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四層ブルーケルピー狩り再び

 いななく青馬は腹立たしそうに首を振ると、その奇態な尻尾を大きくひん曲げて水面へと打ち付けた。

 湖面が即座に盛り上がり水の槍と化して、通路の少女たちへと襲い掛かる。


 迫り来る水流を迎え撃つのは、盾を構えた一人の少女。

 白い鱗の鎧の下に豊満な体を押し込んだ赤毛の少女は、恐れる気配もなくどっしりと構えている。


 しかし一本でも肉が簡単に抉れそうな威力の槍が、まとまって飛んで来るのだ。

 流石に全部を受け止めるのは厳しいかと思えた瞬間、槍たちは見えない壁にぶつかったかのように減速した。

 同時に水風船を割ったような音と、通路中に水滴が派手に飛び散る。


 その様子に赤毛の少女を背後から支えていたもう一人の少女が、切り揃えた黒髪を揺らして喜びを噛み殺す。

 そして勢いが殺された水流を盾持ガードの少女が全て見事に受けきったその直後、一番後ろに控えてた少女が動き出す。

 とんがり帽子の鍔を跳ね上げた少女は、真っ黒な杖で素早く宙を切って光り輝く模様を創り上げた。

 描かれた呪紋が混沌の領域と接続し、溢れ出した魔がモンスターを否応なしに引き寄せる。



 ――――『熱狂エキサイト』!



 二度めの呪紋をかけ終えた少女は、ホッと息を吐きながら首から下げた砂時計をくるりと引っくり返す。

 ちゃんと間隔を空けておけば、そう簡単に魔力酔いにはならないことを魔術士ソーサラーの少女はすでに学んでいた。


 強制的に興奮状態にさせられた青馬は、もう一度高らかにいななくと少女たち目掛けて走りだす。

 がむしゃらに水面を駆け抜け、陸地へ降り立つ。

 勢いそのまま通路へ走り込もうとしたモンスターは、そこで呆気なく転倒した。

 誰もいなかったはずのモンスターの横手から、唐突に赤い弓を構えた少年が姿を現す。



 弱点を貫かれ横倒しのまま足掻く水棲蒼馬ブルーケルピーに、少女たちの追撃が情け容赦なく下されモンスターは消え去った。




   ▲▽▲▽▲




「お疲れ様、みんな調子は良い感じだね」



 新しい作戦で一戦目を難なくこなせた様子に、僕は喜びを隠し切れずについ声を弾ませる。

 二十日ぶりの四層北エリア黄泉湖でのブルーケルピー狩りだが、僕の心配は全くの杞憂だったようだ。


 と言うか、前よりも格段に戦闘時間が短縮している。

 離れていた二週間、彼女たちの修行の様子は毎日聞いてきたが、実際にその成果を目にすると思っていた以上でとても嬉しい。



「凄かったよ、キッシェの『水壁ウォーターウォール』!」

「いえ、あんなものでは壁とは言えません。やはり実戦で使うには、まだまだですね」



 僕の褒め言葉に、キッシェはキリッと引き締めた表情を崩さぬまま首を横に振った。

 もっともその眉尻が大きく下がっているので、喜んでいるのはバレバレなのだが。


 キッシェは離れていた間で、一番の変化があった子かもしれない。

 水の精霊導師エレメンタルマスターの下で二週間、みっちりと教えを受けてきた彼女は、とうとう精霊術を使いこなせるようになっていた。


 とは言っても本人の弁の通り、まだ実戦で使うには心許ない性能だ。

 『水壁ウォーターウォール』は親指の長さの半分くらいしか厚みがなく、四層のモンスターの攻撃なら簡単に突破されてしまう。

 さらに大きさも、水壁の一辺は指先から肘までの長さくらいしかない。

 全身を隠せるニニさんの『地壁アースウォール』とは、比べるのも酷なサイズだ。


 しかし局所的な守りに関してなら、十分に役立っていると思える。

 先程のように『熱狂』で的を絞らせた飛び道具なら、勢いをそれなりに削ぐことが出来るし、ぶつかった際に水が飛び散るのでタイミングも把握しやすい。


 おかげで守りの要であるリンに、かなりの余裕が出来ていた。

 それを踏まえて、以前のように『誘眠スリープ』で『水槍ウォータージャベリン』の連発を邪魔する作戦から、『熱狂』を重ねて素早く水上から誘い出す作戦に切り替えたのだが、これが今回は正解だったようだ。



「モルムも呪紋がずいぶん正確になったね」

「…………そうかな」


 

