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五層ボス戦決着

 間合いを詰めた踏み込みと同時に、振り下ろされる直剣。

 それを読んでいたニニの体は、すでに騎士の側面へと回り込んでいる。

 互いの踏み出した足が交差して、剣の距離は拳の距離へと変化する。


 刃を返そうとする相手の肘を下から突き上げ、がら空きになった脇腹にそっと手を添える。

 残していた足を蹴り戻しながら腰を落とし、体の捻りから生まれた力を掌に注ぎこむ。


 貫勁ピアースの一打により、体を小刻みに揺らしながら首無騎士デュラハンは膝から崩れ落ちた。



 ――ザオ兄の癖は変わってないな。

 


 踏み込むときに、僅かだが利き腕の肩が下がる。

 父との稽古で何度も指摘されていたが、結局直ることはなかった。


 ニニは感傷とも呼べない懐かしい気持ちを、心の中に留めながら次の相手へと向き直った。

 盾を構える二人の兄の思いは、その盾に張り付いた顔の表情からは少しも読み取れない。

 

 かの地より、どれほど遠く離れてしまったのか。

 凍地の風を少しだけ思い出しながら、ニニは疾風の如く騎士たちへ詰め寄る。


 突き出された剣先に、伸ばされたニニの腕が蛇のように絡みつく。

 螺旋を描く篭手が剣を弾き飛ばし、空いた隙間にニニの拳が伸びた。

 だがその腕は鎧に届く寸前に、喰い止められる。


 ニニの一打を阻止したのは、盾に埋め込まれたギル兄の大きく開かれた口であった。

 重なりあった姿勢のまま一瞬、動きを止める二人。


 そこを逃さず騎士の陰から、人影が立ち上がる。

 黒い短剣を双手に構えた男が、騎士の背に刃を突き立てようとしたその刹那。

 危険を悟ったのか、騎士は振り向きもせず自らの背後へ長剣を横薙ぎに振るう。


 そしてまたソニッドも、その動きを察知していた。

 無造作に放たれた刃の一撃を、海老反りになりつつギリギリで避ける。


 宙を両断する刃。

 無防備に伸びた騎士の手を、ソニッドは見逃さなかった。


 鋼を断つ音が響き渡り、真下から切り飛ばされた騎士の手首は宙を舞った。

 双手の短剣を同期させながら交差させる技――鋏断シザークロス


 武器を失った騎士の盾に、空いたニニの拳が続けざまに叩き込まれる。

 力なくその場に座り込む騎士を捨て置き、ニニは三人目の首無騎士へ半身を向けた。


 長兄のジンは、弟たちが倒されてからようやくその剣を持ち上げる。

 主の言いつけを忠実に守っているのだろう。


 長く息を吐いたニニは、一気にその間合いへ踏み込んだ。

 迎え撃つ刃が脛を刈る軌道から、真上へ跳ね上がり顎を狙う。

 間一髪で足を止め首を逸らせたニニは、剣が戻る隙を突いて縮地クイックステップで騎士の懐に飛び込んだ。


 すかさず長兄が盾撃シールドバッシュで受けて立つ。

 咄嗟に肩を合わせるが、勢いを殺しきれずニニの体が開く。

 体勢を立て直そうとしたその胴目掛けて、直剣が唸りを上げて襲いかかる。


 ぎりぎりのタイミングで篭手が間に合うが、弾いた剣は宙で切っ先を変えニニの肩を浅く掠めた。

 吹き上げる血飛沫を物ともせず、ニニは返しとばかりに正拳を打ち込む。


 が、その一手は盾に綺麗に受け流され、またも隙が生まれる。

 ニニは反らされた腕の勢いを殺さず、そのまま膝を持ち上げた。

 爪先が鞭のようにしなり、再び振り下ろされた騎士の腕を蹴り上げる。


 強引に向きを変えられたはずの剣は、くるりと返された手首により鋭い突きへと転じた。

 迫り来る刺突を首の捻りで躱し、カウンターへ繋げようとしたニニは間際で思い起こす。

 この動きは、突きから斬りへ変化する兄の得意技だと。


 反射的に縮地を使い、真後ろへ逃げるニニ。

 その首があった場所を、間髪入れず通り過ぎる刃。

 あと一息遅れていれば、ニニの首は飛ばされていただろう。


 

