へびの恩返し
核戦争の果てに、多くの種族が絶滅した。僅かに残ったのは人類とゴキブリような昆虫類。しかし、それらももはや絶滅の危機にあった。ただひとつ、放射能汚染により大量発生したへび類たちをのぞいては……。
男が独り、何も無い荒んだ地面を歩いていく。虫や人、動物の死骸、壊れた看板や木々たちはみな土の下に埋まっており、わずかに吹く風が時折その姿をむき出しにしていっては再び砂の中に隠してしまう。
男は空腹だった。もう何日も飲食せずにどこへいくともなく彷徨いあるいていたからだ。ふと見ると、少し先のほうで何かが動いている気配がした。確かめてみると、それは一匹のへびであった。それは土の中に半分埋まった木々の間に挟まって、動けない状態である。
男はこれで食い物にありつけるとホッとした。彼は自分のボロボロになったスカーフを結んで袋を作り、砂に埋まった小枝をそっと動かして、飛び出そうとしたへびの頭を素早くおさえ、スカーフの中へと押し込んだ。
男は火を起こせる場所を探していた。しばらく歩いていると、彼は焚き火の跡を見つけた。すぐ横には男が二人、行き倒れていた。その死体の所々には小さな傷が無数にあり、まるで多数の獣に食いちぎられたようなありさまだった。どくどくと流れ出た血と、腐乱し始めた独特のにおいが男の鼻先から頭の奥までツンと通り抜けていく。
ふとみると、その死体のすぐわきに大きなズタ袋があるのに気がついた。中にはカンパン、ビスケット、わずかな缶詰などが入っていた。男はそれを見ると、我を忘れてそれらを食い荒らしていた。それはもう一心不乱に。
男はしばらくボーっとしていたが、思い出したように腰に巻きつけていたスカーフを取り出すと、先ほど捕まえたへびを、わずかにはえた草めがけて放り投げ
「運のいい奴だな。今回は見逃してやる。せいぜい長生きしろよ」
といい、再び歩き出した。へびはそんな彼の後姿をじっとみつめていた。
わずかに生き残った人間にとって、食料不足は一番の問題である。そこで人々は核のもたらした化学反応の末、異常繁殖したへびに目をつけた。生きるためには仕方が無い。人々は次々にへびを捕獲し、自らの食料としていった。
「このままではへび類は滅んでしまう。何とかしなければ……」
へびたちは人間と戦うことにした。きっと人間は自分たちを皆殺しにしてしまうだろう。生かしておいては危険だ。全滅させられる前に、人間たちを殺してしまおう、へび類はそう考えた。
一方男はとても不安でいっぱいだった。もうずっと長い間歩き続けているはずが、人っ子一人にも出会うことがないからだ。彼はなにかとんでもないことが起こっているような気がしてとても怖かった。
何度目かの夜。
男は死体から剥ぎ取った衣服で作った布団で体を包み、眠っていた。すると足元でカサカサと物音がする。不思議に思って辺りを見回した。
「誰だ! そこに誰かいるのか!」
カサカサとした物音がやがて男の体を取り囲むように大きく近づいてくる。彼は怯えた。しばらくすると物音はやみ、辺りには静けさが戻ってきた。
しかし、まわりのあちこちから視線を感じたので、男はもう一度目を凝らして、辺りを見回した。
「うわぁああ!!」
男は突然大声を出した。へびの集団がぐるりと彼を取り囲んでいたからだ。何十、いや何百匹ものへびが男をいっせいに見つめているのだ。無理もない。逃げることも出来ず、男は頭を抱えてうずくまり震えていた。すると、彼の脳内に声が響いてきた。へびがテレパシーを送ってきたのだ。
「人間は危険だ。我々の仲間を沢山殺してきた。だから我々は自らを守るために人間を一人残らず絶滅させたのだ。生きているのはもうお前だけだ。殺してもいいが、お前には借りがある。だから命だけは見逃してやろう。ただし、もしお前がこれから先、我々の仲間を一匹でも殺したりいじめたりしたら、お前を殺す。わかったな」
気がつくと、声もへびの集団も消えていた。ただ暗闇に静けさだけが漂っていた。
朝が来ると、男はまた歩き出して、手に入るかわからないわずかな食料を求めてただ黙々と歩き続けていた。時折、彼の足元に一匹のへびが彼をあざ笑うかのように絡み付いているのを見つけても、男はそれを捕まえる勇気が無かった。
ただただ男はどこまでも広い大地を、独り彷徨い歩いていた。




