五層ボス戦その2
――――『五月雨撃ち』。
少女が長足と骨柱を召喚したタイミングを見計らい、僕の最大の技を放つ。
即座に起き上がった首無騎士どもが、低い軌道を飛ぶ矢の前に立ち塞がった。
雨垂れとは程遠い、鉄を穿つ音が響き渡る。
役割を終えた矢が消え去った後には、原型を留めてない歪みきった盾を構える騎士が残る。
命を掛けてサリドールを守った二体の騎士は、何も語らず膝をつくとその役割を終えて消えた。
同時にその背後では、砕けた骨をまき散らしながら足長が沈む。
半壊した骨柱の上部分は、天井から下がる鎖の一つに巻き付いたまま振り子のように揺れていた。
面倒な護衛を一掃できた僕は、深い満足の息を吐く。
ただ代償として僕の腕の力は、辛うじて弓を握れるほどしか残っていない。
同様に肩と背中の筋肉も固く張り詰めすぎて、自分のものとは思えない有り様だ。
倒れ込みそうになった僕を、メイハさんが急いで支えてくれた。
手伝って貰いながら、鉄の扉まで下がる。
次の出番まで、今はしばし体を休めていよう。
金剛をその身に施したニニさんは、すでに残り一体となった首無騎士と拳を交えていた。
盾を前に出して間合いを取りながら、直剣を繰り出す騎士の動きを物ともせず一気に距離を詰める。
鋼よりも硬い守りに覆われたニニさんの拳が、凶器と化して盾に突き刺さる。
その背後から現れたソニッドさんが、黒い刃を閃かせて騎士の腕を一瞬で切断する。
僕と同じく新調したてのソニッドさんの黒骨の短剣は、恐ろしい切れ味を誇っていた。
盾を砕かれ剣ごと腕を切り落とされた首無騎士は、あっけなく床に倒れ伏した。
これで少女を守る物は、その身の周りに巡らせた絶死の結界のみとなる。
今までの試し矢の結果だが、矢の先端はほぼ少女の三歩以内に到達した瞬間、崩れ落ちていた。
だが重ねて撃ち続けてみたところ、着弾点が少しずつ内側へ近づいていくのが確認できた。
どうやら結界には限界があるようで、一定量を消すたびに縮まっているようだった。
となると、安全な位置から物量で押し切れる僕の出番が再び必要となってくる。
「ありがとうございます。メイハさん」
僕の呼び掛けに、ずっと手を当てて回生を掛け続けてくれていたメイハさんが静かに頷いて離れる。
立ち上がってみたら、驚くほど体が軽くなっていた。
背中の張りも嘘のように治まっている。
大きく息を吸い込んだ僕は、矢筒から大量の矢を掴みだして前方を睨み付けた。
骨の山の頂に佇む少女は追い詰められた自覚がないのか、相変わらず平然としている。
じりじりと近づいていくニニさんとソニッドさんを眺めたまま、頬杖をついた姿勢を崩そうともしない。
骨の山の蔭に回り込んだソニッドさんが、小さく僕の方を盗み見る。
それを合図に、僕は二度目の五月雨撃ちを発動した。
十二本の矢がわずかなタイムラグを挟み四度、放たれる。
矢の雨は宙空を真っ直ぐに突き進み、少女へ容赦なく降り注いだ。
第一射の矢が結界に触れ、音もなく腐り落ちる。
第二射の矢がやや近い場所で、同じように落ちる。
第三射がさらに内側へと踏み込みながら消滅し、第四射はほぼ肉薄した位置で塵に還った。
流石に驚いたのか、少女の人形じみた顔が僅かに揺れ動く。
そのタイミングで、前衛の二人は動いていた。
間髪を入れずソニッドさんが両手に構えた短剣を、十文字を描くように撃ち出す――交差投擲。
時を同じくして縮地を発動したニニさんが、必殺の間合いから五連撃を繰り出す――五輪連拳
首と頭部に短剣が突き刺さったまま、少女の身体は空高く打ち上げられた。
そのまま天井から伸びる鎖の一本に、引っ掛かってぶら下がる。
千切れかけた首のせいで頭部をぶらぶらと揺らしながら、逆さまの少女は声を出さず笑っていた。
こちらを見下ろす異様なその姿に、僕らは思わず動きを止める。
鎖に絡まったままの少女はその白い手を、同じように鎖に残っていた骨柱の一部へ差し伸べる。
それが合図だったのか、骨柱は瞬く間に再生し始めた。
一気に質量を増したモンスターは、その身を縛っていた鎖ごと床へと落ちる。
そして引っ張られた鎖はピンと張り詰めて、その繋がった先へと動きを伝えた。
僕の視線が物々しく音を立て始めた空へと向かう。
そこに見えたのは高みから光を放っていた巨大な発光石が、鎖が伸びる穴の中へと吸い込まれていく光景であった。
レールを軋ませながら、発光石を乗せた台座が空の穴へと進んでいく。
「……こんな仕掛けになっていたのか」
鎖に引っ張られた偽の太陽が沈むと、闇が再びこの地に訪れた。
▲▽▲▽▲
「ミミ子、頼む!」
「あいあいさ~」
呼びかけに応えて、僕の分身二体が現れる。
