家族会議
「だからもう少し、僕を頼って欲しいんですよ」
「十分に頼りにしているぞ、主殿」
「貴方が居なければ、私たち今頃どうしていいか途方に暮れてたと思うわ」
僕とニニさんとメイハさんの三人は、居間で今後のことを話し合っていた。
昨夜のサリドールの事情聴取は、そのまま席をタルブッコじいさんのお店にかえて会食として続けられたらしい。
疲れ切って帰ってきた二人だが、そのあとも風呂の入り方で一騒ぎあったり、深夜の散歩へ出かけようとしたサリドールを止めたりと色々大変だったとか。
結局ベッドに入れたのは深夜も半ば過ぎていたらしく、二人とも今日は精彩を欠いているように見える。
それでも朝食を済ませて香茶をゆっくり味わう二人の顔からは険が取れ、いつもの調子に戻りつつあるのが見てとれた。
ちなみにサリドールの部屋は屋根裏部屋に決まった。地下室とどっちがいいかと尋ねたら、上の方が良いと即答されたのだ。
少し手狭になってきたので屋根裏と地下室を、前々から少しずつ掃除しておいたのが役に立った。
もっとも地下室はちょっと違う方面で使うことを考えていたので、選ばれなくてホッと胸を撫で下ろしたのだが。
持ち込んだ器具を、急いで片す羽目にならなくて良かった。
「いえ、その頼ると言うのはもっと事前に相談してくださいって意味です」
「……母の件を言い出せなかったのは、身内の恥をあまり晒したくなかったの。ごめんなさいね」
「サリドールについては、迷惑を掛けてしまったな。本当にすまない」
素直に頭を下げられると、僕も強気で言い返せない。
二人の事情も十分に分かっているので、ここで詰め寄るのは大人げないと感じてしまうのだ。
言葉に詰まった僕は、そのまま延々二人と世間話に興じる流れになった。
当たり障りない会話を続けていた僕だが、ふと何かを感じて顔を上げた。
それは居間のドアから、こちらをじっと見つめるキッシェたち三人の視線だった。
不甲斐なさに耐え切れなくなった僕は立ち上がると、大声で宣言する。
「すみません、巻き戻します!」
巻き戻し一回目。
「急に叫ぶから驚いたわ」
「何かあったのか? 主殿」
ベッドの上で気恥ずかしそうに下着姿を手で隠すメイハさんと、困惑した顔のニニさん相手にもう一度最初から説得を始める。
キッシェたちは空気を読んで、こっそり立ち去ってくれていた。
「だからその、言いたいことがあったんですよ」
「うむ、聞こう」
「僕ってそんなに頼りないですか?」
「そんなことはない」
「ええ、頼りにしてるわよ」
メイハさんは慈母の笑みを浮かべ、ニニさんは当然と言いたげな顔で大きくかぶりを振る。
駄目だ。まだ本音で話しあえてない気がする。
「だったら、悩み事とか打ち明けてください」
「えっ、いきなりなお話ね」
「そうだな。急に言われても」
結局のところ、状況に流されやすい僕が家長としてしっかりしてないのが駄目なのだ。
僕がどっしりと構えていれば、年上のお二人も自然と問題が起きそうな事柄を打ち明けてくれるはず。
そうなれば対処もしやすくなって、キッシェたちの心労も減るに違いない。
確かにお二人との間にも、愛情はちゃんとあって気持ちは通ってるとは思える。
ニニさんは強引だと思われがちだが、言葉足らずなだけで根は素直で愛らしい女性だし、メイハさんは優しいだけじゃなく、芯の通った考え方を持っている女性だ。今回、一緒に迷宮に行くことで、改めて二人との距離もより縮まったと考えている。
だからこそ、巻き戻しの共有も出来るようになったのだと思うし。
だが真の信頼関係があるかと訊かれたら、やはり少し壁があるというか遠慮がある気がする。
要するに腹を割って話せてないのでは、という疑問が頭から離れない。
まだ完全に家族になりきれてない……のかもしれない。
僕の真剣な眼差しにたじろいだのか、ニニさんがやや遠慮がちに口を開く。
「困ったことではないが、最近の鬼人会は射手希望が増えていてな。良かったら少し指導を手伝ってもらえないか」
「はい、任せて下さい」
僕の返事にニニさんは小さく笑みを浮かべた。
「射手が増えたのは、主殿の影響が大きいからだ。何を焦っているのかは分からぬが、もっと自信を持って良いと思う」
「え?」
「そうよ。貴方の働きで私たちは何度も救われているわ。貴方はもっと誇りに思うべきよ」
美人のお二人が持ち上げてくれる心地よさに、僕の決心が揺らいでいく。
前々から薄っすらと気づいていたが、僕は年上の女性に非常に弱いのかもしれない。
このままじゃ、前と同じようなパターンになってしまう。
「すみません、仕切り直します!」
巻き戻し二回目。
「良く分からないが、悩みを打ち明けてほしいというなら聞いて貰えるか」
「はい、どうぞ」
「兄たちの話だ。主君の忠義に殉じたのは騎士の誉れとはいえ、人外に堕ちた身内の姿なぞ見たくはなかった」
