四層隠し通路、第一の番人戦
頼んでいた装備が届いたとリリさんから連絡があったのは、前回の逃げ戻りから四日後のことだった。
カウンターで受け取りを済ませた僕たちは、本日の予定として四層での経験値稼ぎを申請する。
流石に南西の泉調査依頼は半年に一回あるかないかなので、理由もなく通い続けるのは難しい。
アリバイ作りのために、あとでケルピーか亀を狩っておかないと。
実は隠し通路の件は、組合には報告していない。
そもそも新種のモンスターや魔法具には、報告や提出義務があるのだが地図に関してはそれがない。
個人の所有物であると認められているのだ。
もっとも、おおっぴらに複製して売買したりは許されていないが。
掘り出し物の地図だと言われて高値で買ったのは良いが、なんてのは探求者あるあるらしい。
「本日の探求申請承りました。お気をつけて下さいね」
「はい、気をつけて行ってきます」
ちょっと言葉に意気込みが溢れてしまったのか、リリさんは少し不思議そうに首を傾けつつも笑顔で見送ってくれた。
あまり日を置かずに通ってるせいで金色蛙も湧いておらず、キッシェも水路をさくさくと避けてくれるので一時間足らずで泉に到着する。
暗闇空間を抜けた先で、一息いれながら作戦を再確認しておく。
各自の確認が終わり、モルムが僕たちに『集中』を掛けて回る。
その間も青い骨の馬に乗った骸骨の騎士は、身動ぎ一つせず僕らを待ってくれていた。
「それじゃあ行きますか。安全第一、無茶は厳禁」
「無茶は厳禁!」
「失敗は恐れない、悔やまない」
「恐れない、悔やまない!」
「次に繋げることを心掛ける」
「…………心掛ける!」
「勝利を目指して!」
「「「目指して!」」」
「がんばってね~」
戦闘はリンの『威嚇』で始まった。
骸骨を乗せた騎馬がゆっくりと動き出し、重々しい前進を始める。
しかし迎え撃つ筈の盾持は、なぜかその場から動こうとはしない。
モンスターを挑発したっきり、部屋の入り口で踏み留まっている。
そんなリンの傍らをすり抜けて、僕は静かに部屋へ入り込んだ。
足音を殺しながら、壁際を小走りに進む。
部屋の真ん中を突っ切って行く刈りとりし者と、壁に沿って部屋の奥へと進む僕。
途中、距離を空けてすれ違う瞬間があったが、骸骨は僕に何の関心も示さなかった。
闘気を剥き出しにして骸骨を睨みつけるリンが、敵対心を十二分に稼いでくれているおかげだろう。
無事に骸骨の背後に回り込めた僕は、心が弛まないように深呼吸する。
まだ第一段階が成功しただけだ。
大きく手を振って合図すると、リンが大きく頷き返してきた。
そして――。
「ウラァァァァアアアア!!!!」
雄叫びを上げると、その背中をクルリと翻す。
そのまま通路の奥へと逃げこむリン。
少女を追い駆けて、骸骨は馬ごと通路へ踏み込んで行く。
ほぼ馬の横幅と同じくらいの通路へ消えていく骸骨の背を見ながら、僕は片膝を突いて低い射線を取った。
弦を引き絞りながら、サリーちゃんの有り難いお言葉を思い起こす。
『刈りとりし者は、広い戦場を縦横無尽に駆け巡ってこそ強いのじゃ』
『確かに矢が近寄ることも許さぬ武の技に絶えず動きまわる騎馬と、奴を止めるのは至難の業じゃ。が、狭い迷宮ではそうもいかん』
窮屈そうに通路を進む騎馬目掛けて、通路の奥に控えていたキッシェが鏑矢を飛ばす。
同時にミミ子が、狐火を骸骨へ纏わりつかせる。
『眼や鼻を失った分、骸骨どもは音と熱に敏感なのじゃ。だが逆にそれは仇となることもある』
大きく音を立てる鏑矢と全く殺傷力のない灯を、骸骨は大鎌で正確に切り落としていく。
狭い空間ながらも、その動きに全く鈍る気配はない。
だが引きつけておくには十分であった――乗り手とともに馬の注意を。
馬の後足の蹄を狙った床スレスレの射線を、僕の放った矢が飛んで行く。
左右の間がなく、鎌を背後へ振り回すには余りに不向きな位置だ。
しかし当たると思えた瞬間、馬はひょいと足を持ち上げる。
流石は冥府の名馬と言いたいが、それはこちらも予想済みだった。