 ――差しとなると、まだ敵わぬか。



 少しだけ悔しさを滲ませながら、ニニは対面の兄を見遣った。

 その体の要所に、数本の黒い短剣が突き刺さっているのが見える。

 先ほどの攻防の狭間を狙ったソニッドの仕業であった。


 投擲用の細いナイフを手にしたソニッドが、音を出さぬ歩き方で騎士の死角へと回りこむ。

 それに合わせてニニも動き出す。

 待ち受ける兄の刃からは、すでに最初の鋭さは失われていた。


 

 三体の護衛を屠ったニニは、骨の王座に居座る元主を見据えながら、金剛バジュラの真言を唱え始める。

 その脳裏に今朝、少年と交わした会話が鮮烈に浮かび上がっていた。



「……ようは向こうが本気を出すまで、手の内を見せなければ良いんですよ」

「サリー相手では、それは難しくはないか?」

「彼女は切り札の『夜』に絶対の自信を持ってます。その油断に付け込みましょう」

「具体的に、どうするつもりだ?」

「序盤は僕の火力を控え目にして、ニニさんに目立ってもらいます。まさか初見の相手が、手を抜いてくるとは思わないでしょうし」

「派手に暴れろというわけか」

「ただ出来れば金剛は、最初の結界破りまで温存しておいて欲しいです。援護なしで首無騎士を倒せますか?」

「向こうも様子見ならば倒せるとは思うが、あの絶死の守りを打ち破るのは厳しいな。金剛だけだと相殺になる可能性が高い」

「そうなったらメイハさんの出番ですね」

「えっ、私?」

「治癒の術は、直に触れねば効果は出ない。法力縛りとなれば、後ろまで下がるのは不可能だ」

「もちろんメイハさんには前に出て貰います」

「危険すぎる。治癒士ヒーラーは真っ先に狙われないか?」

「そこは任せて下さい。で、その後なんですが――」

 

 

 その後、聞かされた作戦は、分かり易く納得の行くものだった。

 少年は巻き戻す度に問題点を探し当て修正を加えながら、確実に勝つ道筋を見い出していた。

 彼はこうやって幾百もの時を繰り返し、経験を重ねてきたのか。


 あの不敗を誇ったサリーが丸裸にされていくような感覚に、ニニは軽いめまいと底知れぬ恐ろしさを感じていた。

 同時に自分も同じことを、少年にされていたかと思うと気恥ずかしさがこみ上げてくる。


 時を操る少年の力は、神の居らせられる領域に近いと言っても過言ではない。

 そう考えるのは余りにも不敬ではあるが……。

 眠そうな眼をしばたたかせる少年の姿からは、神がかりな力が放つ威光は欠片も感じ取れない。


 ――本当に不思議な子だ。


 ニニの視線に気付いた少年は、メイハに魔法具アーティファクトを手渡しながら何とも言えない笑みを浮かべてみせた。

 


