五層ボス戦作戦タイム
馴染んだ枕の感触を頬に感じながら、僕はベッドの上の気配を確かめる。
「まずはミミ子」
僕の肩に寄り添ったまま、狐耳の少女は安心しきった寝顔を晒していた。
その可愛い鼻の頭を軽く指で弾いてから、起き上がって周りを見渡す。
目当ての女性はすぐ傍らで半身を起こした姿勢のまま、大きく目と口を開いてこちらを見つめていた。
良かった。彼女は無事、巻き戻しが共有出来たようだ。
清楚でおしとやかな女性が、可憐な口をあんぐりと開ける表情は非常に珍しいのでついつい見入ってしまう。
そういえば、あのお口で色々と……。朝からさらに元気になってしまった。
それに結っていない髪をふわふわさせて、寝起きの雰囲気を纏った御姿もとても新鮮で目が逸らせない。
だがこのまま見つめ合っていても話が進まないので、まずは朝の挨拶から始めますか。
「お早うございます。メイハさん」
「…………………………えっ!」
メイハさんは、頭の後ろから出したような高い声を上げる。
まだ理解が追い付いていないようだ。娘たちよりも、ややお年を召しているせいなのかもしれない。
「えっ、あの、なに? 何がっ、どうして?」
キョロキョロと周囲を見渡しながら、疑問の声をそのまま口に出している。
首を振る度に白絹の薄いネグリジェを押し上げる膨らみが、左右に揺れてとても見目麗しい。
「あっ…………これ夢? そっか、夢だったのね」
斜め上の結論に達したメイハさんは、ミミ子を抱き枕のごとく引き寄せて横になると、目をギュッと固く閉じてしまった。
しばらく見てるとその豊かな胸に挟まれたミミ子が、ちたぱたと三本の尻尾を振り出す。
「メイハさん。ミミ子の息が止まりそうなので、その辺で勘弁してあげて下さい」
「あっ、あら、ごめんなさい」
解放されたミミ子は、またも穏やかな寝息を立て始めた。
窒息しそうだったのに尻尾を振るだけの抗議とは、怠け者の極致に辿り着きつつあるのか。
溜め息を吐いて起き上がったメイハさんは、すっかり目覚めて現実を受け入れてくれたようだった。
「それで納得して頂けましたか?」
「ええ、貴方の自信の根拠はこれだったのね……」
「ご理解頂けて何よりです。それでですね――」
「ちょっとまって。その、まだ少し信じ切れてないの。これは余りにも、神の摂理に反しているわ……でも……いえ……」
そのままメイハさんは小声でなにやら呟き出したので、今はそっとしておくことにする。
代わりに僕はもう一人を探して、ベッドの上を見渡した。
目に入ってきたのは、足元に出来ていた掛け布団の山だった。
中に誰かが入っているとしか思えないほど膨らんでいる。
こちらも無事に、巻き戻しを共有できたようなので、僕はホッと胸を撫で下ろした。
共有の細かい条件は相変わらず判らないが、どうも僕と安心してキス出来るような仲になると巻き込めるのは確定してる気がする。
近づいた僕は布団の山を小さく揺すった。
「――――!」
ビクリと山が動く。
もう一度揺すると、またも布団が大きく跳ねた。
「ニニさーん、出てきて下さい」
ユッサユッサと布団を揺するが、大鬼のお姉さんは頑なに姿を見せてくれない。
止むを得ず、布団の端を少しめくり上げる。
「だっ駄目だ!」
中から伸びてきた手が、布団を内側から閉じてしまう。
「何が駄目なんですか? 顔を見せて下さい、ニニさん」
「いっ今は無理!」
「どうしてです?」
少しの間、沈黙が訪れる。
「……………………は」
「は?」
「……………………はっ、恥じている」
「はあ?」
「あんな挑発如きで、怒りに負けて我を忘れるなんて……」
「そんなの全然、気にしてませんよ」
僕はお布団の山を、ぽんぽんと優しく叩きながら言葉を続けた。
「誰だって感情に流されることはあります。それに自分の人生を無理やり変えた相手を前にしたら、気持ちが抑えられないのも当然です。良いんですよ、ニニさん、好きなだけ怒っても。僕の巻き戻しでいくらでもやり直せますから。その為に僕がそばに居るんです」
「だが……私の過ちは消えることはない。君たちを守るべき身でありながら……」
「そうですね。過ちは消えませんし、そもそも消すものじゃありません。過ちは取り返したり、乗り越えるためのものですよ」
大勢の人間を助けられなかった過去を持つ僕が、こんなことを語るなんて滑稽なのかもしれない。
ただあの時、助けたいと願った気持ちに嘘はない。
足掻いた末の失敗を無駄だと言い切ってしまうと、僕のこれまでの生き方の半分くらいが無価値となってしまう。
そうは思いたくない。
どれほど過ちを犯しても、そこからやり直す気持ちを失わなければ、少なくとも前は向いていられる。
