再会
なんだかんだと巻き戻しする場面はあったが、五層の地図作りは順調に進んでいた。
さすがに今回のメンバーは迷宮生活が長いベテランだけあって、ちょっとした一言で直ぐにこちらの意図をあっさり察してくれる。
どうやって疑われずに危険を説明すべきかを考えていたが、杞憂に終わりそうで何よりだった。
その辺りはニニさんに勝ったことで、実力を認めてもらったことも大きく影響しているのだろう。
どうやら今の僕の評価は、何でも見抜く凄い観察眼の持ち主ってことになっているらしい。
あまり感謝はしたくはないが、カリナさんの言っていた強者云々も少しだけ正しいような気持ちになってくる。
もっともその実力というのは、巻き戻しという反則技があってこそだし、調子に乗ることだけは絶対に控えておこう。
という訳で僕たちの終世神の神殿の探索も、五番目の回廊へと差し掛かっていた。
「リーダー、そろそろ夜が明けるようじゃ」
「おう、やっとか。ほら、起きろお前ら。出発するぞ」
手元の砂時計を眺めていた魔術士のラドーンさんの言葉に、斥候リーダーが皆を起こしに掛かる。
先ほどの『夜』という言い方だが、本来の意味ではない。この階層ならではの表現だ。
五層は天井に巨大な発光石がくっついてるせいで、地上と同じくらい明るい。
だがその恩恵が得られるのは天井の二つの穴を繋げたレールに沿って、発光石をくっつけた台座が移動し終えるまでの時間だけ。
穴の中に台座が消えれば辺りは闇に包まれ、しばしの時を経て再び空の穴から偽物の太陽が現れる。
この層は三時間毎に、昼と夜が繰り返されていた。
発光石が消えている時間、『夜』は単純に明かりがないという話では済まない。
当然のことだが、死を忘れた者どもにとって闇の中こそが本来の居場所なのだ。
昼間はじっと獲物を待つ死人たちも、『夜』になるとアグレッシブに辺りを彷徨い出す。
さらに耐久力が上がったり、動き自体も大幅に速くなったりと非常に厄介だ。
あのノロマな蝸牛がグイグイ迫ってきた時は、盾持のドナッシさん程ではないが僕も思わず悲鳴を上げてしまった。
その為、夜が近くなると今のように回廊と回廊をつなぐ狭間で、僕らは休息を取るようになっていた。
ほぼ半日近く迷宮に篭っているのだが、実質その時間の半分がここに拘束されている。
中々、探索が進まないのも仕方がないと言えた。
もっとも、それ以外にも色々と理由はある。
これまでの階層のモンスターは、面倒な特性はあるものの見た目はそれなりに普通だった。
でもここは、余りにも異質過ぎる。
闘争心よりも嫌悪感が遥かに勝るのだ。金板への最大の障害と、噂されているのも納得できる。
これを嫌がって五層へ一度も行かず、ひたすら四層で経験値を稼ぎレベル5を目指す探求者が居るのも無理はない。
ただそうやって金板を得た探求者は、影で贋金と呼ばれているそうだ。
そして精神を削ってくるモンスターの見た目は、回廊の奥へ進むほどさらに強烈になっていた。
「三体、足長二と骨柱一だ」
「了解、右から行く!」
斥候リーダーの報告に、僕らは散開しつつ戦闘に備える。
通路の先に見えるのは、襤褸を纏って座り込む三つの固まりだけだ。
よく見分けがつくものだと毎回、感心する。
盾を構え右から回り込んだ盾持さんに反応して、埃で汚れた布切れを体に巻きつけたまま二体の黒い骸骨がゆっくりと立ち上がる。
その身長は僕らを優に追い越して、天井にぶつかりかけるほどに高い。
僕らが足長と呼んでるそいつらは、足の骨だけが異常に太く長い構造をしていた。
その足に対して、腰より上は子供のように小さい。
盾を上向きに構えたまま、足長の太い膝部分に盾持さんの片手棍の一撃が叩き込まれた。
同時に背後に回った斥候リーダーの短剣が、膝の裏の結合部を切り裂く。
硬い音が響き渡り、骨の表面にわずかなヒビが生まれる。
二人がかりの攻撃を気にした素振りもなく、遥か高みから足長たちはヒョイヒョイと矢を放ってきた。
矢は盾持さんの頭上を通り越して、後方の僕ら目掛けて飛んでくる。
だが四本の矢は僕らに届く前に、空中で鈍い音を立てて地面へと方向を変えた。
「相変わらず凄えな、坊主!」
四射で矢を全て撃ち落とした僕の弓さばきを、先輩射手さんが目を丸くして褒めてくれる。
感嘆の声を上げながら先輩の放った矢は、奥の足長の頭部に綺麗にヒットした。
だがその頭骨の表面が小さく欠けただけで、止めには程遠い。
第五回廊からの骸骨どもの身体は、黒骨と呼ばれる真黒な骨で構成されている。
この黒骨は従来の骨とは比べ物にならないほど固く、さらに厄介なことに熱にもかなりの耐性があった。
そのせいで僕の赤弓の焔舌も効果が発揮できず、戦闘が長引くようになっていた。
それと戦闘が長引いていたのは、もう一つ理由がある。
足長たちの後ろで三体目の骨の固まりが、いつの間にかその身を大きく起こしていた。
