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五層地図作りその2

 白く絡まった骨の塊は、その表面から突き出た掌で地面を引っ掻くようにして転がってくる。

 


 その姿の異様さに、僕は思わず動きを止めた。

 咄嗟に眼を見開いたせいで、指先の細い骨が虫の足のように蠢く様がコマ送りで見えてしまう。

 塊の中央部分は骨でぎっしりと埋め尽くされ、そこから伸びるのは無数の腕の骨のみ。

 同じ骨系の骸骨剣士スケルトンウォリアーたちと比べると、それは余りにも異質だった。


 斥候スカウトリーダーが、泡を食った顔で逃げてくるのも無理はない。

 こんなに嫌悪感を催すモンスターに出くわしたら、僕もたぶん抵抗よりもまず逃亡を選びそうだ。

 

 悲鳴を上げつつ走るリーダー。

 その背後に迫る骨の塊たち。

 追い付かれると思った瞬間、盾持ガードさんが宙を走った。


 その身を纏う真紅の鎧が真っ赤な残像を生むほどの勢いで、ドナッシさんはモンスターへ激しく体当たりをかます。

 『弾丸盾撃バレットバッシュ』!

 豪快な音と共に、強烈な体当たりを喰らった一体が空に跳ね上がった。


 そして間髪入れず、もう一体の骨塊に突き刺さる一本の矢。

 角度をつけて撃ち下ろされたその矢は、モンスターを貫きそのまま地面へ突き刺さる。

 『縛り矢バインドアロー』!

 矢に射止められたモンスターは、あっさりと回転を止めた。



「助かったぜ! ドナッシ、セルドナ!」

 


 異様なモンスターの様に呆然としていた僕と違って、他のメンバーはきっちりとリーダーの危機に反応してくれていたようだ。 

 だが安堵の息をつく間もなく、吹っ飛ばされた一体がまたも動き出す姿が目に飛び込んでくる。


 鏑矢ワスプアロー――『二連射ダブルショット』!


