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四層隠し通路、第二の番人登場

 とぼとぼと家路に向かう僕たちの背中に、乾いた北風が追い打ちをかけるかの如く吹き付けてくる。

 疲れ切った僕は何だか無性に人恋しくなって、背中のミミ子を優しく抱え直した。

 小さく鼻を鳴らして、僕の首筋に顔を埋めてくる少女の温もりが、じんわりと心を癒してくれる。


 呪紋通路の第二関門まで進めた僕たちだが、その先への挑戦は見事に行き詰まっていた。

 途中までは這って行けるのだが、どうしてもそこから通路が狭まってくる錯覚に耐え切れずといった結果に終わった。

 矢を撃ち込んでみたものの、的が小さい上にあらぬ方向へ飛びすぎてこれも早々に諦めた。

 

 なんだか簡単な思い付きでクリアできそうなだけに、疲労感ばかりが溜まる一日だった。

 そんな重い足取りの僕らとは裏腹に、冬支度前の街は慌ただしい雰囲気に包まれており、行き交う人の足も心持ち弾んでいるような気がする。



「そうか。そろそろ年も暮れるのか」



 一年の最後の日の夜、この地に坐する神々の力は途絶えてしまう。

 そして夜明けと共に、その加護は復活し神々の力は再びこの地に満ちる。

 その神々の再誕を祝うのが、新奉祭と呼ばれる新年のお祭りであった。


「みんなと一緒の新奉祭は初めてだな」

「言われてみればそうなんですね。もうずっと一緒のような気持ちでしたけど」

「頑張ってご馳走を作りますよ、隊長殿」


 ちょっと空元気な感じで声を上げたリンだが、気ぜわしく行き交う人の波とすれ違いながら静かに呟く。


「……こんな楽しみな新奉祭は、初めてかもです」 

「僕も楽しみだよ」

「外街でも、屋台とか出てたんですよ。小汚いし、よく分からない肉の串焼きとかでしたけど。母さんが小遣いをくれて……」


 リンはそれ以上は何も語らず、少しだけ早足になって僕の先を歩き出す。

 この街に来て三年、新奉祭を迎えたのは二度だが、二度とも人混みが嫌で下宿に閉じこもってたっけ。

 来年は、皆と迎える初めてのお祭りだ。


 ちょっとやる気が出てきた僕は急ぎ足で、前を歩くリンに追いつく。

 肩を軽くぶつけると、俯いていた赤毛の少女は驚きで顔を上げる。

 そして口の端を持ち上げると、とても良い笑顔を見せ付けてきた。


「…………モルムも超楽しみ」

「二人だけの世界を作らないでください」


 モルムとキッシェが、僕らの間に割り込んでくる。

 皆で団子状にくっつきながら、僕らは元気に家路を辿った。



「お帰り、主殿。今日は遅かったな」

「たっ……ただいま」



 仲良く帰っていた筈がなぜか最後は競争になってしまい、ミミ子分のハンデがあった僕の帰宅は一番最後となっていた。

 三人はもう家の中へ、入ってしまってる。なんだかとても寂しい。

 

 井戸で手を洗おうと裏庭に回った僕を出迎えてくれたのは、ちょうど犬の散歩を終えたニニさんだった。

 軽く柔軟体操をこなす大鬼オーガのお姉さんの横で、ピータは双子の妹のナイナちゃんに遊んで貰っていた。


 白い息を吐きながら、駆け回る一匹と一人。

 大きな木の枝を削ったおもちゃを投げては、犬が取りに行く遊びをしているようだ。

 相方は居ないのかと見渡したら、端っこの方でサリーちゃんに捕まっていた。


「ほら、書き取りはまだ終わっておらんぞ。遊びたければ早く書くのじゃ」

「もう遊びたいー」

「たいたい」


 地面を使った青空書き取り教室は、ちびっ子たちにかなり不評のようだった。

 文句と鼻水を垂れるちびっ子たちの頭を、サリーちゃんが無言で掴む。

 

 即座にへにゃっとなって、地面にうつ伏せになる二人。

 サリー先生は、全く以って容赦がなかった。


「もうそろそろ、飯の時間じゃ。終わらんと、お前らのデザートがどうなるか分かっておるのか?」

 

