タイム・ループ!
風よ!!吹き飛ばせ!いつもと同じような朝、6月13日、私は何時ものように起き、学校に行く。そんなはずだった。
「っ…」
この胸にチクリと刺さる痛みが来るまでは。
私こと東雲 響子は霧屋土魔法学校に通う17歳の特に秀でた長所もないただの学生だ。強いて言うなら得意な魔法は風魔法…だろうか。
ただ、私には恐らく他にはないであろう能力…いや、事象を二年前から持っていた。時間魔法というにはあまりにも限定的で、予知魔法というにはあまりにも役に立たなさすぎるその事象を私は予知夢と名付けている。その予知夢という事象の一つとして私の近くで人為的な事故が起こるとき、その日の朝、目覚めたときに私の胸に痛みが走る。その痛みは規模が大きいほど痛くなるのだがそれ以外のことは何も教えてはくれない。ヒントもない謎解きを渡されたみたいで、私は本当に嫌になる。それに、私の知らない人がその事故に巻き込まれたとしても私は助ける、もしくは解決しなくてはならないのだ。なぜなら…
「ご飯が冷めるから、そろそろ起きなさーい」
二階の自分のベッドで私が一人で嫌な気分になっていると、一階から声が聞こえてきた。お母さんがいつもと同じように起こしにくる。その声で私はベッドから降り、一階に向かった。
一階に向かうと朝ご飯ができていた。お父さんはどうやら先に食べて仕事に行ったらしい。お父さんがもういないのはいつものことだ。
「お母さん、なんか変わったこととかない?」
「特にないけど…どうしたの?」
「ん、いや何でもないけど」
「それならいいのだけれど、早く食べないともうすぐあの子が来るわよ」
「はーい」
何か変わったことがあれば対策がしやすいから、この事象が起こる日は私は決まってこの質問をお母さんにしていた。今回はどうやら本当にヒントがなさそうだ。
「ごちそうさまでした」
そう言って私は自分の部屋で身支度をする。制服に着替えて支度をしていると、下から声がする。
「彼方くんがきたから早めに降りなさーい」
私は急いで準備をし、ポーチを腰につける。
「ごめん!待った?」
私が階段を下りて玄関に向かうと、そこには隣の家に住んでいる私の幼馴染、彼島 彼方が立っていた。
「いや、大丈夫だよ。それじゃあ行こっか」
「うん!」
彼方とは私が小さい時から一緒にいて、今も同じ学校に通っている。恐らく、一番仲が良い友達は誰かと聞かれたら、私は真っ先に彼方の名前を挙げるだろう。それくらいには親密な関係だった。
「空を飛べる魔法が使えたらいいのになあ…」
「響子なら風魔法が得意そうだし将来使えそうだよねー」
「そうかなあ…まあ、頑張ってみたいわね…」
他愛もない会話を続けながら通学路を歩く、その時が今の私には一番心地よかった。
そういう会話をしていると、学校に到着した。どうやら登校中の時間には起こらないようだ。そう思いながら、教室に入ると何時ものように同じような光景が広がっていた。楽しくおしゃべりをする見知った顔の友人たち。朝早くからクラブをして疲れているのか、机に突っ伏して寝ている男子。そういうのを見ていると微笑ましくなるとともに、何故私だけがこういう事象に巻き込まれなければいけないのかという気持ちが湧いてくる。そんなもやもやを抱えていると私の友人が話しかけてきた。
「あ、響子じゃん。今日も彼氏と一緒かー。あついねー」
「な…え、エリカ…わ、私と彼方はそういう関係じゃないって何回言ったらー」
そう、違う!誰が何と言おうと私と彼方は付き合ってなんかいない。
「そんな大きな声出したらクラスのみんなに聞こえるよー?」
そう言われてハッと後ろを振り向くと、笑っているクラスメイトと苦笑いをしている彼方が目に入った。私は恥ずかしくなり、正面にいるエリカに向かって何かを言おうと決めた。
「エーリーカー!」
「いやーだって、あんたたちはどう見ても付き合ってると思うんだけどなー」
「だから違うって――」
「はいはい席に着こうなー」
言い返そうとした時、担任の荻原先生が入ってきた。もうそんな時間だったのか…そう思いながら、私は席に着く。朝のHRが始まった最初に荻原先生はあることを話していた。
「今日から、少しの間だけだが体育館が工事で使えなくなる。あまり近寄らないように」
なら、今日の事故が起きるのは体育館だろうか、いや簡単に決めつけるのはよくない。今までだって全然違うところで事故が起きてたことがあったじゃないか。とりあえず、様子見に徹しよう。ひたすら変わったことがないか見るんだ、例え事件が突発的に起こったとしてもその前には何か事件の兆候が見れるはず。