避けた矢の影に潜んでいたもう一本が、馬の右前足の蹄を見事に撃ち砕く。
――『命止の一矢・影』。
格好良く呟きながら、僕は矢がもたらした結果に満足する。
焔舌の効果で熱された矢の一撃が、馬の足を燃え上がらせる。
バランスを崩した馬はあっさりと横倒しになり、通路の壁にぶつかって派手な音を立てた。
崩れ去る馬から飛び降りた骸骨の姿を確認しながら、僕はサリーちゃんの言葉の続きを思い出す。
『確かに歩兵で騎兵に立ち向かうのは、愚かしい行為じゃ。じゃが馬を失った騎兵ならどうじゃ』
地面へ降り立った元騎兵の前に、対等の高さとなった盾持が立ち塞がる。
馬上なら一方的に高い位置から攻撃が出来る上、馬の蹴りにも対応する必要があり、こちらが一方的に不利であったがこうなってしまえば条件は同じだ。
盾を持ち上げながら、油断なく骸骨を見つめるリン。
そこに全く躊躇いを見せず、骸骨は足を進める。
甲高い音が鳴り響き、火花が宙に弾ける。
狭すぎて存分に大鎌を振るえない状況とはいえ、リンは見事に骸骨の攻撃を凌いでみせた。
『奴の技能、絶死の一閃は、射程内で隙を見せれば自動的に発動して対象に死をもたらす技じゃ』
やはり格が違うのか、リンは肩で大きく息をしている。
しかしその両眼はここからでも分かるほど、煌々と赤い光を放っていた。
『確実に首を刎ねる技じゃが、その正確無比さゆえに弱点となることもある。所詮は物理的な技じゃしのう』
大鎌の勢いを捌ききれなかったリンの体が、壁際に寄りかかるようにぶつかり少女の顎がわずかに持ち上がる。
その隙を、刈りとりし者が見逃す筈もなかった。
『……そして何よりも迷宮に喚び出される恐ろしさとは、思考力の低下なのじゃ。侵入者を排除する使命に忠実なあまり、いかに露骨な誘いであろうとも抗えぬ』
紫電の如く振るわれた死をもたらす大鎌は、少女の喉を切り裂――――。
かなかった。
爪の先ほどの隙間を隔てて、空振りとなった大鎌は通路の壁に深々と突き刺さる。
待ち望んでいた瞬間であった。
守りの要でもあった大鎌を動かせない骸骨の背に、僕は容赦なく弓弦を引き絞る。
『五月雨撃ち』が生み出した矢の嵐は、黒衣を穴だらけにしながら骨を隅々まで砕いていく。
そして一呼吸開けて、焔舌の熱がその背を黒衣ごと激しく燃えがらせる。
同時に前面からは、反撃に出たリンが渾身の『盾撃』をぶちかます。
挟み撃ちとなった首狩騎士は、呻き声一つ立てぬまま消え失せた。
そしてその後には、銀色に輝く箱が残される。
「おお、やりましたです。隊長殿!」
「ふう、結構簡単に行けたね。何回か巻き戻す気でいたけど……」
ふらつく僕の方に喜び勇んで駆け寄ってくる赤毛の少女の首には、黒い首環が巻かれていた。
金色の眼が埋め込まれた新しい装備の名は、『心変わりの喉当て』。
先日拾った 金色目玉の一つ目蛙の目玉を黒鋼に埋め込んだ工芸魔法具だ。
蛙の目玉に付随していた乱心の呪紋が発動しており、モンスターの狙いを少しだけずらすことが出来る。
だからこそ喉を正確に狙ってくる死の一撃を、ぎりぎりで躱すことが出来たのだ。
材料も持ち込みだったから、加工賃の銀貨三十枚で済んだしね。
「おーい、何してんの?」
なぜか銀箱を放置して、部屋の壁に夢中になっているモルムとミミ子の背中に声を掛ける。
振り返った二人は、少し悪戯っ子っぽい笑みを浮かべていた。
「何かあったの?」
近寄る僕に対して、モルムは得意気に胸を張ってくる。
「…………こないだの時に、ミミちゃんが背中がすーすーするって言っててね」
「こないだって、前回の逃げ出した時か。そういや二人ともそこの壁に居たな」
「…………それで、これ見つけたの」
振り向いて壁に触れるモルム。
次の瞬間、音もなく壁の一部が持ち上がる。
そこにあったのは、新たな長方形の穴であった。
『命止の一矢・影』―地面に映る矢影にもう一本の矢を潜ませる技。『影矢』との違いは名前だけ
工芸魔法具―魔術や法術などの効果を持つアイテムを、装備品に加工した品々。効果はまちまち




