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短期集中育成講師

 

 刈りとりし者ペイルライダーを倒した日は、てんやわんやな一日となった。



 まず一番大きいのは、リンとキッシェのレベルが上がったことだった。

 ともにレベル3となったことで、ミミ子に引き続き銀板シルバープレート持ちの女の子は三人となる。

 

 怪しげな通路の番人となれば、やはりそれなりの経験値を持っていたのだろうか。

 モルムは残念ながらレベル2のままだったが、このまま番人たちを倒していけば姉たちに並ぶ日も遠くはないと思う。


 そう。

 隠し通路には、続きがあった。

 骨の馬に乗った骸骨を倒した部屋で、ミミ子とモルムが新たな通路を見つけたのだ。

 

 そして次の通路の壁を埋め尽くしていたのは、虫がのたくったような模様――呪紋であった。

 モルムの見立てでは、通路に刻まれていた呪紋の効果は、色々な紋様が混じっておりよく分からないらしい。


 なのでそれ以上の調査はせず、大人しく引き上げることにした。

 番人が思ってたよりも綺麗に倒せたので、巻き戻しロードが発生しそうな事柄は避けたかったのだ。

 

 だから通路の奥に次の番人が居るというのは、僕の希望が混じった予想に過ぎない。

 ただ手の込んだ仕掛けの施してある通路を見るに、この先も何らかの障害が待ち受けているとしか思えなかった。

 

 最後に銀箱から出たのは、青い花を象った美しい髪飾りだった。

 鑑定の結果、碧水蓮の髪飾りという魔法具アーティファクトだと判明した。

 治癒の効果を高める聖なる祈りが封じ込めてあり、治癒士ヒーラーの力を底上げしてくれるのでかなりの人気があるらしい。

 買い取りは金貨4枚と言われて、少し口元が緩んでしまった。

 

 ただメイハさんに一度お見せしようと思ったら、鑑定カウンターの預かりになると言われた。

 なぜか僕の不可視の外套インビジブルマントと同じく、迷宮外への持ち出し禁止品らしい。

 


「と、だいたい昨日あった事件はこんなところです」



 朝食の席で報告を済ませた僕は、改めてテーブルを見渡した。


「中々面白そうな体験だな。謎の通路と番人か」


 黙々と麦粥を口に運んでいたニニさんが、少しだけ口の端を持ち上げて呟く。

 そしてふーふーと吹いて冷ました匙を、隣で半分目を閉じているミミ子の口に差し入れる。

 モグモグと寝ながら口を動かすミミ子。

 甘やかし過ぎですよと前に何度か注意したが、きちんと食の面倒を見るのは飼い主の大事な役割だと、きっぱり言い切られてからは好きにして貰っている。 


「そんな危ないモンスターと戦っていたのね。皆に怪我がなくて何よりだわ」


 果物ジュースを優雅に飲んでいたメイハさんが、穏やかな空気を発しながら安堵の表情を見せる。

 薄いネグリジェだけの格好は、今日も素晴らしく扇情的だ。

 さっきからついその豊かな胸元に、ちょくちょく目が吸い寄せられてしまう。

 僕の視線に気付いたメイハさんは、その度に少しだけ頬を染めて困ったような笑みを浮かべてくれた。

 

「それはそうと、レベルアップおめでとう。もうレベル3になったのね」


 母親の飾り気のない祝福に、リンとキッシェは嬉しそうに顔を綻ばせた。

 モルムの拍手で、ちびっ子たちも一斉に手を叩き出す。


「みんな、ありがとう。これからはもっと気を引き締めて頑張るよ」

「そうね。教官に銀板シルバープレートからが、探求者シーカーの本番だと散々言われたものね。一緒に頑張りましょう、リン」


 思えば懐かしい。

 レベル3からは小隊パーティに入るのが必須と言われて、奴隷商に走ったのが今の始まりだった。

 あの時は盾役を出来そうな人が見つからなくて、かなり絶望したっけ。


「早速、お祝いの準備をしなくちゃね」


 ミミ子がいつの間にかレベル3に上がっていた時は、タルブッコじいさんのお店で揚げ物三昧コースだった。

 二人の好みを考えると、卵料理と魚料理が出せてデザートも充実してるミラさんのお店かな。

 あとで予約を入れておきますか。


「それでどうするんだ? 主殿」

「隠し通路の攻略ですか?」

「ああ、私も参加してみたいが、そうは考えてないんだろう」


 まあ最初の番人を年少組で挑んでる時点で、ニニさんがそう思うのも当然か。

 

「経験値が美味しいのも分かりましたし、出来れば低レベル組で挑みたいとは思ってますが、無理なようならお願いしますね」

「分かった。主殿の力は十分に承知しているが、無茶はしないでほしい」

「多分、結構早めに泣きつくかもですが」

  

