ここまで言ってわからないか。はっきり言おう、貴様がこれを抜いてみろ」
抜いてみろって、今まで抜けた者はいないと言うじゃないか。俺みたいな奴に抜ける訳ないだろ。
「は、今まで抜けなかったやつが俺に抜けるとでも? 才能なんかありゃしない俺に抜けるとは思えねぇよ」
「ウジウジとうるさい奴だ、さっさと抜け」
カロナが急かしてくるが、俺には勇気が出なかった。失敗したらどうしろというのか。どうせできやしない。そんな思いばかりが浮かんでくる。
「どうした? お前みたいなクズに失う物など無いじゃないか。さっさとやってみなよ。まぁ、本当にできないのかもしれないけど! なんせクズだから! アハハハ!」
騎士の男が、俺の様子を見て嬉しそうに罵倒してくる。さっきから何なんだコイツは、おれになんか恨みでもあるのか。
……そんなに言うなら抜いてやるよ。どうせなんの目的もねぇんだ。恥なんて知ったことか。俺は剣に手を伸ばし立ち上がった。
「ふん、ようやくやる気になったか。……ん?」
「おお、これは……」
「痣が光っている!」
すると、周りに集まっていた奴らが俺の顔をみて次々に驚きの声を上げた。何やらこめかみの辺りに熱を感じるが、そんなことは気にしない。俺は手に取った剣を力任せに引き抜いた。
シャリィイイン!!
そんな音を立てて剣は鞘から抜けたのだった。俺が剣を高く掲げると、剣は眩いばかりの閃光を発する。しばらくすると、それも収まり、手元には美しい刃を持つ長剣があった。
「す、素晴らしい……」
周りを囲む文官達がざわめいている。俺も鞘から抜けたことの驚きも束の間で、その剣のあまりの美しさに見惚れてしまった。
「ついに現れたか、勇者よ!」
王も立ち上がって、この時を待ち侘びたと言わんばかりに、声を張り上げて言った。
「な、な……ありえない……!」
騎士の男はというと、何故かものすごく悔しがっている。歯ぎしりさえ聞こえてきそうだ。なんだかちょっとスッキリした気分だ。
そして俺は、静かに王の前に向き直った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そんなはずはない、ありえない!
カイルは焦っていた。歯ぎしりが止まらないほどに。
ソイが剣を抜くことは想定外だったのだ。あいつには元々特別目立った才能はなかったし、今回だって抜くことは叶わず、恥を掻くだけに違いないと思っていたのだ。
そもそも、カイル自身も一度鞘から剣を抜くことを試している。その時、彼に抜くことは出来なかった。だからこそ、怒りが湧いてくる。
(何故あいつが選ばれる……! あんななんの取り柄も無いクズに、社会の底辺に!! 僕のほうが相応しいのに、才能も、地位も、その全てが!)
カイルはソイの方を睨みつけるようにして見た。すると少し目が合う。彼の目は、カイル自身を蔑んでいるように感じられた。カイルには、それが腹立たしかった。
そうだ、皆に分からせてやればいい。コイツは結局なんの才能も持たない路傍の石なのだと。自分こそが真の才ある者なのだと。こいつをこの場で打ち負かせば、皆気付くはずだ。
そう思ったカイルは、ソイと話す王にある提案をした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「選ばれし勇者よ、よくぞ参った! 朕はこのアストリア王国の王、ヴィシャス・アストリアである。その剣は500年あまり、誰も抜くことが出来なかった聖剣だ。もはやそなたが勇者であることは誰もが確信しているであろう!」
王にそう言われるが、実感が沸かない。
――――俺が勇者?
