威張り散らした貴族様
右目側だけを隠すように伸びた長い前髪と……と…………いや、それしか特徴がない男子だった。
ここが本当に騎士の学校なのかどうかを疑うレベルの体躯。
確かに現実世界の俺よりは圧倒的に良いし、弱小野球部のエースよりも鍛えられているのは分かる。が、これで武器を振り回せる程の筋肉が本当にあるのかどうかと思わせる。
しかし、それを言い出すとこの身体の持ち主も同様か。
女性特有のしなやかさしかなく、触った感じ胸の膨らみもなければ筋肉もなかった。……とはいえ、俺は人の身体を触っただけでそういうことが分かる程の知識があるわけではないけど。
全ては物語の受け売りだ。そんなジムのトレーナーのような特技、あるはずがない。
だからただの俺の勘違いか、もしくは扱う武器が俺の思っているものより軽かったりするのだろう。
案外、あまり筋肉を使わず、重心の移動だけで武器を振るえたりするのかもしれない。
「我が名はナーディアード・カディナッツォ。名誉あるカディナッツォ家の次男であるぞ」
名誉ある……ということは、さっきチラりと出てきた貴族というやつか。
なるほど。物語の中の典型的なダメ貴族オーラが溢れている。ザ・貴族って感じだ。
服も、なんかこの身体が着ているのとは違っていて素材が良さそうな感じがする。
つまり……良く分からない……!
「……おい、何を腕を組んで頷いている」
「いや別に。それより何か用? ご飯くれるの?」
「はんっ。どうして平民なんぞに俺の食事を別けてやらねばなるまい? これから頂く食事は、偉大たる俺が今日一日しっかりと活動するための栄養源だぞ」
ファサっと、右目を隠す前髪を軽く指で払う。
「その前髪邪魔なら切れば?」
「くくくっ……このセンスが分からぬとは、所詮貴様も平民だな」
え? これってこの世界の貴族にとってファッションリーダーなの? ダッサ。
「まあ、そんなお前でも俺の下に付いて俺の庇護を受け、俺を立てて俺を守るために動くというのなら、認めてやらんこともないぞ?」
「あ、間に合ってますんで」
食事は増やしたいが、他人の身体で人間関係は極力コジらせたくない。だからマリンにも記憶が混乱していることを誰にも言わないで欲しいとお願いしたのだし。
ちなみにそのマリンはと言えば、俺を挟んで立っているこの貴族様を見上げ、ビクビクと震えている。
「ふんっ。ま、貴様ならそう言うだろうな。知っていたさ。リフィア」
なんだコイツ? もしかして、元の身体の知り合いか……? いきなり名乗ったからてっきり知り合いでも何でもないと思っていたが……。
う~ん……だとしたらリフィアってのは、ロクな知り合いを作らない奴、ってことになる。
「お前はいつも俺の言葉を無視し、独りでずっと素振りばかりしている女だった。いつでも俺の元に来れば訓練相手や場所に困ること無く、授業でも分からぬところを教えてくれる友を用意してやると言うのにな」
「あ~、良かった」
「あ? 何がだ?」
「おっと」
コレと知り合いですらないことの安堵が、つい口から漏れてしまった。
「いや別に。お気になさらず」
「ふふっ……そうか。なるほどなるほど……今お前はこう考えているな? 今俺がこの話をするということは、また誘ってもらえると。それを受ける機会がやっと巡ってきたら良かったと、そう言ってるのだろう?」
なんだコイツの思考。ついさっき間に合ってますって断ったばっかなのに。
「だが残念だな。これはお前を断るための言葉だっ!」
……うん……ちょっと叫ぶのは止めて欲しい。スープに唾が入ったらどうするつもりなんだ、この貴族は。
「無様に這い蹲っている姿を見たかったが……まあ、今回はコレで勘弁してやろう」
あれ? なんか俺、一度入りたがったことになってる?
「そもそも、嘘をついて名声を得ようとするお前を、俺が入れると思っているのかっ!」
「……嘘?」
「ああ。お前が昨日、学内に侵入した魔物を殺したという話だ!」
その言葉を受け、マリンがビクりと一際大きく体を揺らした。
……なるほど。この貴族様がこういうことを言いに来ることを知っていて、彼女は怯えていたのか。
リフィアが記憶を混乱させた原因ってことになってるからな~……何かしらの影響が出るかもと思っていたのだろう。
ということはこの子も、決してこの貴族には怯えていないということで……。
「ずっと隅っこで素振りばかりして碌に戦闘訓練も積んでいないお前が、魔物を一人で倒せるはずがない。だからと言ってお前みたいな根暗が、誰かと協力して倒せるはずもない。そういった話も聞かない。なら後は、お前が有名になりたいがためについた嘘だということになるだろう?」
「…………」
なるだろう、って言われてもな~……実際その可能性があるからと言って何だというのだろうか。
俺が本当に戦って倒した訳じゃないし、俺にとってリフィアが友人という訳でもない以上、嘘だと囃し立てられても何も感じない。
だから反論せず、黙々とパンをちぎって食べている――
――その目の前に置かれたトレーを、貴族様は思いっきり払い飛ばした。