三方向に分かれて逃げ出す僕たち。
それに釣られて、背後の首無騎士も三手に散らばる。
って結局、一体は追いかけて来るのか。
僕はヘロヘロの体に鞭打って、部屋の中を駆け回る。
幸いにもこいつらは、それほど足が速くない。
とは言うもののさほど広くはない空間なので、気を抜くと直ぐに追いつかれそうだ。
振り向きざまに僕は、二連射で騎士の爪先を床に縫い付ける。
先輩射手の使ってた縛り矢を見よう見真似で試してみたが、結構上手くいくものだな。
「あ~」
背中のミミ子が、気の抜けた声を上げる。
「どうした、ミミ子?」
「矢を撃ったから、バレちゃったよ」
振り向くとそれまで追いかけていた幻影を無視した首無騎士どもが、まとめて僕へ向かって迫ってきている。
「何とかしてくれー! ミミ子」
現在、僕らは非常に不味い状況に陥っていた。
夜の帳が下りた途端、ほぼ予想していたが倒したはずの死者が全て蘇った。
それもかなりのパワーアップをして。
僕を追いかけて来る首無騎士も、体中の鎧から分かり易い太い棘が突き出している。
武器も直剣から長槍に代わり、盾についていた首も胸部装甲に移動していた。
完全復活したサリドールの方は、鎖から降り立つと無言で僕を指差した。
それを合図に、首無騎士たちは一斉に僕目掛けて襲いかかる。
そう。当たり前の話だが、彼女はずっと待っていたのだ。
僕たちがどう動くのか。
どんな技能を身に着けているのか。
それをどんなタイミングで使ってくるのか。
じっと観察していたのだ。
まさにいつも僕がやってきたことだが、逆にやられるとその面倒臭さがよく分かる。
今回のボスモンスターは全然動かないし楽勝だとか考えていた自分に、何度同じ考え違いをするんだよと言い放ってやりたい。
そしてじっくりと僕たちを調べ上げたサリドールは、名誉とは言い難いが一番最初に片付けるべき対象は、この僕だと指定してくれたという訳だ。
三体の騎士に追い掛け回されながら、僕は部屋の奥の様子をどうにか窺う。
暗くなると同時に、ソニッドさんが背負い袋から取り出したランタンを床に投げつけてくれたので、それなりに見通しは利く。
そのソニッドさんは骨の山の奥で、足長二体と骨柱を相手に奮闘していた。
浮かび上がる呪紋に耐えながら降ってくる矢を躱し、予備の投擲用ナイフを懸命に投げつけて応戦している。
骨の玉座の前ではサリドールたちとニニさんが、戦いを始めていた。
サリドールの纏う白いケープが羽のように広げられ、ふわりと闇の中に浮かび上がる。
キラキラと鱗粉を舞い散らせながら、複数の少女は優雅に宙を舞う。
サリドールは増えていた。
少女の一人が伸ばす腕を避けながら、その顔面にニニさんの拳が叩き込まれる。
拳を受けた少女は、霞のように消え失せる。
同時に背後に回ったもう一人の少女が、ニニさんの背中から生えた土の棘に貫かれて消散する。
そしてサリドールのケープが揺れて、またも少女の幻影が現れる。
ミミ子ほどの融通は利かないようだが、サリドールが動くたびに幻影が生まれ消えていく。
その残像に惑わされ、先程からニニさんの攻撃は空回りに終わっていた。
金剛が切れる前にと焦ったのか、ニニさんが縮地で一気に間合いを詰め幻影もろとも攻撃を叩きこもうとする。
だがその動きは、もうすでに一度サリドールの前に晒していた。
吐息がかかるほどの距離。
攻撃が始まるギリギリの間合いで、少女は両手を交差してケープに描かれた模様をニニさんの眼前に示す。
闇の中でもくっきりと分かるそれは、大きな人の目であった。
至近距離で巨大な瞳に見つめられ、ニニさんはなぜか動きを止めた。
そして不意にこちらへ向き直る。
闇の中でニニさんの眼が、美しい真紅の輝きを放つのが見えた。
その無表情な様子に嫌な予感を感じた僕は、走りながら生唾を呑み込む。
気がつけばニニさんは縮地を使ったのか、すぐ目の前に立っていた。
背後からは、鎧を響かせる三体の首無騎士が槍を大きく振りかぶる。
倒しても復活するモンスター。しかもパワーアップ付き。
ボスはこちらを様子見してきて、役割を的確に把握して対処してくる。
さらに厄介な魔法具を装備してて回避率が高いだけでなく、こちらの味方さえも操ってくる。
「やっぱり、初見殺し過ぎない? これ」
拳を振り上げる大鬼の姿に、僕は少しだけ懐かしい気持ちを思い起こしながら巻き戻しを実行した。
絶圏―自らを傷つけるモノの接近を禁ずる禁命術
交差投擲―斥候と狩人の中級技能。武器投擲の上位技
五輪連拳―護法士の上級技能。拳とあるが肘や膝、蹴りを状況によって使い分ける
迷い蛾の翅羽織―残響と魅了が呪紋された魔法具




