強制イベント
感動のイベントシーンなのに、ギルド会話がうんこの話で盛り上がって最悪でござる
ベッドの上で、僕らはまじまじと見つめ合っていた。
目の前の涙を浮かべる少女から目が離せないまま、僕の思考は慌ただしく答えを探す。
ミミ子が寝ぼけて僕のベッドに潜り込んでいたとか?
いや今日の寝起きに、そんな記憶はない。
実は巻き戻しした夢を見ていた?
いやいや、流石に夢にしちゃリアルすぎた。
巻き戻したら、ミミ子まで巻き戻った?
多分、これが一番正解に近い気がする。
ただこの状況になった原因が、サッパリわからない。
これまでの巻き戻しと、どこか違う部分があっただろうか。
一ヵ月近くやってなかったから、失敗して巻き込んだとか?
ぐるぐると渦巻く脳内から、絞り出せたのは次の一言だった。
「どうしたミミ子、怖い夢でも見たのか?」
僕の一言に、ミミ子の瞳から涙がすっとこぼれて頬を伝う。
そのまま少女は何も言わず、僕の胸の中に飛び込んできた。
小さく嗚咽を漏らすミミ子を、オロオロしながらそっと抱きしめる。
五分かもしれないし三十分かもしれない。
時間の感覚がなくなったまま、僕は少女がすすり泣くたびに立ったり座ったりする耳をじっと見つめていた。
不意にぐっと力をこもった腕が、ぼんやりしていた僕の胸を押した。
視線を下げると腫れぼったい目をしたミミ子が、懸命に両手を伸ばして僕を突っぱねていた。
「もう大丈夫、もう落ち着いたから」
「そっか」
「だから離れていいよ」
その声は冷静であったが、生憎残念なことにミミ子の狐耳は真っ赤にそまり、口調とは正反対の主張をしていた。
「それでその……」
「うん、これってゴー様の特殊技能だよね」
「やっぱりそうか。判っちゃったんだな」
「うん。気付いたら全部頭の中に入ってたよ」
初めて巻き戻しを終えた時も、僕はその行為が何なのかというのはなぜか理解できていた。
ミミ子もきっと同じ状況なんだろう。
「全部覚えている?」
「うん、朝の出来事も迷宮の中であったことも」
そう言いながらミミ子は両手で自らを抱きかかえ、小さく身震いした。
その仕草にもう一度抱きしめたい衝動を堪えられなくなった僕は、少女の体へ手を伸ばす。
だがその手は、ミミ子に触れる寸前に止まった。
涙を拭き取りながら顔を上げた少女が、笑みを浮かべつつきっぱりと宣言したからだ。
「それじゃアイツら助けにいこっか、ゴー様」
▲▽▲▽▲
迷宮の奥に絶叫が響き渡る。
数十匹のモンスターにたかられて喰われていく若者たちを、僕とミミ子は死んだ魚のような目で眺めていた。
延々と間抜けな死にざまを見せられ続けて、心はとうの昔に麻痺しきっている。
モンスターたちの山に埋もれていた彼らが動かなくなったのを見届けて、僕は小さく戻れと呟いた。
慣れたベッドの感触を頼もしく感じながら、隣りに横たわる少女と視線を合わせる。
僕らは無言のまま、深いため息を漏らした。
「あ~もう、アイツら死にすぎ~」
「どうする? まだやる?」
「う~ん。巻き戻し、何回目だっけ?」
「今ので23回。緊急用に3回は必ず残す予定だから、あと1回は挑戦できるよ」
僕の言葉に、ミミ子は少し考え込んだあと首を横に振った。
「やっぱりゴー様の言った通りだったね。手間かけさせてゴメン」
「いやこれっばかりは、体験しないと納得しにくいからね。僕も通った道だよ」
「うん、何度もやって判ったよ。本当に流れってあるんだねぇ」
これは僕が巻き戻しを覚えて、数日も経ってない頃の話だ。
その日、僕はちょっとした失敗で殴られるような目にあった。
もちろん拳が当たる前に戻ったのだが、2回目の時は違う奴が僕がする筈だった失敗をしでかし、なぜか僕が殴られる羽目になった。
3回目の時は、予め失敗が起こる要因を取り除いたのだが、なぜか喧嘩が勃発し巻き込まれた僕の頬に誰かの右ストレートがさく裂した。
何度も何度もやり直し、最後にいきなり飛んできた石が顔面にぶち当たった時点で僕は悟った。
今日、僕が痛い目に遭うのは、どうやっても避けられないと。
それ以来、僕はこれを流れと呼んでいる。
どういう行動を取ろうとも、絶対起こってしまう出来事だ。
何がどういう仕組みでそうなるのかは未だに判らないし納得もしてないが、そういうものだと割りきって受け入れる事にした。
逆に色々やらないと発生しない流れもある。
何が原因かはやり直ししつつ確かめるしかないが、一度発生するとあとはソレに乗るだけだしかなり楽ちんでもある。