 僕の放った二本の矢がモンスターの中央部を鋭く抉り、その突進を食い止める。

 さっきの盾撃シールドバッシュでの吹っ飛び具合から見ても、それほどの重量はないようだ。

 だからこそあれ程、機敏に動けるのか。


 下がったところを先輩射手の矢が追撃したが決定打にはならず、モンスターは骨片を撒き散らしながら尚も向かってくる。

 それと同時に縛り矢バインドアローで動けなかった筈の一体も、器用に自分の身体に刺さっていた邪魔者を骨の手で抜き去って動き出す。 


 そこですかさず発動したのは、『鈍化スロウ』の呪紋だった。

 動きがあからさまに鈍くなった二体の骨塊を前に、魔術士(ソーサラー)のラドーンさんが重々しく頷く。


 こいつらの攻撃は、どうやら骨の手による引っ掻きと鷲掴みしかないようなので、こうなってしまえば一気に危険度は下がる。

 盾持さんの振り回す片手棍バトルメイスが、唸りを上げて振り下ろされた。

 その横ではリーダーが素早く骨塊の周りを回りながら、両手に持った短剣で突き出される骨の手を切り刻んでいく。


 僕の矢ですでに焼け焦げていたせいもあって、あっさりと骨の塊は解けて地面に散らばった。



「……ビックリしましたね」

「ああ。噂で少しは聞いてたが、思ってたよりも強烈な場所だな」

「でも、皆さんすぐに対応出来てて凄かったです」

「まあな。あれくらいじゃ俺たちのチームワークは崩せないぜ。なんせ長い付き合いだからな」 

「その割には、必死こいた顔付きだったけどな、リーダー」

「ふっ、あれは敢えて驚いた振りで、お前らの覚悟を試したんだよ」



 その返答に盾持さんは、やれやれといった感じで肩を竦めてみせた。




   ▲▽▲▽▲




「来るぞ!」



 リーダーの掛け声に、僕らは背中の青い外套マントを翻して体に巻き付ける。

 一呼吸遅れて、眼前でもがいていた死体が爆発した。


 びしゃびしゃと不快音を立てて、周囲に腐汁が撒き散らされる。

 硫黄のような臭いが湧き上がり、僕の胃をきつく刺激する。

 空中に四散する飛沫の一部を外套で受け止めながら、僕は止めの一矢を撃ち込んだ。


 死体が焼ける臭いが混ざり合い、現場は更に酷い有り様となる。

 大きく咳き込みながら、僕らは空気が落ち着くのをしばらく待つ羽目になった。


 近寄ってもこられても駄目だし、倒してもこうやって毒を撒き散らす。

 次の登場モンスター、腐った死体どもは面倒な相手だった。


 現在僕たちは、ぐるりと塀を周り階段のちょうど反対側にあった門を見つけ、その先へ歩を進めていた。

 終世神を祀るこの大伽藍は、階段から見えた中央の祭祀堂を取り囲むように、幾重にも張り巡らされた回廊で守られた造りのようだ。

 そしてその第一回廊を歩き回っていたのは、生ける屍リビングデッドの群れだった。


 まともな言葉を発せず呻き声を上げるだけのその姿だが、僕が思っていたゾンビとは少しかけ離れていた。

 彼らは体中のあちこちに腐敗ガスが溜まるせいで、その一部が酷く膨張していたのだ。


 大きく膨れ上がった頭部を揺らしながら歩き回る者や、荷物を背負ってるかのような背中の重みに押しつぶされそうになってる者もいる。

 片方の腕だけがアンバランスに大きい姿や、腹部だけ膨らんだ小柄な姿も見える。

 そんな奇形の元人間たちが、意味のない音を発しながら体を引きずって歩く回廊の景色は、おぞましいとしか言い様がなかった。


 ゾンビたちは筋肉の大部分が腐り果てたせいか動きが鈍く、唯一の噛み付き攻撃も注意していれば躱すのに造作はない。

 だが問題はそのガスが溜まった瘤部分であった。

 大きく動くと、当たり前だがそれが破裂するのだ。

 そして内部に溜まっていた腐敗毒が溢れ出す。

 

 そのため基本的に、セルドナ先輩が縛り矢バインドアローで足止めし、僕の赤弓に刻印ルーンされている焔舌フレイムタンの効果で、死体を燃やす作戦となった。

 

 作戦自体は上手く行ったのだが、やはり爆発自体は止めようがない。

 そこで活躍してくれるのが、水棲蒼馬ブルーケルピーの毛で編んだ青外套ブルーケープであった。

 水をよく弾く素材のため、腐敗毒の浸透を完璧に防いでくれるのだ。

 これを人数分揃えるのと、盾持さんが着てる赤蟹の甲鎧クラブブレストの作成のために一週間の準備が必要だったという訳だ。


 外套をバサバサと揺らして、腐敗毒がたっぷり含まれた死肉の断片を払い落としていると、リーダーが屈みこんで何かを拾い上げたのに気付く。



「どうしましたか?」

「あ、いや……その、なんでもねえよ。気にすんな」

「あ、リーダー。なにか良い物拾ったんだな!」

「どれ見せてみろよ」

「いや……ただのゴミだよ。先に進むぞ」


 

 珍しく歯切れの悪い口振りで、リーダーがその手に握るものを外套の下へしまい込もうとする。


「それは駄目じゃな。今日はお客さんゲストが入っとるし、隠匿行為は不味かろうて」


 ラドーンさんの指摘に、リーダーは目をつむって天井を仰いだあと、諦めたように深く息を吐いた。

 そして黙ったまま、その手を突き出して開いてみせる。



 好奇心に駆られた僕たちは、一斉にその手の平を覗き込んで――言葉を失った。


 

 そこにあったのは、錆びてボロボロになった探求者認識票だった。

 かろうじて銅色だと判別できる。



「それって…………その……」

「ああ、そこの死体の首に掛かっていたやつだ」



 その言葉に、僕らは何も言えず黙りこんだ。

 以前から不思議だった、罪を犯して迷宮の床に消えていった探求者シーカーの行き先が、今ようやく判明する。

 もしくは志半ばで倒れた探求者も、ここに含まれているのかもしれない。


 道理で五層に行った先達たちが、何も語らないわけだ。


 

