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闇の中

「ハァハァ、置いてかないで、ニニさん。もう、待ってよ」



 通路の向こうから声が響き、白い衣装をきた女性が駆け寄ってくるのが見えた。

 体のラインがよく分かる祭服のせいで、その胸の部分が前後左右に激しく弾む。


 たゆんたゆんと聞こえて来そうな胸部の動きに僕らの視線が集まる中、女性は息を切らせながらニニさんに追いついた。


「勝手に先に行かないで、いつも言ってるでしょ」

「すまない」

「謝ったってダメよ。もう、知りませんから」

「怒っているのか?」


 そう問い掛けながらニニさんは手を伸ばして、息を整えるメイハさんの乱れた髪を優しく撫で付ける。

 軽く頬を膨らませていたメイハさんは、なぜかちょっと嬉しそうに顎を持ち上げてその手を受け入れた。


「反省している」

「そんなこと言って、直ぐに一人で行くじゃない。……私を置いて」

「すまなかった。もうしない」


 髪を撫でていたニニさんの手が、いつの間にかメイハさんの頬に添えられている。

 静かに見つめ合う二人。少しメイハさんの瞳が、ちょっと潤んでるようにも見えた。


 何だか妖しい雰囲気を感じてしまった僕たちは、押し黙って二人の会話に聞き耳を立てる。 

 そしてニニさんの真摯な眼差しに根負けしたのか、メイハさんが腰に手を当てて小さく吐息を漏らした。


「分かったわ……許します。もう、今回だけですよ」

「ありがとう、メイハ」

「本当、あなたは毎回そうやって――」


 そこまで喋って、メイハさんは僕らの視線に気づいたようだ。

 青い瞳を大きく開いたまま、動きをピタリと止める。

 そして徐々に、その首筋が赤く染まっていく。


「…………見てたの?」

「えーと……結構、お二人の仲が良くなったみたいで安心しました」

「違うの。その、そんな感じじゃないの、いつもは。今のはちょっと、不安になったからで」


 別に言い訳する必要はないとは思うが、焦るメイハさんが可愛いので、つい笑顔で聞き入ってしまう。

 そんな僕たちに、焦りを含んだ声が届く。



「いや、お前ら何してんだ! まだこっち終わってねーぞ!」



 それはずっと一人で、蠍の猛攻を食い止めていたドナッシさんの悲痛な叫びだった。




   ▲▽▲▽▲


 