黒い骨が寄り集まった通称、骨柱は判りやすく言えば骨製のトーテムポールだ。
この骨柱、その場から動きはしないのだが、柱から突き出した骨の手が曲者だった。
「ほれ『恐怖』かの。そっちは『誘眠』と。ふぁっふぁ、遅すぎてハエが止まるわ」
先程から僕らの後ろに立つラドーンさんの杖が、非常に忙しそうに宙を動き回っていた。
その杖先から産まれる幾つもの呪紋が、光線を揺らしながら消えていく。
同時に骨柱の広げた羽のような手たちが描く呪紋も、同じように効果を発揮することなく霧散する。
『対抗呪紋』、同系統の呪紋を同時に発動させることで、魔の導線を歪め不発に終わらせる技能だそうだ。
こんな風にこの階層からは、弓や魔術を使うモンスターが現れていた。
そのせいで各々の分担が増え、個別集中撃破と言ういつものパターンが通じない僕たちは苦戦しているという訳だ。
飛んでくる矢を全て撃ち落としていると、ようやく一体目の足長が膝を屈した。
斜めに傾いた上半身に武器がやっと届くようになった前衛の二人は、雄叫びをあげながら袋叩きにする。
その調子で二体目の足長にも取り掛かり、最後に呪紋を全てキャンセルさせられた骨柱を殴り倒す。
やっとのことで戦闘が終わった僕たちは、大きく溜め息を吐いた。
まだ狭間から数歩の距離しか進めていない。
この回廊の天井の隙間からは、大きな建物の姿がすぐそこに見えている。
だが辿り着くには、まだまだ先の様だ。
▲▽▲▽▲
黒い骸骨を蹴散らしながら、僕たちは少しずつ回廊の奥へ進んでいた。
そしてまたも面倒な相手に遭遇する。
「ちっ、蠍が二匹だ」
「勘弁してくれよ、リーダー!」
「弱音を吐いてる暇があるうちは、まだまだ行けるぞ」
通路の向こうから現れたのは、真黒な骨が組み合わさった蠍によく似たモンスターだった。
胴体部分は肋骨がみっしりと並び、甲殻のように見える。
六本の足骨が胴の左右から突き出し、一対の大きく伸びた腕骨が前に飛び出している。
そして極め付けに気持ち悪いのが、蠍の尻尾部分であった。
長く伸びるそれは脊椎の骨だ。そしてその終点に付いた真黒な頭蓋骨が、こちらを見て笑っていた。
尻尾のような背骨が自在に動き、その先に付いた頭骨が盾持さんを噛み千切ろうと迫ってくる。
連動するように骸骨の両手が動き、邪魔な盾をきつく打ち据える。
盾を乗り越えるように伸びてくる頭骨を片手棍で払いつつ、回り込もうとする本体の動きを『盾撃』で牽制する盾持さん。
蠍は硬い、素早い、複数攻撃と嫌らしさが三拍子揃ったモンスターだった。
それが二体となれば、流石に盾持さんでも同時に相手をするのは無理だ。
もう一体は斥候リーダーが必死で攻撃を躱しながら引きつけているが、それほど長くは持ちそうにない。
脚と腕の関節、それに動き回る首骨に正確に矢を撃ちこんでみたが、硬い音が響いただけでダメージの跡は殆ど見えなかった。
――硬過ぎる。刺突攻撃とは相性が悪過ぎるな。
最大攻撃である『五月雨撃ち』を撃ち込んでやりたいが、こんな場所でヘロヘロになってしまうのも困る。
いや出し惜しみしてる場合じゃないな。
斥候リーダーが汗だくになりつつ、蠍の攻撃を懸命に回避する姿が視界の端に映っていた。
すでに数ヶ所を殴られ、鎧の一部が噛み取られた様が目に入る。
息を軽く吸い込み弓を持ち上げたその時、僕の眼が蠍の後方に動く何かを捉える。
次の瞬間、淀んでいた回廊の空気を舞い上がらせる一陣の風が吹いた。
青い胴着が稲妻のように軌跡を残しつつ、その人影は蠍の傍らに姿を現す。
腰を入れた見事な右正拳突き。
跳ね上がった腹部に、右手を引いてからの左正拳突き。
蠍の首がぐるんと動き向かってきたのを、そのまま右手刀で払いのけ。
さらに左の肘を容赦なく打ち込む。
そして回転を殺さず放たれた中段後ろ回し蹴りが、宙に浮いた蠍の胴を突き破る。
五連撃が流れるように決まり、蠍はカサカサと手足を蠢かしながら無念そうに消え去った。
一瞬で蠍を葬り去ったその人物は、振り返って僕に目を合わせると静かに笑みを浮かべる。
「大丈夫か?」
穏やかなその問い掛けに、僕は驚きのあまり止まっていた呼吸を再開させた。
そして迷宮の深層にあっても、少しも損なわれてない美貌に改めて胸の高鳴りを覚える。
不思議そうな顔でこちらを見つめるその赤い瞳に、目を釘付けにされたまま僕は感謝の気持ちを口にした。
「ありがとうございます。ニニさん」
『対抗呪紋』―魔術士の中級技能。『盲目』が通じない相手向け
死を忘れた者―モンスターの種別の大きな括り。創世の祈りに反発するもの全般を指す
生ける屍―アンデッドの一種。まだ肉体が残ってる系統を指す。骨だけになると骸骨系に分類される
黒骨魔柱―レベル3までの魔術を同時に3つまで使用してくる骸骨。移動できない
黒骨長足―非常に足が長い骸骨。武器が届かない範囲から矢を撃ってくる
黒骨大蠍―気持ち悪い




