4 交渉
夢を叶えるのに魔法は絶対に必要である。その魔法を扱うワカメ女との協力は必要不可欠だったため、俺はワカメと交渉することにした。
交渉の場としてゴブリンの巣は全く適していなかった。巣内はもとから臭かったのだが、大量の焼死体のせいで臭いはさらに酷さが増した。
ゴブリンたちに焼死体を片づけさせている間。俺はワカメを外に連れ出すことにした。
外はまだ日が照らしていた。俺が襲われたのは日の出間もない頃だったから時間はあまりたってないようだったが、長い間巣内にいたような気がした。どこで話そうか思案していると、椅子と机をゴブリンたちが持ってきて並べ始めた。奴らも気を回すのかと感心した、用意された椅子は座るとガタガタ言うような粗悪なものだが、気になるほどではなかった。
やっと交渉を始めれると思ったが、あることに気づいた俺は着ていたローブを脱いだ。
「どうしたの、急に脱ぎだして」
「これを着ろ」
俺は脱いだローブをワカメに手渡した
「え、あ・・ありがとう」
「礼には及ばん」
ワカメは少し頬を赤らめた。やっと自分の恰好が恥ずかしいことだと気づいたのだろう。外の気温は低かったが、半裸で交渉されるとこっちの気が散る。だから、多少の寒さは我慢することにした。
「そういえば、名前を聞いていなかったな。俺の名前はレイン=ゴドン、レインと呼んでくれ。お前は?」
「私はイブキ=マリン、イブキかマリン、好きな方で呼んで」
「了解だ。じゃあワカメ」
ワカメの表情が一瞬、豹変したのを俺は見逃さなかった。
「はう!」
突然脛に激痛がはしった。脛を見てみると赤く腫れあがっていた。どうやらワカメの怒りをかったらしい。
「いい声で泣くわね~どう?もう一発くらいたい?」
笑顔で微笑んでいるが、あふれ出る殺意が肌を刺すように痛い。
「いや、遠慮しておこう。ではイブキなぜ俺たちの世界にきた?」
「意外ね・・てっきり魔法のことを聞いてくるかと思ったのに」
「理由なんかないよ。しいて言うなら。たまたまそっちの方が気になっただけさ」
ちゃんとした実は理由ならある。魔法とは強大な力である。彼女がタダで教えてくれるとはおもえなかった。
なにかしらの対価を求めてくるだろう。だが俺が彼女に渡せる対価とよべるものはこの世界の情報しかなかった。彼女にとって初めて来たこの世界の文化、地形などの情報は対価としての価値はあると踏んでいる。だがどの情報が彼女にとって有益であるかはわからなかった。もし彼女の目的がこの世界の植物だけだとする。そんな彼女にこの世界の文化の情報をあたえても彼女は満足しないだろう。そのためにまず彼女の来た目的をきくことにした。
王の威光を使って話をさせてもよかったが、魔法という未知の力を持っている相手にやるのは愚策だろう。祝福のような特殊能力を無効化にする魔法を持っているかもしれないからだ。警戒するに越したことはないが、最終的に頼ることになるかもしれないことを頭に入れていた。
「なるほどね。じゃあ私がこの世界に来た理由それは」
はたして目的はなんだろうか?宣教師のようにタダで魔法を教えにきたとかならかなり楽なのだが、まぁその可能性はないだろう。魔法の中で異世界転移の魔法がどの程度の代物なのかはわからないが、おそらくかなり価値の高いものだろう。人が遠くに行くのには準備が必要である。距離が遠くなるのに比例して準備に必要なものやそれにかかる費用も大きくなる、ましてや異世界転移だ。おそらく膨大の準備と費用がかかるだろう。それなのにタダで魔法を教えるというのは、人がいいとか言うレベルを超えてただのバカである。
「魔法を広めにきたの」
「・・・はぁ?」
「はぁ?ってなによ」
しまった交渉相手を怒らせるのはまずい。
「いや、すまない少し驚いただけだ。教えるのにもちろん金をとるよな」
「いや、タダよ」
「・・・はぁ?」
どうやら俺の交渉相手はバカだったようだ。
「本気でいってるのか?冗談とかじゃなくて?」
「冗談なんかじゃない、大真面目よ」
いや大真面目じゃなく、大馬鹿だろう。
「こっちに来るのに費用とか準備は大変じゃなかったのか?」
「すごい大変だったわよ。それに、転移するのに必要なものがあっちの世界にしかないのもあったろうし、たぶんもうあっちには帰れないわね」
イブキの表情に故郷が寂しいだとか後悔とかは全くなかった。