「…………そうですね」
「この件でサリーを恨む気持ちはない。引き込んだのは彼女だが、蘇りし者になることを選んだのは間違いなく兄たちの意志だ」
「…………そうなんですか」
「問題はこの先、五層の階層主戦を手伝う度に、兄たちと相見える覚悟が必要となる点だ」
うん。思った以上にヘビィな話過ぎて、僕にはどうしようも出来そうにない。
助けを求めてメイハさんをちらちら見やると、にっこりと微笑まれた。
「最近、教会でも話題になっているのが、黒腐りの病と言われる感染病なの」
あ、自分の番だと勘違いしてる。と言うかこっちも重そうな話だ。
「亜人の御婦人に多く発症例が見られるのだけど、内臓が機能不全を起こして腐敗する病気で、治癒術を施してもあまり効果がないというか、病気そのものが治癒術に対して耐性を持っていると言われているわ」
「…………そうなんですか」
「ただ幸いにも感染力自体は弱いし初期の方なら治療は十分に間に合うの。でも外街にもかなりの罹患者がいる筈なのだけど、治療に来てくれる人が少なくて……それに折角来てくれても、手遅れの方が大半で」
「…………すみません、僕じゃお役に立てそうにありません」
「良いの。少し聞いて貰えるだけで、心が軽くなるわ。良かったら貴方もどうぞ」
確かに打ち明けて欲しいと言い出したのは僕だが、思ってた以上に重い話をされてもどうしようもできない。
家族なら一緒に悩みながら、愚痴を聞く程度で良いのだろうか?
それとももっと踏み込んで、解決に向けて話し合いを続けるとか?
こういった場合、どうすれば最善なのか……。
頭を抱えてしまった僕の肩に、ニニさんが優しく手をのせてくる。
「悩み過ぎるのは、よくないと思う。私で良ければ話を聞かせてくれ」
「もう一度、巻き戻し!」
巻き戻し三回目。
最初は、ちょっとした軽い悩みから始めるべきだと思うんだ。
そうやって自信をつけて行けば、そのうち大きな悩みを解決できて頼れる男に。
自然と家族の関係も、強化されていくといった筋書きだ。
「という訳で、一杯どうぞ」
「全く脈絡がないのだが」
「朝からお酒はどうかと思うわ」
軽く飲めば口が軽くなって、他愛ない話もしやすいと睨んだが失敗だったようだ。
サイドテーブルに仕舞ってあった酒瓶を元の場所に戻そうとした時、不意に伸びてきたニニさんの手が僕の手首を掴む。
「ちょっと待ってくれ、それは『大鬼殺し』では」
「えっ、いや貰い物なので銘柄とかは……」
たしかこのお酒は闘技場でニニさんに勝った時に、ソニッドさんが仇討ちのお礼にくれたお酒だったはず。
あまり興味がなかったので、寝酒に良いかと仕舞ったまま忘れていたのだ。
「…………うむ。幸い今日は迷宮探求は休みの予定だ。軽く飲むのも悪くはないな」
「でもやっぱり朝から……」
「なら私と主殿だけで頂こう」
そう言ってニニさんは、ショットグラスになみなみと注ぐと僕に手渡してくる。
「まずは主殿が一献」
勧められるまま飲み干してしまう。
フルーティな香りが鼻を抜け、とろりとした液体が複雑な味を舌の上に残しながら、喉の奥へするりと落ちていく。
凄い美味しい上に喉ごしも抜群だと感動していたら、ガツンと胃の腑が燃え上がるような感じが襲ってきた。
もしかしてこれ、アルコール度数がかなり高いんじゃ。
「旨い!」
顔を上げると一息に飲み干したのか、ニニさんが満足気に頷いている。
うん。確かに旨い酒だ。
「さ、主殿。もう一献」
「頂きます」
グイッと一気に喉へ流し込む。食道が焼けるような感触に、僕は大きく満足の息を吐いた。
「そんなに美味しいの?」
「ええ、こんな美味しいお酒は初めてです」
「……その、一口だけ良いかしら?」
酒瓶の中身が半分近く減った時点で、僕らはかなり前後不覚な状況になっていた。
「だから……その、ねぇ…………聞かれても困るのよ」
「何が困るんです?」
「………………あっちのお話」
「あっち?」
「だから、その…………子供が出来るようなお話よ」
詳しく聞いてみるとメイハさんは、娘たちにどうすれば気持ち良くなるか的なアドバイスを求められて困っていたらしい。
「私、そういった経験全然ないのに……あの子たちの方が詳しくなっちゃって……」
ちょっとべそをかいてる感じが、物凄く僕のツボにはまる。
詳しく実践でお教え致しますよと言い掛けた瞬間、ニニさんが僕に空になったグラスを突き出してきた。
「主殿!」
「はいっ、なんでしょうか?」
じっと僕を見据えてくるニニさんの眼は、どうも普段と違う感じがした。頬も赤みも、酔いのせいだけではない気がする。
「…………どうして私の寝所に来ない?」
「はい?」
「妻が多いのは理解している。あとから割り込んだ私の優先度が低いのも納得している。だからといって、なおざりにし過ぎではないか?」
えっ?