私が授業を受けて三限目の時になる。その時、事件が起こった。
十一時二十分、突如授業中に外から何かが崩れた音、そして人の叫び声が聞こえてきた。事件が起こった。朝に予知されていた事件が。調べなければ…何故起こったのかを…
その声を聞いて私は教室の外に飛び出していた。
「なんだ、今の叫び声は!?おい、響子、落ち着け!」
こんな状態なのに落ち着いていられるか!私は萩原先生の静止も聞かずに走っていた。
走って5分くらいだろうか、私は悲鳴が聞こえた方角にある体育館についていた。随分と人が集まっている。どこかのクラスが外で魔法の練習でもしてたのであろう。無理矢理人を払いのけ、目にした現状は余りにも悲惨だった。
かすかにする血と新しい木の匂い、教師でもどかすのに苦労しそうな崩れて山積みの木材、そしてそこから見える誰かの手。
「う、嘘だろ!わ、私たちは、ただここでサボっていただけだぜ!?」
そう叫んでるのは、たしか…教師でも手をつけられない不良の二人組で有名な片方の女子、白宮 桜だったはず。クラスは違うが、うちのクラスにも彼女たちの悪名が轟いているのでよく知っている。
「白宮さん!何があったの!?」
「だ、誰だよお前は!?」
「いいから!答えて!ここで何が………」
白宮 桜に事情を聞こうとしたその時、突如立ちくらみが起こる。どうやら時間切れのようらしい…
「おい!大丈夫か!」
その声を最後に私の意識が途切れる。また、解決しなければならないのか。
私の予知夢で起こるとされる不吉な出来事は絶対に対処しなければならない。
なぜなら、その出来事が解決されるまで、私は同じ日々を過ごさなければならないからだ。
7月13日、朝。私は何時ものように起きる。どうやら、事件は11時頃に教室の外で起きるらしい。それなら、まだ対処が簡単だ。その時に私が教室から出て事件を未然に防ぐ。まだ、早い段階で事故が起きて良かったと思う。
「ご飯が冷めるから、そろそろ起きなさーい」
昨日の今日にも聞いたことがある言葉を聞いて。私は軽く返事をして一階に降り、お母さんが作ってくれる朝ご飯を食べる。何度食べても美味しい朝ご飯を作ってくれるお母さんには本当に感謝してる。
前回の今日と同じくらいの時間に準備して、彼方が迎えに来てくれるのを待つ。同じ行動をしないと事件が更にややこしくなったりする。長い間この事象と付き合ってきて分かったことだ。
「彼方くんがきたから早めに降りなさーい」
その声を聞いて私は下に行く。前の時と同じように彼方が玄関に立っていた。
「ごめん!待った?」
「いや、大丈夫だよ。それじゃあ行こっか」
数時間前と同じようなことを話して、通学路を歩く。それにしても、彼方とずっと一緒にいるというのに飽きない。本当に彼方が幼馴染で良かったと心から思う。
学校に着いて、二限目の授業が終わるチャイムが鳴る。事件が起こるまで、あと二十分くらいだろうか。となると、先回りしておくのが先決か…
チャイムが鳴る少し前に荻原先生が教室に来る。
「先生。少しの間トイレに行ってきます」
「ん、了解した。けど、十分で帰って来いよ」
先回りして被害者が出るのを食い止めないと…私は急いで工事中である体育館に向かっていった。
事件が起こる五分前、体育館前に着くとそこにはすでに白宮 桜と、被害者になるであろう桐生 菫がそこにいた。
「ここの授業って本当にだるいわ。なんていうか、詰め込みすぎなんだよな」
「そうそう、だから適当に休息を取らないときついよねー」
やっぱり授業をさぼっていたらしい。けど、何も怪しいことはしてないように感じる。
少しの間、観察していると彼女たちの上で、魔法を使って木材を運んでいる人たちが見えた。間違いない、あれが原因だ。
「そこの二人共!お願いがあるんだけどそこからどいて!」
できる限りの大声で二人に呼びかける。
「あ?誰だよお前は。」
「うわっ。びっくりしたー。お願いだから先生には言わないでねー」
怪訝な目で見られたが、どうにかそこから移動してくれそうだ…と、思った瞬間、強い風が私たちのところを襲った。早く立ち退かせないと彼女たちが危ないのにその風は彼女たちをそこから動かせないようにしているようだった。
「な、なんだ?急に風が強くなってきやがった…」
「お願い!二人とも、急いでそこからどいて!」
私もバランスを崩し、足がふらついてしまう。でも、そんなのに気を取られている暇はない!暴風の中、魔法の詠唱を開始する。
魔法の詠唱を始めて数秒後、上の方から何かが崩れる音が聞こえる。少し時間が足りなかったけどやるしかない。私は彼女たちがいる方に向かって手をかざす。助けるチャンスは…今しかない!