「だったらなぜ?そんなに苦労したのに」
「私はね、英雄になりたいの、絵本とか小説とかに出てるようなね、でも私の世界では到底なれそうもなかった、私も結構すごいけど上には上がいるからね」
同じ夢を持つのは好感は持てたが、なんだかこいつの顔を無性に殴りたくなった。
「だから魔法のないここでなら、私は魔法をもたらした英雄になれると思ったてわけ、どう?この完璧な計画、すごいでしょ?」
どや顔するイブキ。
タダで教えるといった時は裏があると思ったが、どうやら、イブキは本気で自分の計画を実行するためにこの世界に来ただけで他に理由はなさそうだ。だが他の奴らにも魔法を教えられるのは困る。魔法という奇跡は俺が独占したい。
「なるほどな、だがそれには重大な欠陥がある。はっきりいてお前は絶対に英雄になれない」
「はぁ?私の完璧な計画にどんな欠陥があるのよ!」
顔を真っ赤にして怒るイブキ。
よし、ノッてきた。
「まず、お前が魔法を広めるとしよう。すると、すぐにその国の王にまで噂が届くだろう。その後、お前は王宮に召喚され、王にこう言われるだろう”どうか我々に魔法について話をしてほしい”と、それで、お前はどうする?」
相手が暇にならないようにちゃんと話をふってやる、途中で飽きて話を聞くのをやめられては困る
「もちろん教えるわ、別に断る理由もないし、断ったらなにされるかわからないしね」
「ではお前は王に魔法を教える。そして、教え終わってすぐにお前は処刑されるだろう」
表情が曇るイブキ
「どうしてそうなるのよ!」
相手の関心は上々、身を乗り出し食い入るように話を聞いている
「話を聞いた王はこう考えるだろう、魔法を他国に広まらせずに独占したいと、この考えには必ず至る、なんせ魔法はこの世界にない物。いわば新技術だ。それを独占すれば他の国より優位にたてるからな、ではここで問題、魔法のことはすでに聞き出し、もはや用済みになった他国に技術を漏らす可能性のある女を技術を独占したい王はどうするだろうな?」
「他の国に他言されないように処刑する・・・」
「正解!そして、お前は”残念!君の冒険はここで終わってしまった”だ
まぁ処刑されずに魔法を広める方法もあるが、お前が英雄と呼ばれるのは難しいな」
計画をつぶされ動揺する相手。勝負するならここだろう。
「だがお前には確実に英雄になれる唯一の選択肢がある、俺に魔法を教えろ、俺が国をつくり王となってお前を英雄にしてやる」
「あんたが王様?なれるわけないじゃない」
鼻で笑うイブキ。いきなりこんな話をされたら誰だってそうするだろう。
体に力が入る。俺の夢の運命はここで決まる。
「確かに俺だけでは到底なれないだろう、だがお前にはこの世界にない魔法が、俺には限られた人間しか持てない祝福がある、二人が合わされば可能性は十分にある、それに俺には考えがある、考えというのはこうだ・・・」
イブキに俺の考えを話した。おそらくこれがうまくいけば俺が王となりイブキの夢を叶えるのは可能性は少しはでてくるだろう
「なるほど・・確かに可能かもしれないけど、あんたが裏切るかもしれないじゃない」
「確かにお前の言う通りこの考えに問題があるとすれば、俺がお前を裏切らないという保証がないという点、だがらこうするのさ・・・」
王の威光を発動する
<俺、レイン=ゴトンはイブキ=マリンを生きて英雄にできなかった場合、もしくは夢を断念した場合自分の命を絶つ>
「あんた正気?!」
机に身を乗り出すイブキ。夢が叶う可能性は確かに存在するが、かなり低いものだ。それにもかかわらず、目の前の男は文字通りそれに命を懸けると言い出したのだ。驚くのは当然だろう。
「正気さ。これから一生の付き合いになるかもしれないんだ。俺の覚悟を見せないとな」
やれることはやった。あとは祈ることしかできない。
「ひどい男ね。もう答えは一つしかないじゃない・・」
俺の顔をじっと見るイブキ、目つきは少々きついが、美しい顔だなと改めて思った
「あんたの話にのるわ、これからよろしくね」
手を差し伸べるイブキ、安堵と達成感で体が震える。
「ああ、よろしく頼む」
差し出された手を強く握る。大きすぎず小さすぎない優しい女性の手だった。
そして、ずっと確かめたかった物にさわった。
「あの~どうして私の髪を鷲づかむのかな?」
「生きたワカメじゃないのか・・・」
脛に激痛がはしった。