「まずは前向きな話をしませんか?」
僕の呼び掛けに、布団を掴む力が少し緩む。
そっと持ち上げると、顔を赤く染めたニニさんが素っ裸のまま土下座していた。
「って、なんで裸なんですか?」
「私は寝るときは、いつもこうだ」
体を起こしたニニさんは、腰に手を当ててミサイルのような胸を突き出してきた。
「そんな堂々と、胸を張らないでください!」
いつの間にか正気に戻っていたメイハさんが、慌ててニニさんの裸体を隠そうとする。
前々からかなりあるとは思っていたが、これはリンよりも大きいかも。
しかも胸の先っぽが隠れてしまっている。ニニさんは意外なところが照れ屋さんだった。
「取り敢えず、これを着て!」
慌てるあまりメイハさんは、自分が着ていたネグリジェを脱いでニニさんに手渡す。
メイハさんのがやはりナンバーワンか。いやイリージュさんの方が若干、大きいかも。
これは判定待ちの案件だな。いつか並べて比べてみせると心に誓う。
「失礼します、主様。母様の御姿が見当たりませんが、何か心当たりがあれば――かっ母様!」
「イリ姉、母さん居た? ってニニ姫様、何で裸なんです?」
タイミング悪く部屋を覗いてきたイリージュさんとリンが、大声を上げたので皆が一斉に集まってくる。
「あ、もしかして隊長殿の秘密のアレがとうとうご一緒できたんですか?」
「秘密って何でしょうか? 母様、私にも今すぐ教えてください!」
「遊んでるの?」
「あそぶ?」
「…………仲良しさんだね」
皆の背後に無言で佇むキッシェの眉が、物凄い角度になってしまっている。
僕は何も語らず、肩を竦めた。
大事なのは、こんな修羅場でも前(上)を向く気持ちだね。
そして賑やかになりつつある部屋の有り様にうんざりした僕は、戻れと小さく呟いた。
▲▽▲▽▲
「と言う訳なんですよ、ソニッドさん」
朝の迷宮組合のロビーで出会ったソニッドさんは、いつもと変わらぬ様子だったので少し胸を撫で下ろす。
このまま行くと最初と同じ展開になるので、二階の小会議室を借りて僕たちは作戦会議を開いていた。
ただ巻き戻しの説明のしようがないので、危険なモンスターに出会う可能性が高いとしか話せていない。
それでもソニッドさんは、僕らを信じてくれたようだ。
「そのサリドールってのが、怪しいってことか」
「はい、彼女は五層の奥で僕らを待ち構えている可能性があります」
「それってまさか……」
「ええ、蘇りし者の可能性が高いわね」
蘇りし者とは、一度死んだ人間が強大な力を宿したままモンスターとして復活したアンデッドの上位存在を指す。
首無騎士や刈りとりし者などが有名だが、大概の蘇りし者は見た目が生前とは大きく変わってしまう。
だがあの少女は、美しい姿のままだった。
見かけが人と変わらない上位のモンスターといえば、夜を歩く者か。
夜を歩く者とはこの世界の吸血鬼みたいな存在だが、あんな弱点ばかりのポンコツではない。
もっとも、霧になったり蝙蝠を操ったりも出来ないらしいが。
「サリドールって人のこと、詳しく教えて貰えませんか? どんな技能があるとか」
「サリーは……」
珍しく言葉を詰まらせたニニさんは、メイハさんを静かに見つめた。
視線を返したメイハさんは、小さな声でその先の言葉を引き継ぐ。
「屍霊術士なのね。それも禁命術を使えるレベルの」
「――おいおい、本当かよ」
ソニッドさんが、驚きの声をあげるのも無理はない。
屍霊術士。死者を操る術を使う彼らは、その生業ゆえに非常に嫌忌される存在だ。
更にいえば、屍霊術は終世神の教徒にしか許されていないらしい。
つまり絶対的に数が少ない職業なのだ。
その中でもさらに禁命術が使える――。
「すみません、禁命術ってなんですか?」
「存在や行動を禁じる技能よ。私も詳しくは知らないの。確か終世神の領域から、停滞や破壊の属性を引っ張ってくるのだとか」
嫌そうな顔でメイハさんが教えてくれる。誕生や育成が売りの創世神とは、正反対の立場だし仕方ないか。
話を聞く限り、ソニッドさんの手や僕の矢が腐って落ちたのは、その禁命術という技能の可能性が高い。
屍霊術を使いこなす上位のアンデッドモンスターか。
まあいつも通り、手探りで突破口を探していくしかない。
「まあ遭う可能性があるってだけの話だろ。そうそう、そんな化け物なんて出てこないさ」
ソニッドさんのお気楽な声が、その時はなんだかとても羨ましく感じた。
夜を歩く者―闇を愛する種族。永遠の寿命を持ち、肉体の再生能力もすごい。心臓が弱点なのだけは同じ
刈りとりし者―大鎌をもって馬に乗った骸骨さん。お仲間を増やすために、せっせと生きている者を襲う




