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五層地図作りその1

 試練の迷宮は下層へ行くほど、その情報が制限される。



 自己の鍛錬が目的であるが故、予め待ち受ける脅威を知ってしまえばその意義が薄れてしまう。

 もっともらしい理由付けではあるが、探求者シーカー側からしてみれば一歩間違えただけで簡単に命を落とす深層の情報は、喉から手が出るほど欲しい。


 特にそれが厳しい情報制限を課されている、五層の話となればいうまでもない。

 四層はある程度のモンスターの生態や水没通路、湖の危険性なんかの情報は公開されており、一部非公開モンスターについても探求者同士での情報交換程度なら許されている。

 まあ初見で白鰐の木の枝トラップなんかを引いた日には全滅間違いなしなので、迷宮組合ラビリンスギルド側の譲歩もあるのだと思う。


 ただし、五層に関しては話が別であった。

 登場するモンスターが、生ける屍リビングデッドなどの死を忘れた者アンデッドたちであること。

 階層自体が、巨大な一つの構造物であること。

 それくらいしか伝わっていない。


 そして足を踏み入れた探求者たちも、その内実については頑なに口をつぐみ語ろうとはしない。

 ゆえにその詳細は謎に包まれ、やや誇張を含んだ憶測が酒場で肴代わりに噂されるくらいしか出回っていなかった。

 

 もちろん四層でも延々と皿部屋に通えば、安全にレベル5の証である金板ゴールドプレートを受け取ることはできる。

 ただその見返りは、誰も必要としない陶器の破片の山だ。

 霞を食って生きていける訳でもないので、上を目指すなら五層は必ず攻略しなければならない大きな壁であった。


 先月、レベル4に上がった僕も、五層はそう遠くない先に挑まねばならない難所であると捉えていた。

 だからこそ、その誘いは魅力的過ぎて抗うことなど出来なかった。


 探求者が五層へ挑む場合は、迷宮組合が定める条件をクリアする必要がある。

 とは言っても、そんなたいしたモノではない。


 小隊パーティメンバーにレベル4が最低、二人以上居ること。

 

 それだけである。

 ただ額面通りにレベル4が二人しかいない小隊で挑んだ場合、ほぼ確実に帰ってこれないと言われている。

 通常はレベル4を五人揃えて、初めて安全だろうと思える基準らしい。

 つまりレベル6とレベル5の二人で挑んでるような方たちは、参考にはならないとも言える。 


 解錠の下手な斥候スカウトリーダーに誘われてから、準備期間である一週間を経た本日、僕は久々に隊長職から一探求者に戻る。

 目的の地図は、探索が終われば写しを貰える約束となっていた。

 期間はだいたい二週間の予定でその間、女の子たちには自由に過ごしてくれと伝えてある。



 階段前に駐在する職員さんに許可証を確認してもらい、痛いほど高まった胸と小さく震える足を伴って、僕はその日初めて五層へと足を踏み入れた。



 

   ▲▽▲▽▲




 長い階段を下りて眼前に広がった光景に、僕らは言葉を失った。

 


 地底奥深くである筈の場所には、なぜか空があった。

 頭上の遥か上、そこに広がっていたのは真っ白な天井だった。

 天蓋には太陽が赤々と燃え盛り、目映い光を撒き散らす。

 