「大丈夫ですよ。初見をいくら殺せても、僕を殺すことは不可能ですから」




   ▲▽▲▽▲




 親しんだ全身を縛る痙攣が、背中に当てられた手の温もりでゆっくりとほぐされて行くのを感じる。

 メイハの回生リフレッシュのおかげで、予想以上に早く動けそうだ。



 暗闇を透かして眺めるニニの瞳に、大伽藍の中を飛び回る小さな光の玉たちが映っていた。

 ミミ子君の操る狐火フォックスファイアが、目標を見失い棒立ちになった首無騎士の一体に取り付く。



 ――命止の一矢・弧クリティカルカーブアロー



 次の瞬間、天空から落ちて来た矢がその鎧を貫いた。

 急所を貫かれた騎士は、たった一撃で音を立てて崩れ落ちる。


 その有り様に、サリーが腹立たしげに手を振った。

 残った騎士たちは主の命に従おうと動きだすが、矢を放った相手はすでに闇に紛れ姿をくらましていた。

 さらにそこに少年の幻影も加わって、味方であるニニにでさえもはや区別がつかない。


 戸惑う首無騎士の一人に、またも光の玉が纏わりつく。

 それを目印に、少年がまたも矢を空に向けて放った。


 雷で撃たれたかのように騎士は体を強張らせた後、あっさりとその場に膝をついた。

 間を置かずその身を覆う黒鎧が、剥がれ落ちながら消え去っていく。

 騎士のあっけない最期を見たサリーは、小さく下唇を震わせながら部屋の奥へと目を凝らす。


 だが矢の軌道が分かり難い撃ち方のせいで、少年の本体はどれか見分けがつかない。

 右往左往もできず立ち止まった最後の騎士の体を、容赦なく天空から落ちてきた矢が貫く。

 『夜』に入ってほんの僅かの間に、闇に潜む少年の働きでサリーの従者たちはあっさりと塵に還ってしまった。



 ――真上から降ってくるあの矢は、本当に厄介だったな。



 同じような経験をしてきたニニは、サリーの驚きと焦りが手に取るように理解できていた。

 絶対的に有利な状況を作り出した瞬間、取るに足らないと思っていた存在にいきなり場をひっくり返されたのだ。

 完全に筋書きを狂わされた少女の歯噛みする音が聞こえて来そうで、ニニは小さく笑みを浮かべた。


 そして金剛を再び纏ったニニは、不可視の外套インビジブルマントの陰から立ち上がった。

 少年が稼いでくれた数十秒と決着をつける場を用意してくれた心遣いに感謝しつつ、苛立ちと怒りをその両眼に宿す元主へ向き合う。



「………………サリー」



 聞きたいことは山ほどあった。

 なぜ、ここに居るのか?

 なぜ、そんな化物に成り果てたのか?

 なぜ、立ち向かってくるのか?

 それとどうしてあの時、私を置いて行ったのかを。


 だが金剛を纏ったニニの心は堅固ソリッドによって、感情に揺れることは許されていない。

 全ての問いを飲み込んだニニは、静かに瓦礫の上の少女に手を差し伸べた。


 ニニの眼差しにサリーは何も答えず、骨の山から駆け下りてくる。

 白いケープがはためき、美しい少女の映し身たちが生み出された。


 幻惑の動きをみせる相手に対し、ニニは真っ直ぐに踏み込んだ。

 撃ち込まれた拳が唸りを上げながら、絶死の結界に抗う。

 滅びの命令を跳ね返したニニの一撃は、少女の右手の付け根をえぐり肩関節を粉砕した。


 だが肩を砕かれた少女は苦悶の色を少しも見せず、逆に伸ばされたニニの拳にそっと左手を添える。

 吸精ライフドレインにより吸い上げられた生命力が、瞬時にサリーの肩を再生した。

 同時にニニの体内でも、金剛が奪われた生命力を即座に補完する。


 少女と繋がったニニの腕が螺旋を描き、触れていたサリーの左手を巻き込みながら貫勁を放つ。

 治したばかりの少女の肩がすり鉢状にへこみ、急速に捻りが加えられた左手の手首と肘の関節が、枯れ木のような音を立ててへし折れた。

 

 しかし人形じみた少女の顔立ちに、壊れた両手を気に留める素振りは一切浮かんでいない。

 その態度も当然のことだ。生あるものに触れている限り、彼女の腕はいくらでも蘇る。

 

 砕かれたはずの少女の手が、ニニの生気を吸い取りながら急速に元へ戻り出す。

 それに伴い、今度は逆にニニの腕が捩じり上げられる。


 咄嗟に腕を引き抜きながら、ニニの膝が跳ね上がり前蹴りへつなげる。

 鳩尾を蹴り上げられた少女の身体は、軽々と宙に浮かんだ。

 その動きで少女の残響が生まれ、本体と影が混じりあい狙いを惑わせる。


 筈であったが、ニニは迷うことなくサリーの本体へ追撃を重ねる。

 少女の顔に左正拳を叩き込み、そのまま右の拳を鳩尾へ。

 くの字に折れ曲がった少女の頭頂部に手刀を振り下ろし、下からは膝で迎え撃つ。

 さらに左回し蹴りをその側頭部へめり込ます。


 五輪連拳ラッシュフィストをまともに食らい、少女の身体はまたも空を飛ぶ。

 そのまま骨の山にぶつかり、派手な音を立てながら転がり落ちてくる。

 