俺が知る勇者とは、おとぎ話でしか聞いたことのない、伝説の英雄である。それに自分が急になったと言われても、信じられる筈もなかった。
「急に勇者云々言われても、俺には何をすればいいかわからないぞ」
それに、なぜ今勇者が必要とされているのか。それすらまだ聞かされていない。だから俺がそう言うと、王は少し思案顔になって、何かを思い出したように言った。
「おお、そうであったな。勇者よ、東の大陸に魔族の国があるのは知っておろうな?」
それは人であれば誰でも知っているような事だ。おとぎ話に出てくる魔王の帝国そのものだからだ。
魔王が居なくなってからは、魔族のそれぞれの部族の代表が定期的に会合を開き、統治しているという話を聞いたことがある。
俺が頷くと、再び王が口を開いた。
「その魔族の国で、新たな魔王が生まれたようだ。そなたが初耳なのも当然だ。民にはまだ知らせていない……、余計な混乱は避けたいのでな」
想定はしていたが、やはり魔王なのか。その魔王を……、まさか。
「そうだ。そなたがその魔王を討伐するのだ。なに、案ずるな。その聖剣には莫大な力が秘められている。必ずそなたの助けになるであろう」
魔王討伐、俺に出来るだろうか。別に聖剣を持ったからといって強くなった気はしないし、何より急に言われても覚悟なんか出来ない。正直、ここから逃げ出したかった。
「魔王討伐とは言っても、勇者が現れたことを大々的に宣伝するわけにはいかんでな、討伐というより暗殺ということになるだろうか」
「簡単に言うが、俺に実力なんかないぞ」
「分かっている。大々的な宣伝をしないのはそのためだ。国にはおそらく魔王の手先が潜伏しているだろうからな。準備の整わぬ内に狙われては困るだろう。そなたには、これより各地を周り実力をつけて貰う」
「各地を周るって、旅費とかどうすんだよ。俺には金なんかねぇぞ」
「それについても心配は要らない。勇者であるそなたには特権を付与しようと考えている。して、その詳しい内容だが……」
そうして目的と今後について話が進んでいったが、それを遮る者がいた。
「王よ! ご提案があるのですが!」
さっき悔しそうにしていた騎士の男だ。いったい何をしようと言うのか。俺が訝しげに見ていると、王がそれに反応する。
「どうしたと言うのだ、バートン卿よ」
「その者が言うとおり、その者の実力には疑問を感じます! 模擬戦で確認させていただきたく思います! ここで実力を確認しておけば、今後の予定にも活かせると考えているのですが、どうでしょう?」
何故そうなる。実力はないと自分でも分かっているし、そう言っている。確認する必要が何処にある。しかし、それに王は納得したように、頷いた。
「それもそうであるな。では、騎士修練場が近くにあるだろう。そこで模擬戦をするとしよう。もちろん朕も観戦させてもらおう」
そういうことで、その騎士の男と、模擬戦をすることになったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
修練場に着くと、すみやかに準備が始まる。その間、俺たちにはルール説明がされた。
「フン、ハンデでその聖剣、使ってもいいよ。実力差がありすぎるだろうからね」
随分とナメられている。やはりこいつ、分かっててやっているな。
ルールはというと、刃を引いた剣を使い、相手を降参させるか、相手の背中を地面につけると勝利という、簡単なものだ。
騎士の男は相当余裕があるのか、聖剣を使ってもいいと言うが。
「じゃあ、始めようか。君みたいな雑魚に負けるわけがないけど、せいぜい頑張りたまえ」
「ちょっと待ってくれ」
騎士の男がそのまま始めようとするが、俺はそれに待ったを掛ける。
「ん? どうしたんだい? びびってしまったのなら、そのまま降参してもいいんだよ」
愉快そうに騎士の男は言う。確認するのにそれじゃ意味ないだろ、そうでは無くて。
「お前、いい加減名乗るぐらいしたらどうなんだ。お前は俺を知っているのか? 見ず知らずの奴に好き勝手言われて、流石に不快にもほどがある」
俺が睨みながらそう言うと、騎士の男は更に愉悦を滲ませた声で言った。
「あれぇ、見ず知らずとは悲しいねぇ、僕達は友達だったじゃないか」
「……どういうことだ」
俺が不思議に思い尋ねると、騎士の男は頭の装備をを外した。俺は心臓が止まるような感覚に包まれた。そこにあった顔は。
「カイル……」
「久しぶりだねぇ、親友?」
俺を裏切ったアイツの、喜色に満ちた顔だった。