ほぼ同じような結果に落ち着くという点では、任意イベントでも強制イベントでも大差はない。
ただし任意の場合は、全てを投げ出すが通用するのが大きな違いではあったが。
この人生ゲームのマスのような、ある日いきなり起こる流れのお蔭で、僕は強制的に運命論者になるしかなかった。
人生は全て神の机上遊戯に過ぎないって奴だ。
話を戻すと僕とミミ子は、それを実証するために今日一日を何回も巻き戻ししていた。
フードの止め紐を固く結んで脱げないように工夫したり、ロビーで揉めないように警備員に付き添ってもらったり。
それでもアイツらは、なぜかしつこく僕たちを見つけ出し絡んできた。
そしてことごとく、何かをやらかして自滅していく。
ロビーでの接触を避けようと昼からギルドへ行ってみたり、挙句の果てには一緒にパーティ組んで見たりまでした。
モンスターを釣りにいって、失敗して大量の芋虫を引き連れて来た時はまだ苦笑いで済んだが、階段を踏み外した三人の首がまとめて折れていた時は、もう慰めの言葉もでなかった。
アイツらはどうやっても、今日絶対に死んでしまう。
最初は頑張ってたミミ子も、10回を超えたあたりで何も言わなくなった。
何回も話してるとアイツらでも少しは良い所あるって判ったし、それなりに親しみも湧いてたりもする。
そんな奴らが何度も何度も死んでいく様を見せられて、流石に堪えたようだ。
いやアイツらの馬鹿っぷりに、呆れたのかもしれないが。
「大変だったね」
「まあね。人が死ぬのは中々割り切れないよ」
「違うよ」
ミミ子はじっと僕の眼を覗き込んでくる。
その金色の瞳孔は、僕の心の底まで見透かしているようだった。
「大変だったのは、ゴー様だよ。今までいっぱい巻き戻してきたんでしょ?」
僕は何も言えず、そのままミミ子を見つめ続けた。
「何度も何度もやり直して生きてきたんでしょ?」
気づかない内に拳を固く握りしめていた。
「誰にも言えず、うまく行かなくても我慢してやり直したんでしょ?」
ごめん、悪態は結構ついてました。
「僕が羨ましくないのか?」
ずっと訊きたかった問い掛けが喉から漏れる。
少女は優しい笑みを唇に形作りながら、ゆっくりと首を左右に振った。
「ううん、たぶん凄く辛いと思う。やり直しがきく人生なんて、余計に正解が判らないじゃない。たぶん人一倍後悔してきたんだろうなって」
ミミ子の言葉は、僕がずっと隠してきた心の底を暴き出す。
その通りだ。
失敗じゃないだけで、その選択がベストかどうかなんて結局誰にもわからない。
それでも正しいと信じて、何度も何度も同じ時間を繰り返して選び取ってきた。
だけどたった一日しか巻き戻せない僕は、今日みたいな抗えない出来事や数日経って判る事には何もできない。
それをずっと誰かに聞いてほしかった。
話したかった。
でも特別扱いや羨望の声が怖くて、僕にはそれが出来なかった。
そう何よりも僕は、頑張っても応えきれない期待が怖かったのだ。
「ずっと一人で耐えてきたんだろうなって。大変だったね、ゴー様」
すっと伸びた少女の手が、ぽんぽんと僕の頭を撫でた。
それで全て理解できた。
なぜミミ子と一緒に巻き戻れたのかが。
僕は誰かと一緒に居たかったんだと。
仲間でも恋人でも呼び方は何でもいい。
この苦しさを分かち合える誰かと、一緒に戻りたかったのだ。
「なあミミ子」
「な~に?」
僕は小さく息を吸い込んで、ミミ子に提案を持ちかけた。
「今日はもうこのままここに居ないか? もしかしたらそれで何も起こらないかもしれない」
そんな事はないと判っていたが、誰かにそうじゃないと言ってほしかったのかもしれない。
でも本当の気持ちはそこじゃなかった。僕の気持ちは今のミミ子とずっと一緒に居たい。それだけだった。
少女はしばらく考え込んでいたが、ニッコリといつもの蠱惑的な笑みを浮かべる。
「それってこのべッドで一緒にいようってこと?」
「うん、まあ、その……そうなるね」
「ふ~ん。そういうことね」
「ミミ子は僕のことは嫌い?」
「嫌いじゃないよ。でももっと優しくしてくれたら、もしかしたら好きになるかもね」
今まで十分甘やかしてきたつもりだったけど、まだ足りてなかったらしい。
僕はそれ以上何も言えず、ミミ子をぎゅっと抱きしめた。
『敵意の禁忌』―パーティメンバーにうっかり矢を撃ちこんでも敵意がなければ許される。メンバーからは許されない