 ほっぺたをつんつんすると、モルムは嬉しそうに新しい杖をギュッと抱きしめる。

 この黒骨の杖は、僕の五層攻略のお土産だ。樹人の片手杖より、魔の集約力が高いのだとか。

 だが杖の見た目は、ただの焼け焦げた大腿骨だ。

 可愛い女の子が、大きな骨を抱きかかえる姿は限りなくシュールだった。


 それともう一つ、モルムには新しい装備があった。

 先達であるラドーンさんも愛用してた『定刻の砂時計』だ。

 魔力酔い対策にピッタリだと聞いていたので、杖と合わせて購入しておいた。


 新装備と言えば、キッシェも少し様変わりしていた。

 全身を分厚く覆う鎧だと、精霊との契約には不向きらしい。

 なので、局所の守りを高める方向に装備を切り替える。


 灰色狼の革鎧グレイレザーアーマーを脱ぎ捨てて、赤蟹の甲鎧レッドクラブブレストの胸当と肘当、それに脛当とかなり軽装となった。

 防御力も重量も以前とさほど変わらずだが、一部の守りは厚くなったので結果的には良かったと思う。


 これらの装備は五層の素材、黒骨を売り払った代金で購入したのだが、二人の装備を揃えるのがやっとの額だった。

 黒骨自体はかなりの需要があるが、五層の訪問者が少ないのも相まって、それなりの買い取り額がついている。

 だがこのところ、ニニさんとメイハさんコンビがかなりの数の骨を倒してしまっていたので、査定額が底値近くまで落ちていたのが痛かった。

 もっともそれで黒骨の矢ブラックボーンアローが、購入しやすくなったので一概に損だとは言えないが。


 そしてキッシェとモルムの装備を優先したのは、リンの発案だった。

 当初の相談では、リンの装備を強化して攻撃力の高い四層モンスターに備えようという話だったが、本人がそれに対し首を横に振った。

 これ以上の装備を与えられると、装備に頼った戦い方になってしまう。それなら先に、皆の守りを固めてほしいと。

 そう言い切った時のリンの眼は、これまで見たことがないほど真剣だった。


 今もリンはその眼のまま、盾を下ろさず周囲を警戒している。 

 以前の遮眼革をつけられた馬の如く、ひたすら前だけを敵だけを見ていた姿は嘘のように消え失せていた。


 技能的に一番成長したのはキッシェかもしれないが、精神的に大きくなったのはリンかもしれない。

 少女たちは日々、この迷宮で育っていくのだなとしみじみ感動する。


 そうだな。ぐ~たらなミミ子さえも、階層主ボス戦で大活躍してたしな。

 うかうかしてる場合じゃないなと反省しつつ、僕はリンの肩を軽く叩いて伝言を伝える。



「そうそう、小鬼ゴブリンの子を助けてくれたんだってな。リンが担いで走らなかったら、間に合わなかったかもしれないって聞いたよ。ニニさんが凄く感謝してた。ありがとうって」



 僕の言葉に振り返った赤毛の少女は、嬉しそうにその顔を綻ばせた。




   ▲▽▲▽▲




 『水玉龍の歓楽酒場』は今日もたいした混雑ぶりだった。



 一気に麦酒エールを喉に流し込んだソニッドは、感慨深く息を吐き出した。

 辺りの騒がしい酔客を眺めながら、首から下げた探求者認識票を持ち上げてニヤリと笑う。



「……気持ち悪いな、リーダー」

「ああ、気持ち悪い」

「気持ち悪いのう」

「うっせぇよ!」


 

 小隊パーティメンバーから一斉に入った突っ込みに、ソニッドはにやけた口元を隠そうともせず言葉を続けた。


「見ろよ。ついにここまで来れたんだぜ、俺たち」


 ソニッドの持つ認識票の裏側には、新しく刻んで貰ったばかりの鍵マークが輝いていた。

 それは五層の階層主を倒した証であり、六層探求の許可証でもあった。

 