 降り注ぐ光に浮かび上がったのは、巨大な建物だった。

 丸みを帯びた屋根が中央に突き出ており、その周囲を幾重にも壁が取り囲んでいるのが見える。


 ここは石壁で仕切られ入り組んだ通路で構成されていた今までの階層とは、全く造りが異なっていた。

 大きな空間の中央に、建造物が一つ。

 それだけしかないシンプルな構造。


「凄いですね……」 

「ああ、こんな風になっていたのか」

「おい、見ろよ。あれ売り払うだけで大金持ちになれるぜ」


 盾持ガードのドナッシさんが空を指差す。

 太陽と見間違えたそれは、天井に埋め込まれた馬鹿でっかい発光石だった。

 強烈な輝きを放つその石は、馬車ほどのサイズがある。


「でも高すぎて無理だな、ありゃ」

「そうだ! 五人で肩車すれば、届くんじゃね?」


 嬉しそうに突飛なアイデアを言い出した射手アーチャーのセルドナさんの言葉を、皆が当たり前にスルーする。

 どう見ても、その三倍ほどの人間が必要な高さだったし。


「まあランタンが要らねーのは有り難いな」

「いや、そうでもないぞ。あそこ見てみろ」


 斥候であるソニッドさんの言葉に僕らはもう一度、頭上に視線を向けた。

 リーダーの指差す先にあったのは、ぽっかりと天井に空いた穴であった。

 よく見れば発光石は台座のようなモノにくっついており、その台座は天井の端から端へ横切るレールに沿って動いているようだった。

 そしてレールの終点は、穴の中に消えている。


「普通に考えりゃ、あの石の発光時間に制限があるってことだろ」 

「また面倒な仕掛けだな、それは」

「爺さん、すまんが時間を計っておいてくれるか。大体の目安で良いんだが」

「ふむ。任せておきなさい」


 そう言いながら魔術士(ソーサラー)のラドーンさんが、首から下げた砂時計を取り出して天井の発光石と見比べる。

 あれは確か『定刻の砂時計』とかいう工芸魔法具クラフトアーティファクトだ。

 どんなに傾けても、内部の砂が逆流せず片側に移る仕組みになっていたはず。


「良い物をお持ちですね」

「これか? これは恥ずかしい話じゃが、魔力酔い対策でのう」


 なるほどきっちり時間管理しておけば、魔術の使い過ぎに気づきやすいか。

 これは良いことを聞いたな。今度、モルムにも買ってあげよう。


 僕らは会話をしつつ、中央にそびえ立つ建物に近づいていく。

 そこは大人の背丈三人か四人分ほどの高さを持つ塀に囲まれており、ここからだと入り口は見当たらない。



「よし、塀にそって右回りに進もう」



 リーダーの提案で、僕らは周囲を警戒しつつ塀にそって歩き始めた。

 斥候であるリーダーが、十歩ほど前を忍び足(ステルス)で先行する。


 砂を固めて作ったような塀は、あちこちが崩れかけ中の木組みが剥き出しになり腐りかけていた。

 足元の石畳も多くが剥がれたり砕けた状態で、さらにゴミや小さい石の破片が散らばっており非常に歩き難い。

 四層までの綺麗に整備された通路とは、余りにも違っていた。


 疑問を浮かべた僕の表情に気づいたのか、横を歩いていたセルドナ先輩が脅かすような口振りで答えを教えてくれる。


「この階層はな、死者の領域って言われてるんだよ」


 それは知っていたので黙って頷く。


「だからスライムが寄り付かないらしいぜ。それで道が荒れてんだとさ」


 その言葉に道理でと納得する。

 迷宮の掃除屋であるスライムさんだが、埃や汚れなんかも綺麗にしてくれる習性を持つ。

 さらに一部のスライムは、歪んだり剥がれた壁や床を修復さえしてくれるのだと聞く。

 彼らはまさに迷宮の整備係なのだ。


「そういえばなんで死者アンデッドばっかりなんですか? この階層のモンスターって」

「ああ、それはコレのせいらしいぜ」


 先輩は何気ない風に、塀を顎で指し示す。


「この建物に何かあるんですか?」

「これ終世神の神殿なんだとさ」


 終世神、終末の老神とも呼ばれる神は、確か万物の終焉を司り死者の国を治める存在だ。

 その教えは物事は全て破壊からは逃れられない、だから自ら壊していこうとの破滅型の考えだったはず。

 そのせいで生者には余り歓迎されず、信徒は殆どいないと聞く。

 

「こんな地下深くに、誰が作ったんでしょうかね」

「さあな。どうせ作ったやつはみんな死んじまってるぜ、それが教義らしいからな」


 身も蓋もない返事だが、それが正解かもしれない。

 そんなことを考えていたら、前を歩くリーダーがサッと手を上げる姿が目に入ってくる。

 どうやら何か居たらしい。


 と思ったら、大急ぎでリーダーが引き返してきた。

 その背後から、腰の高さほどの影が二つ迫っていた。



「――――うへぇ」



 リーダーが泡食って戻ってくるのもよく分かる。

 それは一見すると、真っ白な球状の何かだった。

 白い大玉は奇妙な音を立てつつ転がりながら、猛烈な勢いで僕らへ近寄ってくる。


 その正体は、人の腕の骨だけが絡まって出来た塊だった。



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