 立ち上がった少女は、折れた首の骨を戻しながらニニを睨み付けた。

 そして自らの身体に纏わりつく光の玉にようやく気付く。


 子供らしい地団駄を踏んでみせるが、少女の身体から狐火は離れようとはしない。


 そこにすかさず、ニニは間合いを詰める。 

 待ち構える少女に、息を整えたニニは渾身の拳を打ち込んだ。

 少女の終止を命じる結界とニニの護法がぶつかり合い、互いの動きを止める。



 凄まじい力の押し合いが始まった。



 打ち出されたニニの拳が徐々に、結界を押し退けてサリーの胸部へと突き進む。

 一見、ニニが押しているように見えるが、両者の表情は対照的になりつつあった。


 愉悦が浮かぶサリーの瞳に対し、歯を食いしばるニニの目から赤い涙が溢れ出す。 

 

 すでにニニの金剛は限界に近づきつつあった。だがその心に諦めは欠片も存在しない。

 抵抗を示し続ける元従者に対し、サリーは小さく鼻をならすとその両手を持ち上げた。

 

 この状況に少女の吸精が加われば、天秤は一気にニニの敗北へ傾く。

 楽しげに手を伸ばすサリー。


 

 その瞬間、少女の陰から男が現れた。


 

 双手に短剣を構えたソニッドが、少女の伸ばした手に斬り付け――。

 寸前、サリーの方が一手速かった。

 白いケープがふわりとひるがえり、男の前にその背面の模様、巨大な瞳を見せ付ける。


 魅了の呪紋を眼前に晒されたソニッドは、びくりと背を伸ばした。

 短剣を握る両の手が、力なく垂れ下がる。

 


 そしてニニに向き直ったソニッドは、短剣を振りかぶりながら――――にやりと笑ってみせた。



 振り向きもせず振るわれたソニッドの短剣が、サリーの右手の付け根を切り飛ばす。

 同時に聞き慣れた蜂の羽音が背後から鳴り響き、その意味を悟ったニニは拳に一層の力を込める。

 少年の放った鏑矢は、ニニの耳元を掠めサリーの左手を見事に弾き飛ばした。


 瞳を大きく見開いた少女の胸に、ニニは力の限り拳を押し込んだ。


 限界を迎えた拳先は肉が剥がれ落ち、白い骨が露わになる。

 構わず押し込み続けるが、少女の体に触れた部分からニニの拳は消失していく。


 その様子に両手を再び生やしながらサリーは、縫い付けた唇を少しだけ持ち上げた。



 ――献身デヴォーション



 背中に当てられた優しい手を通じ、ニニの身体に創世の祈りが流れ込んでくる。

 同時にニニの突き出された拳が、逆再生されたかのように元に戻る。


 何が起こったのか理解できず笑みを浮かべたままの少女の心臓に、元通りとなったニニの拳が突き刺さった。

 そして間をおかず、真っ赤な血が止めどもなく吹き出し始める。



 勝負は呆気ない幕切れとなった。



 全身を灰と化して崩れていくなか、少女は自らの心臓を貫くニニの腕を愛おしそうに抱きしめる。

 その様子に金剛が切れて再び金縛りを受けつつあるニニは、懸命に声を絞り出す。



「…………最後くらい……声を……聞かせて」



 最後の問い掛けに、少女は何も言わず首を横に振った。

 次の瞬間、その身は全て灰となって闇の中へと散り乱れた。


 突き出したままのニニの腕に、白いケープがふわりと覆いかぶさり残される。 


 肩を震わせることも出来ないニニに、不可視の外套を脱いだメイハさんがそっと寄り添った。

 その首元には、青い涙滴型の宝石が輝いていた。




貫勁ピアース護法士モンクの中級技能。内部へダメージを浸透させる一打

鋏断シザークロス斥候スカウトの短剣中級技能。刃を交差させてチョッキン

命止の一矢・弧クリティカルカーブアロー―勝手に名前を付けている。本人は恰好良いとか思ってる

吸精ライフドレイン禁命術オーダーの一種。脱力エナジードレインの上級にあたる

平穏の首飾り―装備者とその周囲の人の状態異常の無効化レジスト率を高めてくれる『静謐セレニティー』が授与アワードされている魔法具アーティファクト

不可視の外套―『空化カモフラージュエアー』が刻印ルーンされており、全身を覆うとその姿が周囲の景色と同化できる魔法具アーティファクト

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