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縦横関係

 徒党リングとは本来、探求者シーカーの相互扶助的な組織の筈だが、ニニさんを頂点とする鬼人会はどうもその辺りが、他とはちょっと変わっていた。



 まず挨拶の声が無駄に大きい。

 

「おはっす!」

「さっす!」

「ざす!」


 最後らへんは、もう何を言ってるかよく判らない。 

 毎朝のロビーでこの挨拶をされると睨みを利かせるといった面では助かるが、町中で出会った時にこれをやられると、周囲の耳目が集まるのでかなり恥ずかしい。

  

 次に躾が厳しい。


「おはようっす!!!!」

「馬鹿やろう! こんなところで大声出すな!」


 習慣になっていたのだろうか、うっかり迷宮内で声を張り上げた子がボコッと殴られていた。

 まあこれは大声に反応したモンスターがたまに寄ってくるので、正しい注意だとは思うが。

 あと他の方の挨拶の声と、叱りつける声もそれなりに大きいと思います。


 最後に見た目が怖い人が多い。

 黒い鎖帷子や毛皮鎧姿の上背がある方々が固まっていると、醸し出される威圧感が半端ない。

 それとこれは自説だが頭部の角に皮膚が引っ張られるせいか、有角種の人は目付きが悪くなるのではないかと思う。

 こう目がキュッと釣り上がってしまう感じで。



 話が若干それたが、つまるところ、どう見てもそれ筋系の組織にしか見えないのだ。



 でも喋ってみたら、明るく挨拶してくれて礼儀作法も行き届いた集まりだってのは、すぐに判るんだけどね。

 見た目は怖いし言葉遣いも荒いけど、有角種の人たちって気の良い人が多いと言うのが、彼らと打ち解けて僕が受け取った印象だった。


 ちなみにニニさんが徒党リングを立ち上げる時に、色々御法度を作ったのが今の有り様の要因らしい。

 護法士モンクとして立派な人なのに、どうしてこうなったのか……。



「今日も四層ですか? ナナシの兄貴」



 そんな疑問を胸の内に仕舞い込んでいたら、顔馴染みのソフトモヒカンの彼が朗らかに話しかけて来た。


「はい、迷い火コープスライトが出てないと良いんですが……。皆さんは、三層ですか?」

「いえ、今日は二層の予定ですわ。少しばかりコイツに、行儀を叩き込む必要がありまして」

「そうですか。お手柔らかにしてあげて下さいね」


 言い方はアレだが、これは鬼人会の新人研修の一環でレベル1から団体行動を教え込むといった意味合いらしい。

 ソロでトカゲやコウモリをちまちま狩る非効率的なことを繰り返すくらいなら、とっとと下層へ連れて行って小隊パーティ経験を積ませた方が本人にも徒党にも得る物が多い。

 その合理的な考え方の裏には、組織としての結束を強くするといった意味合いが隠れているのだろう。

 亜人は数を揃えて固まらねば、この迷宮都市ではまだまだ生き難い面があると聞いていた。



「――あの! ナナシ兄さん!」



 自分が話題に挙がったことに気付いたのか、新入りらしい子が唐突に声をあげた。

 先程、怒られていたその少年は、つるりとした頭皮から小さな角が覗いているので小鬼ゴブリン族のようだ。

 僕の胸元くらいしか背丈がなく、トカゲ革の鎧姿に短弓を背負っている。


「はい、何かな?」

「あの、そのっ! あの試合、見てたっす! 凄かったっす! 俺……もう凄く感動して……」

「楽しんで貰えて何よりだよ」

「あのそれで……そのう……握手して貰っていいっすか?!」

 

 ニッコリ笑って手を出すと、その少年は大きく眼を開いて僕の手を両手で握りしめてくる。

 そんな喜んで貰えるような存在だとは、自分では到底思えないんだけどね。


 もっともこんな素直に憧れを見せてくれるのは、内心それなりに嬉しい。

 あの試合で有名になった僕は、迷宮に関係する場所だと絶えず誰かの視線を集める立場になってしまった。


 混んでいる三層の狩場を忌避するのも、そういった事柄が関係していた。

 好悪のどちらにしても遠巻きにひそひそ噂されるのは、正直良い気持ちはしない。


 ニニさんとの試合を通して、新しい技も覚えたし勝利へしがみつく気持ちも理解できた。

 ただ以前、キッシェたちを助けた時に感じた、生きることに対する執念のような気持ち。

 それに近いものは、まだ僕の中にはない。

 そう簡単に心の底までは強くはならない。だからその部分をどうにかしたい。


 僕の今の目標は、図太くしぶとい生き方を身につけるであった。

 失礼な言い方かもしれないが、鬼人会の方々にはそれが備わっていると感じる。

 だからこそ僕は、彼らともっと仲良くなりたいとも思っていた。


「それじゃあ、そろそろお暇します」

「はーい、気を付けてね」



 曲がり角で姿が見えなくなるまで、小鬼ゴブリンの少年は一生懸命に手を振ってくれていた。


 

