食堂の風景
広い空間だった。
俺の世界でいう体育館ぐらいの広さはあるだろうか? ちょうど舞台と同じぐらいの広さが丸々厨房になっているような感じだ。これならこの食堂で運動することだって出来るだろう。……実際は大量の長机と椅子があるので中々難しいだろうが。
「しょ、食事は、事前に決められたものが準備されてるから、トレーを受け取って、好きな席で食べれば良いから……」
「なるほど」
その言葉通り厨房前に移動してトレーを受け取り、前を歩くマリンの後に続いて一脚の長机へと向かう。
中央の席では朝からテンションの高い賑やかな生徒が元気よくはしゃいでいる。
ここは男女共用だからか、さっきまでの物静かな廊下とは一線を画しているような気がする。
……が、席に向かう途中俺とすれ違った男子生徒がこちらをチラりと見た途端、空気が変わってきた。
噂話が広まる過程を見せられたかのように、ヒソヒソとした話し声が部屋全体に次々と広まっていく。
一人は二人になり、二人が四人になり、四人が八人になり……遂には、食堂全体がこちらをチラチラと見ながら、何かを話し始めるまでになった。伝染病よりも早い広まり方だ。
「……いつもこんなもん?」
「今日は、その……特別、っていうか……」
この空気を敏感に察してだろう。マリンは気を遣って隅っこの席についてくれた。
最も、俺の存在がここまで広まってしまった後では、あまり意味が無いだろうが。
「特別?」
「……リフィアさんが、今みたいになった、原因がね……」
今みたいに……俺が入ったことか!?
って、そうじゃないか。
昨夜リフィアが魔物を殺した、の部分か。
リフィア自身がどれだけ強いのかなんて分かりはしないが、この反応を見る限り、魔物を一人で倒したということは相当スゴいことなのだろう。……まあ、元々この子自身がちゃんとコミュニケーションを取っていなかったのもあるだろうが。
向けられる視線が尊敬ではなく恐怖に近いのは、きっとそういうことだ。
俺達の世界で例えるなら、根暗でいつも教室に独りでいるような奴が突然出てきたゴキブリを倒した、ようなもの……ではない、か……魔物はゴキブリと例えるほど弱くはないだろうし。
とはいえここで、バカ正直に「魔物を倒すのはそんなにスゴいことなの?」なんて疑問を口にしてはいけない。
人によっては嫌味に聞こえるし、そうでなくても魔物が脅威とされている世界でそんなザコを相手にするようなことを言えば、余計に周りから距離を置かれてしまう。
さすがに、今日だけかもしれない相手とはいえ、傍に居てくれてるマリンにまで風評被害がいくのはよろしくない。
「そう。じゃあ仕方ないか」
だからサラりとそう流し、気にしていない風を装って、持ってきた朝食に手を付ける。
メニューは斜め切りにされた食パンと、少量の野菜が入ったスープ。それと水だけだ。
これから運動するであろう身体にこれだけの物しか入れられないとは……いつか身体を壊しそうだ。
「ん……?」
と、こちらを見ている斜め向かいのテーブル席に座る男の食事が目に留まる。
食パンは焦げ目が付くほどトーストされており、スープも別テーブルのこちらから見ても分かるほど野菜がゴロゴロと入っている。その上さらに一品としてアスパラガスで巻いた肉のようなものが追加されており、飲み物だって水ではなくティーカップに入った紅茶だ。
心なしかトレーや食器類までキレイに見えてくる。
「なんか、あっちの男のメニュー、やたら豪華じゃない?」
「やたら……? あ、えと、え~っと……ああ、アレ。だってアレは、その、貴族様のだから」
俺の言葉に引っ掛かりを覚えたようだったが、言及はせず説明を続けてくれる。
「この学校はそもそも、わたしやリフィアさんのような平民と、貴族様が一緒に暮らす場所なので……」
「一緒に? だから食事内容は別?」
だから、と繋げることに違和感はあるが。
「今の御時世に、学校の運営費を出してくれてるからとかで……ただ、その額も年々減ってきているそうで……国からのお金だけでは無理だから、仕方ないんですが……。でもその、だからそれで、朝食だけは、平民は量や質が落ちてしまうようにって……」
「朝食だけってことは、昼食と夕食は違うってこと?」
「じゅ、授業を受ければ……それでも、やっぱり、同じ料理と量になるってだけで……その……」
この野菜スープみたいにはなる、ってことか……。
……ま、スポンサーの子供ってんなら仕方がない。
ただ文句を言いたいのは、朝食の量を減らしていることだ。
朝と昼をしっかり食べさせ、夜を質素にしてくれたほうが、きっと身体を動かす方も身に入る――
「――今、なんて?」
「え? っと……何が……?」
「授業を受ければ、とかなんとか」
「えと、はい……。騎士になるための訓練をサボった平民に、与える食事は無いだとかで……」
……授業、受けるしかないか……。さすがに今日一日、これだけの量で飢えずに過ごせる自信がない。
いやホント、時代ってのはスゴいね~……病欠した時こそ栄養のあるもの食べないといけないってのに、逆に食事を抜かれるなんて……。
「おいお前!」
少ない量でお腹を膨らませるため、沢山噛むことで少しでも満腹感を満たそうとしているその俺の隣に……威張ったような男の声が頭上から降ってきたのは、そんな時だった。