貴族様との戦闘準備
そうして、朝食後すぐの訓練時間。俺の学校で言えば一時限目に当たる、この三年生だからと増えた自主練に充てられた時間に、早速例の貴族様と模擬戦を行うことになった。
あの後、図星を突かれたのか、貴族様は顔を真っ赤にしながらも冷静なフリをした怒りを抑えた声で、次の自主練にこうして戦うことを約束してきた。
まあさすがの俺も、あそこまで煽っておいて従来の予定通り訓練を休むなんてこと出来るはずもない。
……まあ俺個人はそうしても良いと思ったんだけど……もしそうすると、次は部屋の中でずっと後悔のようなものが身体の中に渦巻きそうな予感がしたのだ。
リフィアの心が俺を突き動かしている状態、とでも言えば良いのか。
心は記憶にだけ残るものだと思っていたが、どうやら身体にも残る代物だったようだ。
胸を見ても興奮しないのは持ち主の心のせいだなんて予測を立てたが、コレは当たっていると見て間違いないだろう。
さっきの時だってそうだ。
ずっと「怒っているのに頭の中は冷静な状態」が続いていた。
コレは記憶が俺で身体はリフィア・だけど心は俺と彼女の両方が存在しているせいだろう。
しかも身体に染み付いた心が残っているせいで、この身体を扱う以上はどうしても元々居たリフィアの心が優先されてしまっている。
全て物語で有り得そうなことの受け売りをそれっぽく並べただけだが、きっと「当たらずとも遠からず」に違いない。
こうして戦闘訓練の準備をしている今も妙に落ち着いていられるのが、その証左だ。
「……これ、か」
女性騎士が準備するための更衣室兼控え室に備え付けられている武器を手に取り、納得の言葉を上げる。
剣・槍・弓・棒など、様々な武器が準備されていたが、この武器が最も身体にしっくりと来た。
オーソドックスな長剣と同じ間合いを誇りながらも、刀身を細くし・フェンシングで使うサーブルのように撓る。
鍔迫り合いをすればあっさりと折れてしまいそうなその武器を持ち上げた瞬間に、手に馴染んでいるような・握り慣れているような感覚が、掌に訪れた。こういった面でも大いに助かっている。
やはり戦い慣れていない俺が、リフィア(元々の身体の持ち主)の援護なしに戦うなんて不可能だ。
……それにしてもこの武器、本当に訓練用か……? 軽いのはきっとその細い刀身のおかげだろうが、射し込む朝陽に当ててみれば、そこにはしっかりと刃があるように見える。
これ……相手を殺す可能性、十分にあるよね……?
「リ、リフィアさん……」
と、勝負することになった俺を心配してか、付いてきてくれたマリンが不安げな声をかけてきた。
「その……わたし、あそこで何も言えなくて……ごめんなさい」
「謝る必要なんてどこにも無いと思うけど? それよりも、学科が違わなかったっけ?」
騎士学校、と一括りにしても、何も剣ばかりを教える訳じゃない。
集団での戦いを想定する以上、そこには明確な役割分担が存在し、それを学科という形で別けることで、それぞれのプロフェッショナルを育て上げている。
リフィアやこれから戦うことになっている貴族は『剣騎士科』だが、学科を教えてくれたマリンは『弓騎士科』だったはずだ。
訓練という“授業”である以上、学科によって時間割が違うものだと思っていたが……。
「三年生になったら、朝食の後は、自主訓練ばかりだから……先生は、確かにいるけど、生徒に申し込まれた戦闘訓練に向かってたり、一年生の基礎体力訓練とか、二年生の学科基礎訓練に割かれたりして……余裕が無くて……」
「なるほど」
どこにでもある教師不足ってやつか。ま、ココでサボるような奴は、そもそも騎士なんていう誉れ高いものを目指すはずがない、という考えもあるのだろうが。
「だから、この控え室も他に人がいないって訳か」
女性騎士専用更衣室兼控え室と言うのなら、他にも生徒がいてもおかしくないはずなのに、今この場にいるのは俺と彼女だけだ。おかしいと思わない方が異常だろう。
ちなみにだが、男性の場合は学科ごとにちゃんと同じような部屋があるのだそうな。
女性はそもそも絶対数が少ないからか、全四学科が共同で使うここしかないのだそうだ。広さは一番あるみたいだけど。
「皆、リフィアさんの戦いに、注目してる」
「昨日魔物を倒した人の実力を見たいから、ってこと?」
「…………」
無言で、コクリ、と頷く。
しかし生憎と、これから戦うのはその本人じゃないんだけどな~……なんだか申し訳ない気持ちがある。
「そこまで期待して欲しく無いんだけど……」
「で、でも、リフィアさん、余裕だもんね?」
「どこが?」
「だ、だっていつも持ち歩いてる武器じゃなくて、控え室にある武器使うんだもん」
「……………………まあ、ね」
ま さ か の 専 用 武 器 。
あ~……そっか~……部屋か~……!
場所的にはベッドの下とかかな~……! そこだけちゃんと確認しなかったもんな~!
あ~! 抜かった!!
……これ、実は結構ヤバ目じゃない?
「でもこれ、刃とか大丈夫?」
「? ちゃんと、付いてると思いますけど……」
「じゃなくて、付いてると相手を殺しちゃわないかってこと」
「?? だって、魔法で防がれるし……?」
何を言ってるのか分からない、といった反応に、さすがにこちらが戸惑う。
「…………………………………………いやほら、いつものじゃないから、加減できるかどうかって話で」
という訳で、咄嗟に誤魔化した。
しかし……それってつまり、相手の武器も普通に人を殺せるものが来るって話な訳……ですよね……?
「さ、さすがリフィアさん……! そんな心配を……! でも大丈夫です! いつも扱っているものより、使いまわしているものですし、手入れも適当でしょうから、それはないと思いますよ!」
尊敬の眼差して見てくるマリンを尻目に、俺はそりゃもう大量の冷や汗を背中に流していた。