第八話:硝、蒼に煙て。
一気に丘を駆け下りる、眼前に迫る熱風と黒煙を裂きその先にあったのは、まるでSF映画にでも出てくるような歪な形をした人型機械の群れと、その矛先に立ちすくむ人々と半壊した船のような車のようなモノ。
人が機械に襲われている危機的状況であると感じるに、一秒も必要ではなかった。
「スート! やめて、スートを連れて行かないで!」
機械たちは人を率先的に襲っては連れ去ろうとしているようで、きしくもその進行方向に俺たちが居合わせているらしかった。子供を抱えた機械がそのままこちらに向かってやってくる。
判断を聞くまでもなくオルガと安藤が駆け出し、機械の心臓めがけてそれぞれの得物……オルガは槍を、安藤はノコギリ鉈を寸分違わぬ互いに干渉しない位置に叩き付ける。心臓を速攻で潰された機械は崩れさると共に抱えていた子供を放り投げてしまった。
太陽の光に陰る黒点の元へ、奔る。
「あ、っぶねぇ! ──大丈夫か、怪我はしてない?」
「は、はひ!」
思ったよりも随分重い衝撃をなんとか耐えきり、両の腕で受け止めた子供……少年の様子を見る。褐色に白い髪をした細身の男の子だった。怯えた感情の藍色が噴出しているが、この状況じゃ仕方がない。こっちは無事だと前線を推し進めるオルガと安藤に叫ぶと、把握したと同一の答えが返ってくる。
船まではそう距離はないが、群がっている機械の数が多い。船の中に人がいるようで無言の同意、現状目の前の人たちを救助することに関しては言葉も必要ではなかった。
「おおおおお兄さん! 上! 上!」
「上!?」
少年に言われて上からの殺気と風圧にようやく気が付く、光の中に見えた黒点は大きく俺は少年を抱えたまま地面を蹴る。刹那の後に背後に吹き荒れる圧は、その黒点が相応の質量を持っていることを暗に示していた。
周囲に雑魚がいないことを見てから少年をいったん下ろし、圧の原因であるその黒点へバゼラードを鞘から引き抜く。
「……逃がしてくれるほど甘くはなさそうだな」
人よりも一回りほど大きな背にさび付いた甲冑、背からガラスのような不気味な翅を付けているあたり他の機械とは何か違う空気がある。だがそれ以上に向けられているドス黒い殺気は、みしみしと此方の精神をむしばんでいく感覚にすら陥ってしまう。
機械、なのだろうか。否、そんなことよりも敵は此方を向いている、オルガと安藤は船の救助で手一杯、
つまるところ、俺一人だ。
「あいつが敵の頭です! え、っとあ、あ、あの、僕、援護します! 足は引っ張りません!」
「分かった、巻き込まれない程度にお願い」
背に立つ少年は凛々しく声を張り上げる、その言葉に俺は安堵もしながらも気を引き締めよう。敵の頭なら、倒せなくても足止めする価値も理由もある。
現にこちらに向けて殺気を放っているのだ、無茶振りだ、でもやるしかないのなら。
「行くぞ!」
「はい!」
押し通すしかないに決まっている!
「──敵意確認、IRREGULAR、削除、削除、削除……」
翅機械がこちらに向けて動き出す前に懐に潜り込み、機械と機械の隙間を剣を穿つようにつま先から剣先まで一本になるように一閃を放つ。
当然、回避され翅機械はその両脚を振り回すように蹴りを入れてくるが、風の流れの通りに体をひねればかすることもない。捻った回転に体を任せ、一瞬の地から身体が離れるぐらいの勢いで剣を食い込ませる。
捻じ込む勢いが足りなかったのか、剣は弾かれてしまう。その隙に割り込んで翅機械が右腕に設置されていたらしい刃を抉り出してくる、剣が弾かれた重みに体を任せて回避はするも、わき腹を少し掠めていく。
「ッ……!」
電撃が走るかのような痛み、どろりと溶けていくような感触は瞬間的に心臓を締め付けるには十分すぎた。
地面に落ちかけた体を何とか仕込まれた受け身で衝撃からは守るも、翅機械はこちらに完全にロックオンしたのか優先順位が上がってしまったのか、刃がまだまだ振り下ろされてくる。
不気味な赤い眼光に竦みながらも、剣でその刃を受けとめる。びりびりと衝撃で腕がしびれて押し負けそうになるけれど、切羽詰まるほどの時間はなく、翅機械は不自然な挙動で動きを止め、その大きな体を仰け反るように持ち上げた。
「お兄さん!」
少年の声と光の反射で疑問は蒸発する。翅機械は少年が手繰るワイヤーのようなもので動きを鈍らせているのだ。
「せいやぁ!!」
立て直した体をバネのように使い、剣での一閃はバキリと音を立て、翅機械の首元が砕ける音が骨を通じて喉まで響く。
ガコガコとさながら歯車のかみ合わせが狂ったように翅機械は頭部をこちらに向けて、睨みつけてきたような感じがした。
思わず身を引きたくなるが翅機械の背後から「そのまま止まって!」と少年の声が聞こえる。この場に縫い付ければいいのだと判断し、剣をそのまま押し込むように力を籠めていく。ミシミシと脚が悲鳴を上げている、でもそれ以上にから回る熱は、痛みですらも脳に届かせることはない。
「捕まえ──た!」
少年の声と共に翅機械の足元からうねりを持った金属の糸のようなものが飛び出してくる。
巻き込まれないようにバックステップを取れば、後の視界に見えたのは金属の糸で動きを封じ込まれた翅機械の姿だ。
糸が突き抜けるような感覚が心の臓を駆け抜けていく、思考よりも先に足は動き出していた。
踏みしめる草原の土とわずかな己の血の臭い、風は背を押し、腕は大きく振りかぶって。
「終われ!」
翅機械の胸の中心に露出した、赤い赤い心臓へと剣は振り下ろされた。