 その言葉に小枝をぐっと握り直して、イナイちゃんは地面に文字を書き付ける。

 末っ子のマリちゃんは諦めたのか、座り込んでしゃくり上げ始めた。


 羽耳を揺らして泣き声をあげる子供を、サリーちゃんは優しく抱き上げて、袖のフリルでぐしゃぐしゃになった顔を拭う。


「マリは泣き虫じゃのう。そんな調子では良い非常食になれんぞ」


 さらっと恐ろしいことを言いながら、サリーちゃんは幼女をあやしつける。 

 抱っこして貰って落ち着いたのか、マリちゃんはぐずりながらも小さい手で懸命に黒いドレスにしがみ付いていた。

 そんな子供の手を一緒に握って、しゃがみ込んだサリーちゃんはゆっくりと地面の文字をなぞり始める。


「仲良しさんだね~」

「うん。仲良しだ」


 サリーちゃんが子供が平気な人だったのは、本当に驚いたし助かっている。

 イリージュさんが迷宮探求に参加を決めたのも、留守を預かってくれるサリーちゃんの存在が大きい。

 もっとも家事は一切せず、ちびっ子の面倒しか見ないようだが、それだけでも十分だった。


 背中から下ろしたミミ子の手に、冷たい井戸の水を掛けてやる。

 元から体温が低いせいか、こういうのは結構平気らしい。


 痺れるような痛みに耐えながら、手を洗っていると大きな声が響いた。

 犬と遊んでいたナイナちゃんが手を滑らせたのか、顔を上げるとくの字型の木の棒がこちらへ飛んでくるところだった。


 ミミ子を背後へ隠すのと同時に、猛烈な勢いで駆け寄ってきたピータが大きく跳ねた。

 端を齧りすぎたせいで不規則に揺れる木の棒を、空中で見事に咥え取る。


 そのまま僕の方へ飛んでくる犬の巨体に、軽く手を添えて勢いを逸らしながら横の地面へと無事に着地させる。


「兄ちゃん、ごめんなさい! 大丈夫ですか?」

「これくらい平気だよ」


 枝を咥えて誇らしげに僕にすり寄ってくる狼犬の背を撫でながら、ふと先程の動きを思い起こす。

 不規則に動く木の棒と、一目散にそれ目掛けて飛び付くピータ。



「――――そうか、これだ!」




   ▲▽▲▽▲




 うねうねと動く通路を前に、僕は重々しく頷いた。

 


 そして手にした物を、慎重に狙いを定めてから――――転がす。

 鶏肉を叩いて丸めた団子は、ころころと調子よく転がりながら奥へと進んでいく。

 そして無事、ゴールである台座に辿り着いたのを確認してほっと息を吐く。


「モルム、お願い」

「…………うん。ハリー君、出番だよ」 


 帽子を脱いだモルムは、その下から丸まっていた針鼠のハリー君を取り出す。

 散歩用の長い紐をつけたまま、モルムは静かに使い魔を床に降ろした。


 鼻先を小さく持ち上げて、匂いを探るハリー君。

 即座に好物に気付いたのか、通路の奥へと走り出す。


 とてとてと回転通路をあっさりと走破したハリー君は、台座そばの鳥団子へかぶりついた。

 そして齧りながら、お尻を左右に可愛く振る。

 その瞬間、棘の一部が台座の上に触れたのか、通路の壁や天井から光が消え失せた。

 渦が止まり、通路の大きさが一瞬で僕らが通れるサイズに広がる。


 固唾を飲んでその様子を窺っていた僕らは、一斉に喜びの声を上げた。


「よっしゃ!」

「やりましたよ!」

「…………ハリー君、えらい!」


 抱き合って喜ぶ僕らを尻目に、鳥団子を食べきったハリー君は満足そうに丸くなる。

 やはり今回の勝因は、ハリー君が使い魔のおかげで魔力が高く呪紋にも耐性があったこと。

 そして主感覚が嗅覚なせいで、空間把握能力が鈍いところ。ここら辺が重要だったと思う。

 それに初めから体が小さいしね。


「旦那様、こちらへ」


 ハリー君を囲んで万歳を繰り返していた僕らの下へ、いち早く通路の先へ偵察に向かっていたキッシェが戻ってくる。

 どうやらこの関門が最後だったらしく、細い通路の先は大きな部屋に繋がっていた。


 通路から中をそっと眺める。

 第二の部屋は最初と同じくそれなりの広さで、部屋の天井には同じく大きな発光石が埋め込まれていた。

 そしてその光に照らされるように、新たな番人は部屋の奥に立ちはだかっていた。


 一見すると人のようだが、その細部は明らかに人とは異なる。

 身長はリンより頭一つ大きいくらいで、筋肉質な体つきをしていた。

 頭部から突き出しているのは角だろうか。鼻に当たる部分はでっぱりがなく、二つの穴が空いてるだけだ。

 口は耳元に繋がるほど大きく、唇がない代わりに剥き出しの牙が並んでいる。

 

 そして決定的なのは、そのゴムのような独特の光沢をはなつ肌の色であった。


「赤いですね」

「赤いな」

「真っ赤ですね」


 全身の肌が赤く異形の容貌を持つモンスターが、僕たちの次の相手らしい。


「どうしましょうか。お試しされます?」

「いや、今日はここで引き揚げよう。第三関門が突破できただけで十分だ」



 うん。アレを倒すのは年内の目標にしとこう。



サーバメンテナンス作業のお知らせ―12/31(緑曜日)17:00頃~1/1(青曜日)7:00頃 延長の可能性有り

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