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第四話:これからのこと。

「本当は玉露でも出したかったんだけど丁度切らしていてね、紅茶アールグレイでも大丈夫かい?」

「あ、はい。大丈夫です……」


 オーナーさんの出してくれたお茶とお菓子は、智花の知る紅茶とお茶請けそのままのものだった。

 綺麗な白いティーカップに注がれた紅茶を恐る恐る口にする、よく知っているアールグレイの強い香りが届いてどことなくほっとする。アールグレイは基本的にアイスティーで出てくるようなものだけれど、俺はホットのほうが好きだったから余計に、そうだったのかもしれない。


「……知ってる香りだ」

「正解だったようだね」

「え?」

「キミの世界にも売っているものだよ。ほら、黄色いラベルの」

「もしかしてリプトンのアールグレイ、ですか」

「そうそれ」


 通りで安心するわけだ。

 平然と見知ったものが出てきてびっくりはするものの、安心しているのだからもう突っ込まない。

 と、いうよりも。


「驚かないんですね」


 自分は異世界に来ている、しかも多分普通ではない方法で。だが現に目の前のオーナーさんといい安藤といい驚いた様子がひとかけらもないのだ。靄が見えないオーナーさんはともかくとしても、今でも頑張れば見える安藤からはどこか諦めの色すら見えている。

 まるで藤咲智花という人間が此処に来ることも分かっていたかのようだ。

 質問の意図を察知したのか、オーナーさんは感情のよく見えない薄笑いをし微笑んだ。


「世界を飛び越えてしまう、ということはこちらでもよくある話なんだよ。もっとも、鋸鉈くんにとっては日常茶飯事だろうけどね」

 

 聞きたいことは何かあるかい?

 オーナーさんは問う、でも俺からしてみればたくさんのことが起こりすぎていて何を聞けばいいのかも分からない。手短に最近起こったことから問うべきだろうか、今はそうやって順序を立てるしかなさそうだ。


「街の人たちが俺を勇者って言ってましたけど、あれ、なんなんですか?」

「あれは……そうだね。質問を質問で返すようで悪いけれど、キミは勇者と呼ばれてどう思ったかい」

「どう、って……」


 思い出す、街の人たちのあの希望に満ちた顔を。多分悪いことではないのだろう、街の人たちにとっては。

 でも。


「……嫌な感じがしました」


 思わず震えた声を静めるように自分の胸元を掴んで、思ったことを口にする。

 勇者と呼ばれたということは、自分は何かしらの基準で勇者に認められたからそうなっているのだろう。問題はそこじゃない、多分勇者に選ばれることは名誉なことのはずなのに、俺は「思わず逃げた」のだ。直感的に嫌なことが起こると思った、だからあの場から全力で逃げた。

 勇者という役割は、俺がゲームで知る勇者と同じなのだろうか。

 

「キミの勘は至極正しいよ、それに逃げたのも大正解だ。そのまま捕まっていたら取り返しがつかないことになっていただろうね」

「それってどういう」

「捕まったら、キミの記憶が消されていた。キミという大義名分ユウシャを都合よく動かせるようにね」

「そんな……!?」

「アルテマ王家はそういうところなのさ、嘆かわしいことだけれど伝統だからどうにもならない」


 よくやった。オーナーさんは多分そう俺を褒めたのだろう。

 だけれど俺は血の気が引く音すら聞こえて動くことすらできなかった、だって勇者だっていうのに捕まったら記憶を消されていた?

 確かに今まで嫌なことばかりだったけれど、それでも忘れたくない思い出だってある。それを寸でのところで回避出来ていたとはいえなんて末恐ろしい世界なんだ、ファンタジーみたいな場所なのに随分と生々しい。

 

「アルテマ王家の連中はお前を血眼になって探している、勇者として祭り上げるためにな」

「……えげつない場所なんだな」

「世の中どこも肥溜めみたいなものだ、仕方がないだろう」

「じゃあ安藤、お前が俺を助けたのもそういう理由なのか?」

「まさか、人に人生を決められるのは誰だって嫌だろう」


 靄の色を見ても安藤は嘘をついてはいなかった。多分だがこの目の前の二人は俺の味方でいてくれるのだろう、俺が何かをしたりしないかぎりだろうが。


「俺、この先どうしたらいいんだ」

「勇者として名乗り上げてもいいんだぞ」

「それは嫌だ」

「結構、オーナー。どこへ向かうべきだと思う?」


 安藤がオーナーさんに話を振る、オーナーさんはそうだねぇと顎を掻くと懐から丸められた紙を引っ張り出し、テーブルの上に広げて見せた。覗き込むとそれは地図のようで全く見知らぬ土地のことが描かれている、オーナーさんが一つサイコロを持ち出し、一つ地図の上に置いた。


「ここが僕たちのいる都市アルテマだ。現状、智花くんのような迷い人を受け入れている国はかなり少ないけれど……」


 サイコロをすっと滑らせてオーナーさんはある一点の場所を指す。

 森の中に存在するらしいそこを示す言葉が刻まれている。見慣れない言葉なのに、不思議とその文字が読めてしまった。


「アプリカント?」

「絶対中立を掲げている国だよ、ここなら迷い人の受け入れ体制も整っているしアルテマ王家とも繋がりはない、此処に逃げ込めればひとまず安全は確保されるだろうね。……ま、そう心配せずとも大丈夫さ。アプリカントは鋸鉈くんの故郷でもある、彼についていけば間違いはない」


 結局そうなるのかと安藤がため息をついた。

 彼はともかくとしても、俺が生き延びるためにはこの国にとどまることは絶対的に悪手なのだろう。オーナーさんの言う通りアプリカントに向かうしかないらしい。というかごく自然に安藤が案内するみたいな流れになっているが、いいのだろうか。


「目に見えた力もないのに一人で放り出せると思うか?」


 ですよね。

 安藤は至って善意で協力してくれるみたいで安心する。一応はクラスメートだし見知った仲でもあるからか、不思議と心細さだとかは感じない。どうにかならなそうな現状でも、どうにかなると直感が告げている。だから多分大丈夫だ。

 依然として勇者ということに関することが異様に怖いが、今は逃げよう。逃げて逃げて逃げまくろう。

 

「長旅になる、資金は貸してあげるから裏通りでしっかり準備してから行くといい。学生服はこの世界じゃ目立つしね」


 本当に世話になりっぱなしだが、後で何か返せたらなと思うのは少し余裕を気取りすぎだろうか。 

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