「こんな奥まで来てたんですね」

「ええ、ニニさんに引っ張りまわされて……気がつけばね」

「何かの探し物としか聞いてませんでしたが」

「そうね。ニニさん、今のはどう?」


 メイハさんの呼びかけに、地面に膝をついて蠍のわずかに残した破片を調べていたニニさんは静かに立ち上がった。

 無言のまま差し出された手には、鎖に付いた銀色の物がぶら下がっている。

 それは朽ちかけた探求者認識票であった。辛うじて分かる色からして、レベル3か4の探求者シーカーのものだろう。


「捜し物はそれですか?」

「そうだが、違う」

「違うんですか?」

「うむ。色が違う」


 端的な受け答えは急を要する場合には最善だが、状況の把握には全く向いていない。

 困っている僕に、助け舟を出してくれたのはメイハさんだった。

 ニニさんの言葉を補完するように、説明を引き継いでくれる。



「彼女が探しているのは、金色の探求者認識票よ。もっと詳しく言うと……彼女のかつての主のね」



 確か終身奴隷だったニニさんは、元主人と死に別れて解放されたんだっけ。

 それで形見の金板ゴールドプレートを探している訳か。


「って、見つけるのは難し過ぎるんじゃ」


 この層のモンスターが探求者の死体を再利用しているのだとすれば、年に数百単位でその素材は増えていく計算となる。

 偶然出会える機会は、それこそ銀箱を出すより低いと思える。


「いや、探していたのは確証だ」

「それって――」

「長話はそこら辺にしないか? こんな所でだらだら喋ってたら、尻の穴がムズムズしてくるぜ」


 斥候リーダーのもっともな発言に、僕らは安全な場所へ一旦移動することにした。


 幸いにも通路の先は、ニニさんたちが一掃してくれていたので、さくさくと進むことが出来た。

 そして第五回廊の奥、少し開けた広間のような場所に辿り着く。


 壁の前には黒い骨と銀色の認識票が山積みになっていた。ニニさんたちの戦利品だろうか。

 そしてその反対側、神殿の中心部へ続くと思われる箇所は――。



「真っ暗だな」

「なんだこれ?」

「暗いってだけじゃないですよね」

「ふむ、前に少し聞いたことがあるのう。なんでも、暗闇が詰まった通路があると」



 扉の形に開かれたそこは、なぜか闇に覆われていた。

 周囲は天井から降り注ぐ光で明るいのだが、そこにだけは光が差し込まず濃い影となっている。

 斥候リーダーが試しにランタンを差し入れてみたが、墨の中へ入れたように明かりが消えてしまう。


 手を引き抜くと、ランタンは明々と輝きを取り戻す。

 もう一度入れてみると、またも明かりが消えたかのように闇に呑まれてしまう。

 どうやらこの先は、照明が全く機能しない空間になっているようだ。


「これはまた厄介な仕様ですね」

「ええ、これのせいで先に進めなくて……」

「こんなの暗いだけだろ? ここは俺に任せて貰おう!」


 メイハさんの困った顔を見て、斥候リーダーが得意気に名乗り出る。

 なんかもうフラグっぽいのがビンビン立ってるが、お構いなしに斥候リーダーはランタンを僕に押しつけて暗闇へと入っていく。

 さり気なく忍び足ステルスを使ってるのは、流石だとは思うが。


 しばらく皆で雑談しつつ、のんびりと斥候リーダーの帰還を待つ。

 

「足長の場合は、回りこんで……」

「なるほど、そんな手が……」

「ああ、なんだよ。何でお前がいるんだよ……」

「呪紋が殆ど効かなくて、困っておりますのう……」

「それなら、これとか如何ですか……」

「お前はあの時、死んだはずだろ……止めろ……近寄るな!」


 闇の中から怒声が響き、誰かが走り回る音が聞こえたかと思うと、突如、斥候リーダーが闇の中から転がり出てくる。

 大きく肩で息をするその顔は、血の気が引いて真っ白になっていた。


「どうしたんだよ? リーダー」

「アイツは死んだんだ……俺は確かに……」

「やはり、噂は本当じゃったか」


 しゃがみこんだまま、ブツブツと呟く斥候リーダーを見下ろしてラドーンさんが物々しく語り始める。


「なんだよ、爺さん。その噂って」

「五層の奥には、死人に会える場所があるという噂じゃよ。暗闇の中から縁のある故人が現れて、手招きしてくるそうじゃ」

「まじかよ! というか知ってたなら、入る前に教えといてやれよ!」

「という訳で、困っているのよ」


 メイハさん曰く、明かりがないので手探りで進んでいると、亡霊系モンスターが邪魔をしてくるそうだ。

 昔の知人に姿を変えるのも、亡霊ファントムどもの仕業らしい。

 

 ガタガタと震えだした斥候リーダーを見てると、この第六回廊の暗闇空間ダークゾーンはかなりの難敵だと分かる。

 良い手も思いつかないし、結構時間が経っていたので、僕らは大人しく引き揚げることにした。

 地図については、メイハさんの情報提供もあって第五回廊までは殆ど埋めることが出来たし。



「じゃあ、縄を二回引いたら引っ張ってくれよ」

「ドンと任せてくれよ」

「はい、分かりました」

「気をつけるのじゃぞ」



 最後に到着記念を兼ねて、一人ずつ腰に縄を巻いて暗闇空間ダークゾーンへ入ることにする。



「お、お前か……すまなかったな。……あの頃は俺は、未熟だった……でもな」


 

 長くなりそうだったので、一気に外に引っぱり出されるドナッシさん。



「祖父さん、俺……ちゃんと探求者になれたよ。みんな信じてくれなかったけど、祖父さんだけは応援してくれたよな……」


 

 同じく長くなりそうだったので、引っぱり出されるセルドナさん。



「リリー……リリー、お前はちっとも変わってないのう。ワシはこの通り、すっかり老いぼれじゃよ」



 ラドーンさんの声は、ちょっとしんみりとしてて危うく貰い泣きするところだった。

 そして僕の番がやってくる。


 暗闇の中は、本当に何も見えない状態だった。

 指先を顔の前で振ってみたが、全くもって見えない。


 恐る恐る進んでいくと、声が聞こえた。

 誰かの怒鳴り声、悲鳴、そして啜り泣く声。


 思わず振り返るが、何も見えない。

 声は不規則に聞こえながら、近づいたり遠ざかったりしている。


 震える足を無理矢理動かして、僕はゆっくりと前へと進んだ。

 方向も何もさっぱり分からないので、多分前だとは思う。


 前の筈だと確証が欲しくてもう一度振り返ると、誰かの顔が浮かんでいた。

 白い顔が切り取られたかのように、宙に浮かんでいる。

 それも無数に。そいつらは無表情のまま、僕を見下ろしていた。



「……………………誰だっけ?」

 


 全く見覚えのない彼らに問い質した瞬間、僕の腰の縄がグイッと引っ張られて謎の邂逅は終わりを告げた。

 


 


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