「悪かったな。こんな空気にしちまって」

「いや、仕方ないさ。どのみち誰かが気付くことだしな」

「それもそうか。早めに知ったほうが覚悟もし易いことだしな」

「よし、さっさと気持ちを切り替えよう。まだ先は長いぞ」



 リーダーの言葉に僕らはそれ以上何も言えず、屍体どもが歩きまわる通路へ虚ろな視線を向けた。




   ▲▽▲▽▲




「これ良かったらどうぞ」




 第一回廊を突破した僕たちは、次の回廊へと続く短い通路で休息を取っていた。

 


 すでに探索を始めて、三時間ほどが経過している。

 エネルギーが不足してきたので軽食を取ろうという話になったのだが、彼らが背負い袋から取り出した食料は黒パンと水、それと干し肉だった。

 

 そこで出番となったのが、リンが早起きして持たせてくれたお弁当だ。

 ちゃんと五人分作ってくれている。


 包みを開けると出てきたのは、色鮮やかな具を薄く焼いた麦餅でくるりと巻いたブリトーだった。



「うお! なんだよ、これ?!」

「嘘だろ、これ挽肉と玉ねぎ……あと大葉まで入ってるぞ。こんな具沢山が許されるのか」

「この赤いソースは何じゃろうな。エライ辛いが美味いのう」

「ソーセージがぷりぷりで美味い! って、中からチーズの不意打ちハイドアタックが!」



 手を伸ばし、次々とブリトーを口へ押し込み始める四人。

 それを微笑ましくみながら、黒パンをもそもそ頬張る僕。

 懐かしい味をしばし堪能し、これぞ男の食い物だと改めて思い返す。


 今日、先輩たちと組んでみて、改めてその凄さを思い知った。

 先輩方一人一人には、突出した強さはない。

 だが彼らは自分の役割を熟知していて、その動きに一切の迷いも無駄もない。

 淡々と各人が己の仕事をこなすだけで、いつしか見事な連携プレイとなっている。


 僕らの結成して半年足らずのパーティじゃ、あれほどの動きはできない。

 只の信頼関係ではなく、もっと深い部分で結びついている感じだ。

 まさに、自分の背中を預けられる相手ということか。



「おい、ドナッシどういうことだ。お前それ五本目だろ!」

「リーダー、ソーセージのを二本食べたよね、今。そういうのって一人一本じゃねーの?」

「これはトマトかのう。ピリッとして美味いのう」

「良いこと教えてやるぜ。戦場じゃのろまな奴は生き残れねぇってことさ!」



 今日見せてくれた団結力があれば、ここの攻略もきっと無事に終わるだろうな。

 この階層のモンスターが元探求者だというショッキングな事実が判明したが、みんなすっかり元気を取り戻したようだし、これも気兼ねなく本音を言い合える仲だからこそか。

 僕も女の子たちと、早くそういった関係に成りたいものだ。



「前から思ってたんだけどさ。ちょっとみんな食い意地張り過ぎてない? ここは可愛い後輩に譲るのが大人ってもんでしょ」

「そうやって勿体ぶってるから、お前はいつもタイミングを逃すんだよ、間抜け!」

「ふぉむ、この甘いのは果物のジャムか! この歳になってもまだまだ驚かされることだらけじゃのう」

「爺さん、何勝手に俺のデザートまで食ってんだよ! 老い先短いからって、ちったぁ遠慮しろよ!」



 …………うん。明日からは弁当は持ってこない方向で行こう。




縛り矢バインドアロー』―狩人レンジャーの中級技能。地面に縫い付けて動きを止める。石の床だと無理

鈍化スロウ』―魔術士(ソーサラー)の第四階梯呪紋。動きが遅くなるよ。減退マイナスの応用上位呪紋

腕骨塊ヒューマラスブロック―腕の骨ばっかりで出来たアンデッドモンスター

腐った屍ロトンコープス―腐敗毒瘤が体中にあるアンデッドモンスター。見た目がグロい

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