   ▲▽▲▽▲



 鬼人会の人たちと別れて、四層のいつもの狩場へ向かうと驚いたことに誰かの人影が見えた。


 今日は迷い火が出てないので、がっつり水棲蒼馬ブルーケルピーを狩れるかと思っていたのでガックリくる。

 と思いつつ近付いたら、水際に立っていた一人が僕に手を振ってきた。



「よう、ナナシの坊主」

「あっ、お元気でしたか? ソニッドさん」



 先客の正体は解錠が下手な斥候リーダーと、そのお仲間の方たちだった。

 僕が会釈すると、他の方も手を振ってくる。



「こんな所に来るなんて、珍しいですね」

「今日はちょっと素材の仕入にな」

「素材? ソニッドさんたちも水馬狙いなんですか?」

「そっちじゃないぜ。まあ説明するより見せたほうが早いか」



 見学の許可が出たので、少し下がって遠巻きに様子を眺める。

 今日も四人しかいないようだ。


 見ていると先輩射手のセルドナさんが、餌の付いた糸の先を湖面に投げ込む。

 相変わらず竿を使わない、手釣り一筋のようだ。


 浮きもつけてないということは、手の感覚のみで見分けているのか。

 まさに手の内の感触を大事にする、射手アーチャーらしい釣り方かもしれない。


 なんてことを考えていたら、あっさりと水面が揺れてヒットが確認できる。

 普段は波一つないし、波紋一個でも十分判るか。



「そいや!」



 豪快な掛け声とともに引っ張りあげた糸の先が、水面を盛り上げて四人の前に姿を現す。

 それは巨大なハサミを持つ、人の腰の高さほどの大蟹であった。


「隊長殿! でっかいカニですよ。あれ何人前くらいあるだろ」


 興奮したリンが僕の腕を掴んで声を上げる。

 台所を預かる身としては、真っ先にそれが気になるんだろうか。


「リン、まじめに見なさい。――あれは矢が通りそうにないですね」


 キッシェの指摘通り、硬い甲殻で全身を覆う大蟹には生半可な攻撃は通じそうにない。

 

 釣り上げられて怒ったのか、大蟹はハサミを大きく広げソニッドさんたちを威嚇する。

 突き出されたハサミを軽く受け流す盾持ガードのドナッシさんは、今日も髭が渋く決まっている。


 その間に少し距離を空ける他の三人。


 両手に短剣を構えたまま、斥候スカウトのソニッドさんが回りこむように静かに歩を進める。

 射手のセルドナさんが弓を構えたまま、何かを待つようにその動きを止める。

 その横で魔術士(ソーサラー)のラドーンさんが、凄い速さで呪紋を描き上げていく。


 何度か盾にハサミを弾かれて痺れを切らしたのか、急にカニが泡を吹き始めた。

 それを待っていたかのように、盾持さんが豪快にその手の盾をカニの顔面に叩き込む。


 あっさりとひっくり返る大蟹。

 その腹部にタイミングよく、描き終えたばかりの呪紋が転写される。


「あれ何の呪紋かな?」

「…………えーとたぶん『減退マイナス』の呪紋だよ」


 答えてくれたモルムの頬を軽く突いて、その効果を見届けようと視線を戻す。

 一見すると何も変わってないかのように思えたが、そこに射手の矢が刺さった瞬間、違いが大きく感じ取れた。

 ざっくりと根本まで深く突き刺さった矢に、大蟹はひっくり返ったままその身を痙攣させる。


「『減退』ってあんだけ柔らかく出来るんだな」


 続けざまに防御力が低下した腹部を攻撃され、大蟹はもがきながらハサミを振り回す。

 その瞬間、影から現れるリーダー。



 両手に握った短剣が、大蟹の眼部に容赦なく埋め込まれる。



 それが止めになったのか、大蟹は力を失って石畳の上にその身を横たえた。

 そのまま静かに消えていき、大きな甲殻だけが後に残る。


 闘技場での観戦時も思ったが、ソニッドさんのパーティは動きに無駄がない。

 メンバーが己の役割を熟知しているので、綺麗にピースが嵌まるパズルを見ているような気持ちになる。

 僕らのパーティも一応もそれなりに動けてはいるが、あれはかなりの数の巻き戻しロードを繰り返しての結果だ。

 どうやったら、あんな風に成れるんだろうか……。


「その殻が狙いですか?」

「まあ、そうだな」


 戦闘が終わったので近寄って話しかけると、リーダーは少しばかり間を置いて僕に向き直る。


「甲殻がほしいってのもあったんだが、ここに来たら坊主に会えるって聞いてな」

「あら僕に用事だったんですか?」

「まあな、ちょっと良いか?」

「はい、僕に出来ることでしたらお手伝いしますよ」



 その言葉にリーダーは、小さく頷いて用件を口にした。



「俺たちと一緒に、五層へ行ってくれないか?」




迷宮大蟹メイズクラブ―四層の北の湖底に生息。粘着性のある泡を吹いて獲物の動きを止める


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