 連続して出てくる場合は、後半へ行くほど強くなるのはお約束だし。

 ただ何度もニニさんやメイハさんを連れて四層へ行くのは、理由付けにかなり困るという面もある。

 六層へ行ける資格持ちの金板ゴールドプレートと一緒では、四層での経験値稼ぎはいくらなんでも言い訳が苦しい。

 良くて二回までが、勘ぐられない限界だろうな。


「旦那様、私たちは少し予定が……」

「そっか。レベル3からは、教えて貰える技能も増えるんだったな」


 これからしばらくはキッシェとリンの二人は、組合の技能講習で時間を取られることになる。

 意外と時間の掛かる隠し通路攻略に、同行するのは厳しいな。


「二人は当分そっちに集中して貰って、……その間は何をしようかな」

「それなら少し宜しいですか?」

「何かありますか? メイハさん」

「ええ、そろそろ修行をさせなきゃって思ってましたの」


 そう言ってメイハさんは、ニッコリと微笑んだ。



   ▲▽▲▽▲



(またですか……)



 ギルド受付嬢リリ・エンリッチは心の中では溜め息を吐きながら、目の前の女性たちに歓迎の笑みを浮かべてみせた。

 

 白いぴったりとした祭服のせいで金髪の女性からは、素晴らしい大人のプロポーションの魅力が余すことなく溢れていた。

 そしてその傍らにお揃いの祭服を着た黒い肌の女性。こちらも、素晴らしい体型をしている。

 目元を隠す長めの前髪で表情は読み取り難いが、顎のラインや高い鼻梁からは美形であることが十分に読み取れる。

 手入れが行き届いた爪に、磨き上げた黒瑪瑙を思わせる肌。鈍色に輝く銀髪と、非の打ち所がない。


(あの人の側には、ホントいつも美人ばっかり……)


 今までの彼の小隊メンバーの姿を心に思い浮かべて、諦めの心境に陥りつつもリリは笑みを絶やさない。

 手元の申請書類を再確認しながら、必要事項を埋めるべく質問を始める。


「本日は探求者シーカー登録のご依頼ですね」

「ええ、この子もそろそろ鍛え時かと思って」


 母であるメイハ様の言葉に、黒長耳族ダークエルフであるその女性は何も言わず頭を下げた。

 祖父の代にはかなりの軋轢があった亜人ではあるが、リリの世代にはさほどの嫌悪感はない。

 それでも根強い差別は未だに残っているし、奴隷として連れてこられる姿もよく見る。


 だからこそ少年のあの優しい瞳に、惹かれて集まってくるのかしらとリリカルな思いを胸に抱く。


「登録は治癒士ヒーラーですね。覚えておられる秘跡は回生リフレッシュのみと。それに――風の精霊使いエレメンタラー!」


 つい驚きの声が漏れる。

 只でさえ希少な精霊の使い手が目の前の女性を含めて、あの少年の周りに四人も集まったこととなる。

 宝箱をあまり出せなくなった分、彼の幸運はこちらへ発揮されているのだとしか思えない。


 そういえば彼はもう"超幸運児』"とは呼ばれていなかった。

 最近のアダ名は"育成の傑物"や"慧眼の士"、少し口さがない人は"名牧場主"なんて呼び方までしていた。


 通常のレベル上げは、銀板シルバープレートを得るまでに一年半から二年を要する。 

 高レベルが協力してだと一年を切ることも出来るが、リスクもそれなりに大きい。


 体が受けた傷はすぐに治すことができるが、心が受けた痛みはどうしようもない。

 刻み込まれた恐怖が大きいほど、探求者シーカーを長く続けることは難しくなる。

 特に低レベルが深層で受ける心の傷の深さは、程なくして引退していく者の多さが物語っていた。


 だが彼の傍にいる三人の女性は大きな負傷の経験もなく、わずか数ヶ月でレベル3への昇格を果たすこととなった。

 査問会で問題視されるほどの危険性を伴いながらも、実質、治療院の世話になったのは軽い魔力酔いの一度だけ。

 つまるところ驚異的な育成速度と、通常では考えられぬほどの安全性を両立したともいえるのだ。

 育てのプロフェッショナルと称えられて当然であった。


 しかも類まれな才能を持つ女性ばかりが、彼の下へと集まっていく。

 二年間をほぼ独りで過ごした人間が、半年足らずでそこら辺の徒党では足元にも及ばぬ集団を作り上げる。

 その事実にギルドの注目は、かなり集まっていた。


 すでに引退後は、教官の椅子に推す声まで出ている。

 彼と一緒に同じ職場で働く姿を思い描きながらも、リリは脳内で小さく首を横に振った。

 今は目の前の仕事に集中しなければ。



「イリージュ・セントリーニ様の探求者登録を受理させて頂きました。初回講習はこちらの教室でございます。探求者認識票は、講習終了時にお渡し致しますね」



 必要事項を説明すると、黒長耳族ダークエルフの女性は静かに頷いて立ち上がった。

 優雅に職業訓練所へと向かう後ろ姿を眺めながら、リリはイリージュ嬢が最後まで一言も声を発さなかったことに気付く。

 

 金板ゴールドプレートであるメイハ様はかつて"金色の百合"と称えられていた。

 その横に並ぶ美しい後ろ姿に、リリの脳裏には"寡黙な黒百合"という愛称が浮かび上がっていた。



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