ゆっくりと関係を進めていきたいって夜空を見上げながら、僕と語り合ったじゃないですか?
それがどうして、こんな流れになってるんだろう。
「――私も女だ。求められなければ不安にもなる」
何と面倒な人たちだ。
そこがまあ僕が、彼女たちを愛してる部分なのかもしれないが。
「分かりました! お二人まとめてお相手させて頂きます!」
▲▽▲▽▲
……………………。
………………。
…………。
……お酒の勢いって怖いなと改めて思う。
もっとも最初は酔った勢いだったけど、飲んでない後半でも楽しんでいたから、全てをお酒のせいには出来ない気がするけど。
要するに最後の一線を越える切っ掛けが、僕たちには必要だったとしか言いようがない。
最後辺りはキッシェたちも混じって、凄いことになったりもしたがそこは省略させて貰おう。
安直な結果だと思うが、これでメイハさんとニニさん、キッシェたちとの距離はグッと近くなった。
やはり肌を重ね合うという行為は、特別な意味合いがあるのだろうか。
まだ全てが解決したわけでも、わだかまりが消え失せたとも言い難いが、前に比べて言葉が発しやすい環境になったのは間違いない。
少なくとも以前の遠慮してた空気は消えて、気持ちを率直に言い合える関係になりつつあるとは思える。
そして一日かけてじっくり話し合った結果、当面のルールはある程度決まった。
基本、僕は低レベル組とのレベル上げを優先する。
ただし緊急事態や、お金が稼げそうな依頼があればそちらを優先してもいい。
金板以上になると、迷宮組合を通して素材採取等の依頼はそれなりにあったりするらしい。
ニニさんは引き続き、鬼人会で有角種の奴隷を助けながら独り立ちできる育成を続けるそうだ。
僕らもパーティプレイを身に付ける良い機会なので、微力ながら協力させて貰おうと考えている。
メイハさんは外街の治療院を続けながら、ニニさんと一緒に資金稼ぎに勤しむ予定らしい。
以前、持ち上がった街の壁の拡張は本当のことだったらしく、院の移転も視野に入れて稼いでおくとのことだ。
問題児のサリドールも、彼女たちの小隊に組み込まれることとなった。
ニニさん曰く、モンスターを一杯倒せればそれで満足してるのだとか。
とは言っても勝手にフラッとどこかに行ったりと、相変わらず先行きは不安だらけだが。
ごたごたはまだ山のように残っている気もするが、ある程度腹を割って話し合いができたのは本当に良かった。
これから先も様々な問題が待ち構えているとは思うが、彼女たちと一緒ならきっと大丈夫だと思える。
だって僕らはもう、十分に家族なのだから。
うん。たぶん、家族のはず……一般の定義とは、かけ離れているけど。
僕は彼女たちを愛してるし、彼女たちからも愛されている。
それで十分、僕の中では家族なのだ。
勝手な理屈だと笑われても気にしない。今の僕らはそれなりに幸せだしね。
そういえばニニさんが急に僕の子供を欲しいと言い出して、キッシェと激しい言い争いになっていた。
安心できるのは、まだまだ先の話かも……。
大鬼殺し―東方産のかなりお高い銘酒。酒に強い大鬼でも酔っ払うからと名付けられた。小鬼殺しもある。




