四層隠し通路の主
「強そうですね。角にビンビン響いてきます」
「…………呪紋、効かなそう」
「死を忘れた者でしょうか。矢の攻撃だと厳しそうですね」
通路からモンスターを盗み見しつつ、少女たちは口々に感想を述べる。
徘徊領域は判り易く部屋の中だけのようで、動き出す気配はない。
「ミミ子はどう思う?」
「う~ん。やめとこっか」
「そうか……まあ無理そうだしな。って、そんな訳にも行かないだろ」
通路の真正面、部屋の奥に直立する巨大な骸骨の姿からは、並々ならぬ気配がひしひしと伝わってくる。
まず乗っている青い骨の馬からして、威圧感が半端ない。
蹄の大きさがミミ子の頭ほどあるし、馬の頭蓋骨の位置は余裕でリンの身長を超えている。
あの高さだと片手持ちの武器では、乗り手まで届かせるのは難しいな。
そしてその乗り手も、大柄な体格をしていた。
いや、骨が剥き出しなので、体格じゃなくて骨格か。
上半身はぼろぼろの黒布に覆われて見えないが、乗っている馬と見た目の釣り合いが取れている時点で、そのデカさが異常だと即座に分かる。
さらに言えば、手にしてる武器も強烈だった。
長く太いそれは、骨で出来た長い柄と弧を描く青白い刃の組み合わせで出来ていた。
天井に届くほどの大鎌を両手で持ち、馬に跨る黒衣の骸骨。
まさに生者の魂を刈り取る死神を、強烈に連想させる姿であった。
「でもどう見ても、銀板で勝てる相手じゃないな」
暗闇空間の通路に回転床の組み合わせと言い、この隠し通路は多分もっと高レベル向きの場所だ。
あの意味あり気に突っ立ってる強そうな骸骨も、宝が欲しければ我を倒していけと言わんばかりだが、そう言うのは得てして滅茶苦茶強いのがお約束だし。
噂の宝物庫なら番人くらいは居ると予想はしていたが、四層なのでそれなりの相手だろうと高をくくっていた。
が、やはり試練をうたうだけあって、迷宮はそう優しくはないようだ。
先程から何回か『見破り』を使ってみたが、弱点は欠片も見いだせない。
まあここまで来るのに二時間くらいだし、巻き戻し前提で情報を集めるのが無難だろうな。
万が一勝てそうなら、それはそれで結果オーライだし。
具体的にどう初手を仕掛けるべきかを悩んでいたら、赤毛の少女が元気よく手を挙げた。
白い鱗に覆われた胸部が、勢いに引っ張られて縦に弾む。
「隊長殿、良いことを考えました!」
「言ってみなさい、リンくん」
「この通路に誘い込めばどうですか? あの長い武器じゃ振り回せませんし、私が耐えてる間にいつもみたいに矢の雨で仕留めましょう」
確かにこの細い通路で、あの巨体と大鎌だ。
動きの制限はできそうだが――。
「その前に、踏み潰されて終わりそうね」
「やっぱりそうかな。あの馬の骨、凄く大きいもんね」
「でもリンにしては良い考えかも。旦那様、宜しいですか?」
律儀に発言の許可を尋ねてくるキッシェ。
だがちょっと余計な一言が付いていたので、後ろでリンが頬を膨らます。
「この位置から先制で旦那様の最大の攻撃を撃ち込んで、あちらへ逃げ込むのはどうでしょう?」
そう言いながらキッシェは、背後の暗闇を指差す。
なるほどキッシェが居れば、暗闇空間でもある程度、自在に動くことは出来るな。
「それはちょっと危ないな。あのモンスターに暗闇空間が有効か不明だし、それに暗闇じゃみんなが見えないから、一緒に巻き戻せないよ」
「それもそうですね。失礼しました」
あっさりとキッシェは、作戦を取り下げる。
入れ代わりに手を挙げたのは、ハリー君をミミ子の尻尾の上で遊ばせていたモルムだった。