「あなた達!ちゃんと受け身をとってね!」
「お、おい!何をする気だよ!」
「今は答えている暇はないの…風よ!!吹き飛ばせ!」
込めれる限りの魔力を込め、彼女たちを出来るだけ遠くに吹き飛ばす。私の目の前に大量の木材が落ちてくる。あ、危ないところだった…もう少しで私が巻き込まれていたに違いない。
「い、いてて…おい、大丈夫か!」
「いたた…な、何で急に風が…!?」
良かった…彼女たちは無事だ。これで解決だ。安心して明日を迎えることができる。そう思いながら胸を撫で下ろす。
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今、私はあそこにいた彼女たち、そして少し悲しそうな顔の荻原先生と共に学長室にいた。どうやら、立ち入り禁止の場所にいたことによる処罰を言い渡されるらしい…また、停学をくらうのか…
どうやら、以前から私は問題児として学長から目を付けられているらしい。そりゃあ、学長の石像を風で吹き飛ばして壊したことは悪かったと思う。でも、そうしないとここにいる萩原先生が犠牲になっていたのだから少しぐらいは情状酌量があってもいいのではないかと思う。
そんな事を考えていると学長が口を開いた。
「白宮 桜。桐生 菫。あなた達は立ち入り禁止のところにいました。あそこには近づくなと先生方からの忠告があったはずです。よってあなた達には反省してもらうため、三日間の停学を言い渡します」
どうやら、彼女たちは比較的軽めの処罰で済んだようだ。たしか、私が石像を壊した時は五日間と反省文だったから、それよりも軽い。かなり軽いと思う。
「続いて東雲 響子」
私の順番が来たようだ。学長が私を見つめ、口を開く。
「あなたも立ち入り禁止のところにいました。それに加え、人に向かって魔法を放ち、更には業務中の従業員達を妨害し、命の危険にさらした。あなたには特に反省してもらう必要があります。よって、あなたには一か月の停学と反省文の提出。加えて半年間、魔力の使用量に制限をかけさせていただだきます」
…何やらおかしい。暴風までもが私の所為にされてる。というか一か月の停学はまだしも、半年間の魔力の使用制限はきつすぎる。
「学長。私は立ち入り禁止の場所にいたのと、彼女たちに風魔法を放ったのは認めます。ですが、従業員達の行動を妨害していません」
「ですが、従業員の方たちからあなたの声が聞こえて少しした後に暴風が起こったと聞きましたよ。これはどう言い逃れするのですか?」
うっ…そこを突かれると本当に厳しい。何故、あのタイミングで暴風が起こったんだ…?
私が口を濁していると、さっきまで大人しく学長の話を聞いていた白宮 桜が話し始めた。
「こいつは私たちが危ないところにいたのを助けてくれたんです。自分の身のことも考えないで危ないからどけ…と。そんなやつが工事中の人たちを妨害するとは思えませんし、処置を軽くしてくれませんか?」
「ですが、あなた達に風魔法をぶつけたことは…」
「大丈夫ですよー。東雲さんが事前に忠告してくれたので怪我なんて全くしてないですし、むしろぶつけてもらわないと木材に巻き込まれてたと思います。だから私は全然気にしてませんよー」
「あなた達がそれでいいのなら…それでは改めて東雲 響子の処置を言い渡します。一週間の停学、そして反省文の提出をすること」
よかった…処置が軽くなって。そう思いながら、彼女たちと一緒に学長室を離れる。荻原先生は少し残っていくそうだ。
「その、ありがとう…さっきは助けてくれて…」
「はあ、お前は何言ってんだよ?助けたやつが罰をくらうなんておかしいだろうが」
「そうだよ!本当に学長って石頭だよねー!」
そう言いながら二人に頭を叩かれる。あんまり痛くない。
「え、えーっと。助けてくれてありがとうな、響子!」
「ありがとね、きょーこ!」
そう言って笑顔で二人がこちらを向いて手を差し出す。どうやら、今回私が手に入れたのは停学という処置と、問題児というレッテルと、彼女たちの信頼らしい。
伸ばされている手を握り返すと、彼女たちが更に明るくなる。
私は、差し出された二人の手を握り返す。
その日から彼女たちがサボることはなくなったという。