 つまるところ四層の皿部屋順番争いをすっ飛ばして、六層で経験値稼ぎが出来るチャンスを手に入れたということだ。

 ちなみに先日、坊主に手伝って貰って、他の三人も階層主戦はすでに済ませていた。

 出て来たモンスターは首無騎士デュラハンが一体と足長数体に骨柱と、一戦目と比べて拍子抜けするほど弱く感じたが。


金板ゴールドプレートが、すぐそこまで見えてるんだ。浮かれねぇほうがおかしいだろ」

「そう言われてもな」


 盾持ガードのドナッシと、射手アーチャーのセルドナが顔を見合わせる。


「五層は地図作りから暗闇回廊抜けに階層主戦まで、ほぼ坊主に頼りっきりだったじゃねーか」

「そうだな。俺たちの実力だと、六層はまだ早い気がするぜ。リーダー」

「わしもそう思うのう」

「我もそう思うのじゃ。ところでこれは何という食べ物じゃ?」

「ああ、それはイカを干して軽く炙ったものだ。歯応えがあって旨いぞ」


 口々に弱気な発言を始めたメンバーに向き直ったソニッドは、思いっきり顔をしかめてみせる。


「おいおい、楽しく飲んでる時に無粋なこと言い出すなよ」

「そりゃリーダーは、ちょっと自信を付けたみたいだがな」


 ソニッドが一人だけ特別な階層主と戦ったことは、メンバーの間では羨望の的となっていた。


「俺もその謎の少女と戦ってみたかったよ」

「お前じゃ、矢を当てるのも難しいぞ」

夜を歩く者ナイトウォーカーか。後学の為にぜひ見ておきたかったのう」

「爺さんなら、吸われるほど残ってねぇから平気かもな」


 陽気な笑い声を上げるソニッドを、呆れた顔付きで見ながらドナッシは言葉を続ける。


「そもそもリーダーは、階層主戦でなんか活躍できたのか?」

「お、それを訊いちゃうか」

「……語りたくて仕方ねぇって顔してやがる癖に」


 ジョッキをぐいと傾けたソニッドは、嬉しそうに詳細を語り始めた。

 もちろん深層情報の守秘義務なんて、全くの無視である。

 

「――あっという間に暗闇になっちまったが、俺は少しも慌てずランタンを床に投げつけたって訳よ」

「ほうほう」

「――そこで坊主が暗闇に乗じて狙撃よ。ありゃ見物だったぜ」

「ふむふむ」

「――それで最後は『鉄壁』と化け物の一騎打ちだ。もうどっちが勝ってもおかしくねぇ有り様だ」

「ちょっと待ってくれ、リーダー」

「なんだ、これから良いところなんだよ。負けそうになったニニ嬢に蘇りし者レブナントの手が伸びて、危機一髪となった場面で飛び出す俺!」

「なあ、リーダー」

「後でいいだろ。向こうもそれを察していたのか、すかさず俺に呪紋を仕掛けてくる。だが! 鋼の精神力を持つ俺に、そんなものが効くはずもねぇ!」

「お主、やるのう」

「そうだろそうだろ。そこで咄嗟に掛かったふりが出来るのが、俺のさらに凄いところだな。そして油断したモンスターの手をスパンッ! とな」

「あれには我も驚いたのじゃ」

「そうだと思ったぜ」

「リーダー!!」

「もう、なんだよお前ら。ここは普通に感動して、言葉も出ない場面だろ」

「……その子、知り合いか?」


 ドナッシの指摘に、ソニッドはテーブルの脇に視線を移す。

 そこに居たのは、スルメを噛み噛みしている幼い少女の姿だった。 

 真っ白な肌に黒く真っ直ぐな長髪。髪にあわせたような黒の奢侈なデザインのドレス。

 どうみても、人形が干物を喰ってるようにしか見えない。


 数度、瞬きを繰り返したソニッドは、喉の奥から声を絞り出した。


「…………もしかして……あの時のボスさん?」

「うむ。その折は世話になったのう」

「あ、いたいた。勝手にどっか行っちゃ駄目だろ、サリーちゃん」


 唐突に少女の背後から声を掛けて来たのは、名無しの弓使いである少年であった。

 相変わらず、パッとしない見映えをしている。


「あ、みなさんこんばんわ。なんだ先に挨拶してたのか」

「うむ。このイカの干物が手強くてのう」

「スルメが気に入ったのか。よしよし」

「気安く頭を撫でるでない!」


 ぽかんと口を開け放つリーダーと、状況が呑み込めず黙り込むメンバーたちに首を捻る少年。

 何かを察したのか、ポンと手を打ち合わせた。


「もしかして全然、事情をご存知ない? この子から説明とかは……」


 無言で首を振る五人。


「それは失礼しました! すみません、てっきり説明がいってるものだと」


 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……。

 

「嬢ちゃんも大変だったんだな!」

「うう、なんか泣けてくるぜ。ほら、飲め飲め!」

「マスター、なんか持ってきてあげて」

「子供に酒出したら、うちが潰れちまうわ。ほらトマトジュースでも飲んでな」

「赤くて美味そうなのじゃ」

「じゃあ、改めて乾杯しようかのう」


 ラドーン爺さんの言葉に、皆がジョッキを高く持ち上げる。



「俺達の明日と、嬢ちゃんのこれからを祝して」

「「「「乾杯!!」」」」



 今日も『水玉龍の歓楽酒場』は、荒ぶる男たちで賑わっていた。



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