「…………ミミちゃんの陽炎で頑張る」
「骸骨だから、視覚感知じゃないっぽいよ」
「…………残念」
同じ死を忘れた者でも夜を歩く者のサリーちゃんや、首無騎士だと目が残ってるから有効なんだけど、骸骨になってしまうと骨伝導で音を拾うか生体の熱感知となるらしい。
色々と考えてみたが結局、無難な方向で行くことにした。
巻き戻し前提だが、強さが判らない不安があるので、慣れない作戦で事故が起きるのは避けたい。
「リンが注意を引き付けて、僕とキッシェは遠隔攻撃。モルムは『集中』をみんなに掛けたら、一応手持ちの呪紋を順繰りに試してみて。ミミ子は……僕の視界から外れない場所に居ること」
少女たちが頷くのを確認してから、僕は広間の骸骨へ向き直った。
▲▽▲▽▲
赤毛の乙女が部屋へ一歩踏み込んだ瞬間、骸骨は身動ぎした。
鐙の代わりに踵骨で、馬の横腹を一蹴りする。
それに呼応して青骨の馬は、いななくように顔を持ち上げた。
失った声帯の代わりに、噛み合った馬の歯がおぞましい音を立てる。
一気に迫ってくるかと思ったが、期待に反して骸骨の歩みは慎重だった。
ゆったりと踏み出す蹄で硬質の音を響かせつつ、常歩のままこちらへ向かってくる。
それが逆に、ずっしりとした存在感を生み出す。
迫ってくる重圧を跳ね返すように、リンが大声を張り上げた。
「ウラァァァァアアアア!!!!」
乙女の雄叫びを皮切りに、僕とキッシェの弓弦が唸りを上げる。
四連射とばら撒き撃ち。
ぐるんと大鎌が、宙を丸く切り取った。
その一振りで、矢の一陣は消え去る。
そのまま車輪のように回る鎌の柄が、連続で到達する僕の矢を弾き消す。
そして全ての矢を打ち消した大鎌は、ぴたりと前を指したまま骸骨の手の内で止まる。
切り裂かれた空気の揺らぎが、ここまで押し寄せてくるような鎌捌きに、僕の背に嫌な汗が流れた。
骨だけの癖に、骸骨の動きは余りにも鮮やかだった。
――ばら撒き撃ち改。
確認のために、散らし気味に矢をぶち撒ける。
またも轟音と共に、鎌の刃が旋回し宙空を切り裂く。
十二本の矢がことごとく掻き消された光景に、僕は命止の一矢か五月雨撃ちの選択肢で後者を選ぶ。
どこまであの大鎌で、凌いでみせるか見たくなったのだ。
腕の張りが抜けるのを待つ間、背負い袋から取り出した強精薬の蓋を捻る。
キッシェはすでに弓を諦めて、短剣と水筒を手にしてリンの背後へ付いていた。
モルムは呪紋が全く駄目だったようで、潔く壁際のミミ子と観戦モードに入っている。
黒骨の矢を掴みとりながら、タイミングを見計らう。
部屋の中央では丁度、盾を構えるリンと骸骨が接触していた。
骨馬の踏み付けを綺麗に盾で受け流し、その側面に回り込む。
骸骨の首が動き、リンの存在に気付いたことを示す。
その大鎌が高く持ち上げられた。
咄嗟に投げつけられた水筒が、空中で切り裂かれ中身が飛び散りかけて――収束していく。
今やキッシェの水壁は、僕の矢でも簡単に貫けないほど成長していた。
水壁の下で盾を持ち上げるリン。
二段構えの守りで、どこまで耐え凌げるのか。
鎌の動きをコマ送りで見つめながら、振り切った後の隙を狙う。
場面が急に飛んだ。
振り上げたはずの刃は、なぜか既に振り下ろされた位置にある。
動いた軌跡は、何一つ見えなかった。
ゆっくりと水の壁が、真ん中で裂けていく光景が瞳に映る。
そしてリンの腕が、肩から離れていく。
少女の首があり得ない角度まで仰け反り、ぱっくりと開いた部分から真っ赤な血が吹き出すのが見えた。




